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気仙沼復興応援号 その2 –南町紫市場~気仙沼横丁-

魚市場見学の跡は南町紫市場でお買い物。

商店街

商店街

 

 

お土産などを取り扱うお店もあれば、地域の方々が利用する

美容院や電気屋さんもあります。

 

この日は気温が少し低く風が強かったので、

熱々のコロッケをいただきました♪

 

コロッケ

サクサク・ホクホクですごく美味しい♪温まるぅぅぅ!

 

他にも、ロールケーキやクッキー

ご当地キャラクターのホヤボーヤキーホルダーなどを

お土産に買いました♪

 

紫市場から少し歩くと

気仙沼横丁が見えてきます。

 

気仙沼横丁

気仙沼横丁

 

 

復興祈願のダルマ

ここへ来た人たちからのメッセージがたくさん詰まっただるまさん

 

バスツアーだとお昼ご飯は14:00くらいの予定なので

腹ペコなamedioには耐えきれず…(笑)

ここで海鮮丼をいただきました♪

 

海鮮丼

さすが、漁港の近く!!新鮮でおいしい♪

 

気仙沼横丁は、屋台がメインですが

物販もあり、お酒とくるま麩を買いました♪

お店にいたときのこと、消防車か救急車のような

サイレンの音がなりました…

すると、お店の人が

「本当に津波以来、サイレンが怖いんです」

と話してくれました。

あの地震のあと、余震が続き

そのたびに街中にサイレンが鳴り響いたそうです。

「夜になると、本当に真っ暗で怖いのよ…。」

と、魚市場のガイドさんと

全く同じこともおっしゃっていました。

 

私たちが行った時間帯は、午前中だったので

明るく活気がありましたが

夜は静かで、一人では絶対に出歩けないとのことでした。

 

一日も早く、明るい声が響く

街に復興してほしいですが

建物の規制があるため、当分は住宅も建てられず

この状況が続くとのこと。

 

津波の危険があるから、住居の制限をするということや

高さ11.8メートルの堤防を作る計画が

進んでいるけれども

地元の人たちからは

「先祖からの大事な土地、いざというときは

津波が来るということも覚悟をして生活をしているんだ」

「住みたいと思う気持ちも大切にしてほしい」

「あの地震を経験して嫌な人は出ていくし、覚悟を決めた人は残る」

「山の方に仮設住宅を作られたが漁業をするのに、

いちいちここまで下りてきて、年なのに…遠いんだ…」

というお話も耳にしました。

 

帰りのバスでも、どういう形が、この地域の人々にとって

一番良いのだろうといろいろ考えましたが

難しい問題で考えがまとまりませんでした…。

 

実際に現地に行って地元の方の声を

聞くことで、見えてくることがたくさんあると感じた

amedioでした。


感謝

今朝、事務所のドア前で、宅急便屋さんに「お荷物です!」と呼び止められた。荷物を受け取り、事務所に入り、荷物を開封すると、バウムクーヘンが現れた。奈良県の「デルベア」さんからのサプライズだ。すべての工程が手作りのため、一日に焼き上がるのは2本だけという。1㎝位にスライスして軽く焼くと、さらにおいしいというアドバイス。バウムクーヘンの層が、とても贅沢に思う。いつもありがとうございます、というメッセージが、あたたかく、ジーンとしてしまった。スタッフみんなで、おいしくいただきます。本当にありがとうございました。



 


かわいい江戸絵画

「かわいい」の語源は、「恥ずかしい」という意味をもった中世からの言葉 「かほはゆし(顔映ゆし)」 なのだと、今回の展示の図録にあった。

 

たしかに「恥ずかしい」という感情は不意打ちのようにやってくるもので、その瞬間、人は無防備で隙だらけ。その人らしさや本音が思いっきり露出する・・・そんな姿を見られるのは本人にとっては死ぬほど恥ずかしくても、他人からみるとかわいらしかったりする。また、赤ちゃんのように無条件なかわいさもあれば、拙さや未熟さを揶揄したかわいい、もある。アイドルみたいな狙ったかわいさもあれば、鬼や化け物など、怖くて面妖なもの、ヘンテコで可笑しなものの中にふとかわいさが垣間見えることがある。「かわいい」の範囲は、広くて深い。「かわいい」の乱用っぷりを嘆く向きもあるけれど、それは乱用せずにはいられないほど、さまざまな心の動きを代弁してくれる言葉でもある証拠なのかも。

 

そんな「かわいい」表現が、最初に絵画に現れ始めたのは、江戸の頃。それまで絵画に求められていたものとはまったく違う「おかしみ」「たのしさ」「遊び心」を追求し、テキトーな線を書いているようでいて恐ろしく鋭い観察眼と描写力を感じる。中村芳中の「蝦蟇鉄拐図」や仙厓義梵の「猫に紙袋図」など、茶目っ気たっぷりで笑ってしまった。美術館の中でこれほど話し声や笑い声がよく聞こえるのも珍しかった。楽しい展示に心がほぐれました。図録も秀逸。おすすめです。

 

 

「春の江戸絵画まつり  かわいい江戸絵画」展は府中市美術館にて、5月6日(月・祝)まで。常設の牛島憲之記念館も素晴らしいです。


パンの初耳

パンの耳

「パンの耳」とは、どこを指すのだろう。私は、写真左の部分だと思っていたら 「違う」というひとがいた。写真右のパンの周囲のことだという。私が耳というのを、「背中」とか「カカト」というふうに、うちでは呼んでいましたよ、というのである。『パンの耳の丸かじり』(東海林さだお著・朝日新聞社)に、耳についてのフカイ考察がある。それによると、耳愛好家や耳フェチは、耳を単純に、耳と総称しないとして、天井耳、両側両耳、底耳、とファンが分れる、と書いてある。そして、

…… 天井耳ファン、両側両耳ファン、底耳ファン共通の憧れの部分は、食パンを切るときの最初の耳。ファンの間で「初耳」と呼ばれている(たぶん)部分だそうだ。……(「パンの耳はお好き?」の章から)

へえ。写真左は、初耳といい、写真右も、その部分によって呼び名があるらしい。それにしても、初耳とは、初耳である。


気仙沼復興応援号 その1 –魚市場見学-

東日本大震災から先月で2年。

自分の目で、地震や津波の爪痕をしっかりと見ておきたいと思い

気仙沼に行ってきました。

今回利用したのは、JRの復興支援バスツアーがついた

1泊2日の宿泊プラン。

気仙沼までは、岩手県一関駅からバスで行きます。

復興応援号

今回のツアーのコースは

一ノ関駅→気仙沼魚市場(ガイドさんからのお話)→仮設商店街→

鹿折地区被災状況→かき小屋「唐桑番屋」

BRT専用道(車窓から見学)→岩井崎「竜の松」→一ノ関駅

とまわります。

 

まず、最初に行ったのが魚市場。

この静かな波が30メートル近い津波になったとは

信じられないほどでした。

 

魚市場から見た海。とても穏やかな湾だった。

魚市場から見た海。とても穏やかな湾だった。

 

魚市場では、現地の方が震災の日のことを語ってくださいました。

もともと、近くでお寿司屋さんを経営していた方なのですが、

今では、新しい店舗で仕事をしつつ、

時間があるときに震災の語り部として

ボランティアをされているとのことでした。

ボランティアの方

 

震災の日は、地震が起きた後、すぐに高台へ避難したとのことですが

逃げ遅れた人や、車で逃げようとした人たちが

津波によって流されてしまったのを目の前で見たと

おっしゃっていました。

 

また、気仙沼は漁港のためタンカーが多くあり

そのタンカーから漏れ出した石油に引火し

さらに、その船が流され対岸へ引火したという

火災のお話もしてくださいました。


瓦礫は、ほぼ片づけられていましたが、災害危険区域として

居住用建築物の新築・増改築を制限する区域とされているため

家を建てられず、今は漁港で仕事をしている人が

通うくらいで、ほとんど人がいないとのことです。

 

街の様子

今は、漁港の魚を保存する氷の工場などのみ稼働している。

 

語り部の方が「人が住まなければ、街としてはなりたたないんだ」と

おっしゃっていた言葉が響きました。

また、夜になると、住宅の明かりもないため

恐ろしいほど暗く、怖すぎて夜はだれも

出歩けないのだということもお話していました。

 

魚市場の屋上にいた方は助かったそうですが

屋上まで逃げ切れなかった方々は亡くなってしまったとのことで

その時のことを思い出すと今でも本当につらいと

目に涙を溜めながら話してくださいました。

語り部の方

 

魚市場の入口は天井のあたりがさびており

この高さまで波が来たということがよくわかります。

 

天井まで破壊されている。

天井まで破壊されている。

 

 

また帰りに通った通路は、コンクリートが破壊され

階段の部分の鉄骨は歪んだままとなっており

津波の力をひしひしと感じました。

階段の屋根は今にも崩れそう

階段の屋根は今にも崩れそう

鉄骨も折れ曲がり壁はすべてない。

鉄骨も折れ曲がり壁ははがれてしまっている。

外観

建物の出口付近は、津波の爪痕がくっきりと残っていた。

 

30分ほどガイドをしてくださったボランティアさんとのお別れのとき

「私たちは頑張りますから…私たちは頑張りますから…。

どうか、また気仙沼にいらしてください」とおっしゃっていました。

 

ここまで2年間頑張ってきて、それでもまだ

頑張りますからという言葉に、苦しい気持ちにもなりました。

一生懸命、前を向いている姿に

こちらが励まされてしまい…、私たちにできることを

探していかなければいけないと強く感じました。

 

家族や大好きな人、家や思い出の街も失って

それだけでも、本当に本当に辛いのに

一生懸命前を見ている姿に、本当に心を打たれたamedioでした。

 

続く

 

 


風やんだようなので

イタリアンパセリ

 

昨日からの風もようやくおさまり、ベランダに生えていたいろいろを採取。
ずいぶん育ちすぎたようなので、こうぼに使用することに。瓶に材料を入れて、水と砂糖を入れて後は冷蔵庫に入れて待つだけ。めんどくさがりの自分でもとても簡単にできます。

 

左から、パセリ・ゼラニウム・イタリアンパセリ・ローズマリー

左から、レタス・ゼラニウム・イタリアンパセリ・ローズマリー

 

ローズマリーは前回成功したのでたぶん大丈夫。こうぼ食堂の市川ナオさんが基本的には何からもこうぼはできますと言っていたので、パセリやゼラニウムにも挑戦。1週間後が楽しみです。

こうぼにご興味のある方は、市川ナオさんのコラム「こうぼと暮らそう」をぜひどうぞ。

 


connect取材、そして進化する完成見学会へ

週末、ノイ・フランク アトリエ那須を訪ねた。自給自足で有機農業を実践するアジア学院の豚をつかったハムや、ポトフに入れて煮込めば閉じ込められた何種類ものスパイスが広がるソーセージ、優しい醤油味のゼラチンが引き締まった淡泊な鶏肉を包むチキンローフ・・・など、どれもあっさりと甘みのある脂で後に残らず、塩分が少なくてしっかりとお肉の旨みと歯応えを味わえるものばかり。作家さんでもある店主の小出英夫さんのソーセージづくりへの情熱とこだわりについてのお話は、connect栃木(来週アップ予定)をご覧ください。

 

さて毎度のことながらペーパードライバーのvigoと私。今回は無垢杢工房㈱イケダ(以下、無垢杢工房)の池田光一社長に、恐れ多くも運転をしていただきました・・・せっかく那須まできたので「面白いところがあるんだよー」と数あるお店の中でも池田社長お気に入りの「創造の森」へ案内していただく。保育園も併設だそうなのだ。残念ながら時間が遅くて締まっていたけれど、なんともいえない複雑なブルーの壁と立体的な屋根は目を引く。これからの季節、外でお茶をしたらとても気持ちがいいと思う。ぜひ今度那須に来たら寄ってみたい場所。

 

宇都宮に戻り、池田社長が運営されているただおみ温泉へ。こちらのお湯は、さらっさらの源泉かけ流し。ぴかぴかに掃除が行き届き、澄んでチリひとつ浮いていない。個人的に茶色い色のついたのとか、乳白色とか、あんまりトロミがあるのとか、硫黄の臭いとかがやや苦手なので温泉ツウではない私だけれど、不思議に疲れがスーッと抜けていくお湯。41度と湯加減もベスト!ぜひ、お近くにお立ち寄りの際は、寄ってみてくださいね、ただおみ温泉。

 

翌日は「暮らしのdresser(ドレッセ)」へ。こちらは室内で予約制の料理をいただきながら行う新しいタイプの住宅見学会。会場となる「畦道の家」の設計担当、無垢杢工房の高山さんは、これまでも「ユカリノミチシルベ」で見学会の新しいスタイルを切り開いてきており、今回は第三弾ともいえるイベント。「ドレッセ」とは、フランス語で盛り付けるという意味。タイトルのドレッセは、盛付け・味付けというメッセージを込めた造語だそうで、どんな盛付けと味付けをされた見学会になるのか、予告を聞いたときから楽しみだった。「畦道の家」は、30数坪とは思えない広々した印象で、庭ありテラスあり薪ストーブあり和室あり、二階は将来子どもたちが成長したら仕切れるようになっている広々とした空間+隠れ小部屋(小屋裏収納)と、コンパクトながら暮らし充実・快適度数のかなり高い家。過不足なく、奇をてらうことをせず、和は和でも軽やかで、若い家族にぴったり。

 

野菜をふんだんにとりいれた「mikumari」の美しい料理が、明るいキッチンやダイニングに華と彩を添え、これから住まわれる建て主さん、また家を建てようとしている見学者さんたちのイメージはぐんと広がったのではないでしょうか。

こちらの見学会が実現したのは、イベントでいつも室内外のディスプレイを手掛けている夫婦で営む古道具店と雑貨店「古道具あらい」「アトリエジュウハチバン」のお客さまの自邸。荒井さんと建て主さんが「見学会をするならディスプレイを」と高山さんの知らないところで話が持ち上がり、そこから今回のような前代未聞の新しい見学会が生まれることとなったのだそう。これはもう、建て主さん、設計と施工をする側、ディスプレイを手掛ける側、料理を担当する側の感性がぴったりと一致し、なおかつ相当な連携プレーが必要。運営側もかなり大変なイベントだったと思うけれど、見学に来られる方たちの雰囲気や、食事を心から楽しんでいる様子や、真剣に高山さんに質問を繰り返す姿を見ていると、価値観を共有できる人が自然と集まってくるものだなぁと感じられて、何事もチャレンジって必要。と改めて感じたのでした。

帰り際、「古道具あらい」「アトリエジュウハチバン」に立ち寄り、vigoは鏡を購入。私も1点お取り置きしていただいてます。しばらく来ぬうちに、敷地内にフレンチレストラン「Le Poulailler」がopenしており、こちらもまたさらに魅力を増しています。

最後まで我々に振り回され大変だった池田社長、そしてノイフランク小出さん、高山さん、ありがとうございました!

 

 


日本の民家

日本の民家 一九五五年  二川幸夫・建築写真の原点

 

国際的に活躍した建築写真家・二川幸夫さん(80歳)が、3月5日午後9時59分、腎盂がんのため、都内の病院で亡くなった。葬儀は、親族で営んだ。

朝、新聞の訃報の記事を見て、びっくりした。その日、見に行くつもりの展覧会の写真家が、亡くなったという偶然。『日本の民家 一九五五年  二川幸夫・建築写真の原点』。 汐留ミュージアムの会場は、かなりの人だった。写真に添えられた解説をメモする人が多い。

……  今ふりかえって考えてみても、写真を技術的に上手に撮影しようとは思ってみたこともなかった。自分が何を撮りたいか、ただそれだけであった。技術は私の場合は後からついてきた。10年 も同じことをやっていると上手になるものである。…… と、二川さんは、『展覧会鑑賞ガイド』に、書いている。

その帰り、新橋駅へ歩きながら、今日は、白黒の写真を楽しみ、たくさんの屋根を見た、と思った。屋根の下に庶民の暮らしはあり、庶民の暮らしはモノクロームである、と思った。いまでいうと、ワセダの西門の、マージャン屋が並んでいたあたりに、一軒の写真屋があり、二川さんのスタートは、そこだったと聞いたことがある。

 


長野旅2/2[上水内郡・おやき村/安曇野市・大王わさび農場/安曇野市・碌山美術館/安曇野市・穂高神社]

「おやき村」

久木本郷の峰という峠にある「おやき村」へ。「おやき」とは野菜などを炒めて味付けしたものに、小麦粉をこねたもので包み、蒸すか焼くかで調理する、長野の郷土料理のひとつ。熟練の方々が、クルックルッと手の平で整形した「おやき」が、大きな囲炉裏鍋にポンと入れられ、焼き上がるまでの経過もたのしい。囲炉裏を囲んでいただく「おやき」のおいしさは格別だ。昔は、炭火の灰の中に直接「おやき」を放り込んで焼き上げたが、衛生上、現在のスタイルになったそうだ。松本市在住の常連さんが、当時の「おやき」を懐かしんでいた。

 

「大王わさび農場」

安曇野市穂高の「大王わさび農場」へ。わさび田に引かれる湧水は1日12万トン。「安曇野わさび田湧水群」は、環境省選定「日本の名水百選」、国土交通省選定「水の郷百選」に認定されている。わさびは暑さに弱いため、水温は年間を通して12℃に保たれ、4月~9月は黒い寒冷紗でわさび田を覆うそうだが、今回、春の日差しを浴びた青いわさび田を見ることができた。敷地内の川辺にある3基の風車小屋は、1989年、黒澤明監督の映画「夢」のロケ地となったということだ。

 

「碌山美術館」

明治期の彫刻家、荻原守衛(碌山)の作品を常設展示する「碌山美術館」へ。重要文化財でもある「女」が代表的作品だ。荻原守衛の親友であった高村光太郎の作品や、彫刻家の友人たちの作品も展示されている。教会風の建築物や、お庭のただならぬ雰囲気に、ワクワクせずにはいられない。敷地全体が美術館として成り立ち、彫刻に明るくない私でも、時のたつのを忘れ、この空間にたたずみ、たのしんだ。ぜひ、また近いうちにゆっくり再訪したい。

 

「穂高神社」

旅の締めくくりは、日本アルプスの総鎮守として親しまれている穂高神社で参拝。中央に神楽殿を配置、樹齢500年を超える孝養杉、神船、御神馬、泉小太郎の像など見どころが多い。昔、安曇野から松本平にかけては湖で、人々のためにその湖を広大な盆地にしたという小泉小太郎の神話が、童話のもとにもなっている。上高地に奥宮が、奥穂高岳山頂に嶺宮があり、海のない信州で、御船祭りが開かれるのは興味深い。歴史絵巻のようだという、上高地明神池の御船神事も、いつか見てみたい。


長野の旅1/2[松本市・松本城/松本市・松本市美術館/松本市・四柱神社]

信州といえば「お蕎麦×おやき×お味噌×温泉×名水」がそろう大好きな旅行先だ。今回は、松本と安曇野に行ってきた。

 

「松本城」

現存最古の五重六階の木造天守、国宝「松本城」へ。城内は6階まで見学可能で、最大傾斜約61度の急な階段140段あまりを、手すりにしがみついて、ひたすら上る。2階には火縄銃や武具などが展示されていた。外観は5階に見えるが、内部は6階建ての構造になっている。天守閣最上階の天井を見上げると、「二十六夜神」が城を守護していた。現在は石垣を改修工事中のため、写真は赤い「埋の橋」とは反対側からのもの。

 

「松本市美術館」

松本市生まれのアーティスト、草間 彌生「魂のおきどころ」展へ。美術館入り口では、巨大モニュメント「幻の華」が出迎える。草間彌生の展示会は初めてだったが、ドット・ペインティング以外の絵画作品もいくつか展示されていて、作品のイメージが変わった。「魂のおきどころ」という展示会のタイトルも印象に残った。草間彌生デザインのバス「クサマバス水玉乱舞号」が松本市内を周遊中で、街中で何度もその姿を見かけた。

 

「四柱神社」(よはしらじんじゃ)

松本市街、城の堀に面した土手だったという、昔の町並みを再現した縄手通りをぬけると、ふと空が広がり、「四柱神社」に到着。天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神の4柱の神を祀り、全ての願いが叶うということで、願いごとむすびの神としての珍しい神社なのだそう。女鳥羽川側の御幸橋(明治13年6月24日15:30に明治天皇がお渡り始めをした)から境内に再度入り、今回の旅の無事をお願いした。