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新連載「変奇館、その後」開幕

「あなたの座っているところは、アスファルトですよ」と、山口瞳さんは、いった。私は、山口邸にいた。大きなガラス窓から、陽が降りそそいでいた。床はそのへんの道路と同じで、その上に座っているのだという。だからといって、冷たいとか固いとかは思わなかった。とても平らな感じがした。率直に、いいなと思った。なんといっても、堅牢で、安心だ。地震でも安心ですね、というと、地震のとき、この家はまったく揺れないで「ピッ」という音がするだけだ、ということだった。山口さんは、この家を「奇邸」と呼び、「変奇館」と名づけ、たくさんのエッセイを書いた。たとえば、こんなふうに……。

〈家のことについて書く義務があるように思われる。新建材を多用した、かなり実験的な家だからである。私が実験したのではなく、建築家が実験したのである。私自身はモルモットである。〉(山口瞳『男性自身』・奇邸)

変奇館ができて45年。山口さんが亡くなられて20年。いま、その家に暮らす長男・正介さんの実験報告続篇である。

 

「変奇館、その後」は、こちらからご覧になれます。

 


89歳の青春

平良敬一氏(写真右)が、建築家・大野正博さん

『チルチンびと「地域主義工務店」の会』全国定例会が、14日 、ひらかれた。いろいろな企画の中で、トリはやっぱり、この方。平良敬一氏(写真右)が、建築家・大野正博さん相手にトーク。

……  僕が自信があるのは、僕の感覚とか情熱とか情緒とか、コトバというより、見て感じるというところ。長い間、いろんな建築家とおつきあいして、そのなかでも、影響を受けた人、親しくつきあうことができた人は多いんですけど、みんなそれぞれ違う。その違いがあることをわかる人間には、少しは、なっているんですよ。
……  最初は、誰かの模倣で始まるんです。ぼくから見ると、ね。だけどいつの間にか、模倣を脱して、自分の地でつくるようになる。素材の選び方から、その素材をどう生かしてどういう空間に持っていくか、ということが、だんだんわかるようになる。そういうプロセスを建築家たちは、みんな身につける。
……  みなさんも、いい設計例をたくさん見ることだと思うんですね。たくさんいいものを見ていく間に、それをマネする感覚が出るんです。イメージをカタチにしていく、そういう感覚が生まれてくるわけだから、だんだんそれが自分の考えで、自分の感覚で、自分の情熱で、感情で、モノをつくることになったときに、そこで設計者は、一つ進歩するんです。ちょっと高いレベルになるんですね。

まだほかにも、建築の直線、曲線の話。建物のシワの話。そして、僕は、建築史の勉強が、ちょっとたりなかった、いま、いろんなものを、読み始めています、まだまだ勉強、という話。3月に、89 歳になるとうかがった。

 


カレー始め

神保町・ ガヴィアル

いやあ、おとといの夜から、カレーを食うって決めてたんだ。だって、ボーナスもちょっとよかったから、おせちの高いヤツをフンパツして、デパートに注文。そしたら、それに加えて、女房の実家から、彼女の母親がつくったのが、いつものように、届いた。ダブルから断っとけと言ったのに、言い出せなかったらしい。仕方ないから、昼も夜も、おせちおせち。で、飽きた。フツーのものが、食いたくてねえ。あれかね、美女にばかり囲まれて暮らしていると、同じ心境になるのかなあ。美女なら、ダブってもオーケーだけどね、オレは。しかし、正月というのは、一年に一回だから、いいんだね。……

隣の席で、男が、同僚らしい連れにまくしたてている。私もまあ、似たような心境だ。だから、こうして、ここに来て、チキンカレーをおいしくいただいている。これが、今年の、カレー始めである。(神保町・ ガヴィアルにて)

 


伊勢丹新宿の門松

伊勢丹新宿の門松

あけましておめでとうございます。

この“広場”のコラム。「あの竹この竹」(初田徹)は、お読みになりましたか。ま、いまアップされているので、それをご覧いただいたほうが、よろしいでしょうが、“ 冬の青、春の青 ” と題して、こう書かれています。

……   一口に門松と言っても、姿形には多様なバリエーションがあるもので、三年前の正月に都内各地の門松を見て回った際には、竹の種類や門松としての仕上げもそれぞれに違うことに驚きました。個人的に素材としての竹の素晴らしさナンバーワンと感じたのは新宿伊勢丹百貨店の門松でしたが ……
そして、正月の町で門松探訪の初詣はいかがでしょうか、と結んでいる。

行ってみました。とりあえず、数年前、プロの目にかなったという、伊勢丹新宿へ。 2015年版門松は、これです。

 


ワセダ、三朝庵、年の暮

三朝庵

バスや地下鉄を降りたひとたちが、穴八幡宮や放生寺へ、流れていく。これは、冬至から節分まで、毎年見られる風景だが、いつもより、参詣するひとの数が、多いようだ。景気が、上向いたからか、そうでないからか。アベノミクスの効果があったのか、なかったのか。わからない。お参りがすむと、ナナメ前の角の、蕎麦屋・三朝庵に入っていくひとが、多い。

馬場下の三朝庵といえば、ワセダにご縁のある方なら、知らないはずはない。歴史は古く、店の入り口には、大隈重信家御用、だったという札が、さがっている。かの会津八一も、お得意で、「先生のご注文はいつも、ざるそば三枚だった」と聞いたことがある。

そばのなかに、柚子が入っていて、これで、金銀融通のご利益があるという。その柚子の浮かんだ天ぷらそばを食べて、帰りに、貼り出してある品書きを撮った。「広場」ファンのみなさまに、吉運のお裾分けのつもりである。よいお年を。

 


師走の手創り市

雑司ヶ谷手創り市

今年最後の手創り市へ行った。薄曇り。さむい。それでも、午後になれば、人出もあるだろう。今日の目的は、道草庵、山本さんのところで、縁起物のカメを買うことだ。今年のカメは、稲の種類とデキの具合で、グリーンっぽい。昨年、このカメと輪飾りを “ 広場 ” のプレゼントにしたのだった。もう、一年たつんだと思った。カメは、人気があり、よく売れる。なかには、2200円のカメを、200円まかりませんか、と聞く人がいた。

……   どこの国でも、どんな祭りでも、にぎやかなところは、なぜか侘しさがつきまとう。提灯もって、橋を渡ってゆくおんなの子。そっちへ行っても、月見草はまだ咲いていないよ、いまはまだ冬だから。…… と、書いたのは、寺山修司だった。

 


忘年会

風土社 忘年会

風土社の忘年会が、12月12日、ひらかれた。建築家の方をはじめ、日ごろ、おつきあいいただいているたくさんの方たちで、賑やかだった。カンパイの音頭は、平良敬一氏。「おめでとうございます。いや、ちょっと、これじゃあ、早いか」と、笑いを誘った。

『アートの地殻変動』(北川フラム著)という本のなかで、平良さんが、インタビューに答えて、こう語っているのを思いだした。

〈みんな歴史を忘れちゃったんじゃないだろうか。歴史から離れてしまうと、課題を背負うことができないから、個人単位の趣味的な建築になっていく。希望を捨てないようにしようと思っているけど、どこに希望を託してよいのか残念ながら分からない。「建築ってなんだったっけ」ってもう一回、考え直す気分になっている。〉

どうかお元気で。

みなさま、よいお年をお迎えください。


続・「火のある時間」ビブリオ・バトル

続・「火のある時間」ビブリオ・バトル

『チルチンびと』の次号は「火のある時間」が、テーマだよ。じゃ、それにちなんだビブリオ・バトルはどうかな。で、集まった6人。

………

Mさんは、『父・こんなこと』(幸田文・新潮文庫)だと、当然のように言う。
〈薪は近所の製材所から買った屑木で、とんと柱とおもえる角材だったから、木性がよくてさほどの力もいらない筈だったけれども、私は怖じて、思いきってふりおろすことができなかった。〉
父の目、教えをつねに感じながら、の暮らし。そこからうまれる、ぴりっとした緊張感の漂う文章。これはもう、読んでいただくほかは、ありませんねと、ウットリして言う。

Kさんは、『森は生きている』(サムイル・マルシャーク作・湯浅芳子訳・岩波書店)を、さも、いとおしげに。ご存じ、大晦日の夜、一月から十二月までの精が、森の中で、出会う。
〈たき火のまわりに、十二の月たちが、みんなすわっている。みんなのまんなかにままむすめ。月たちは順番に、たき火の中へそだを投げこんでいる。〉
そして、うたうんですよ。〈燃えろよ燃えろ、あかるく燃えろ 消えないように !〉。
何度この物語を、読んだり、舞台を見たりしたことか。

私の番になった。『ヨーロッパ退屈日記』(伊丹十三・新潮文庫)。そこに「三船敏郎氏のタタミイワシ」の話がある。ヴェニスの超豪華ホテルに泊まっているとき、三船さんが、ジョニー・ウォーカーの黒札とタタミイワシを三枚持って現れる。しかし、タタミイワシを焙る手だてがない。
〈夏も終わりに近いヴェニスの夜更け、リドの格式高いホテルの一室で、クリーネックスは音もなくオレンジ色の炎を出して燃え、香ばしい匂いが一面にたちこめたのです。〉
タタミイワシ、ミフネ、ちり紙、リド…… その組み合わせ、 絶妙でしょう?

………
バトルにはならなかったが、楽しい夜になった。

 


「火のある時間」ビブリオ・バトル

「火のある時間」ビブリオ・バトル

『チルチンびと』の次号は「火のある時間」が、テーマだよ。じゃ、それにちなんだビブリオ・バトルはどうかな。で、集まった6人。

………

Aさん、最近読んだ『優雅なのかどうか、  わからない』(松家仁之・マガジンハウス)が、オススメ。
〈佳奈は新聞の一ページ分をちぎって丸め、それを四つ、レンガ台の真ん中にのせた。新聞のボールをまたいで囲うように、薪を井桁に組んでゆく。二本の薪が、たがいちがいに三段かさなった。
「マッチありますか?」〉
離婚をした。…… という書き出しで始まる。男とその周囲の女との物語ですが、キレイな文章でキモチがいい。後半、不具合の暖炉の描写がこまかく、そこが、好きなんですよ。

Yさん、ちょっと前のですが『日日雑記』(武田百合子・中公文庫)。銭湯の煙突掃除屋さんの話が、あるんです。
〈菰藁を体全体に幾重にも巻きつけた掃除屋さんは、二十三メートルの煙突のてっぺんに上り、わが身を掃除ブラシにして筒の中の煤をこそげ落しながら下降する。煙突一本四十分かかる。一本九千円。銭湯では一年に一回、煙突掃除をするのだそうだ。〉
ある日、テレビで見たという職人の話、百合子さんの筆にかかると、いいな。

Hくん、『ヘミングウェイ全短編 1』(高見浩訳・新潮文庫)の「われらの時代」から。
〈松の切株を斧で割って何本か薪をこしらえると、彼はそれで火を焚いた。その火の上にグリルを据え、四本の脚をブーツで踏んで地中にめりこませる。それから、炎の揺れるグリルにフライパンをのせた。腹がますますへってきた。豆とスパゲッティが温まってきた。〉
ね、男っていうカンジでしょう。いいんだ、これ。

………
(つづく)

 


小笠原からのレモン

小笠原からのレモン

小笠原の父島に住む、安井隆彌さんから、レモンを送っていただいた。レモンは、あざやかなグリーンにつつまれていて、それは、いかにも南国の色のように思われた。すでに、十分に熟していて、皮は薄く、切ると、これでもかというほど、タップリの果汁があふれた。


安井さんは、この “ 広場 ”のコラム「小笠原からの手紙」でも、おなじみの方である。先月、来社され、お目にかかった。「今度は、かなり揺れました」と、“航海” の話をされた。「私は、平気でしたが」。船が揺れると、みんな船室に閉じこもって、船酔いとたたかう。安井さんは、船酔い知らずなので 「食堂が、空いていていいですよ」と、笑う。


このレモンも、船に揺られて届いたのかと思うと、なんとなく、ふびんな気持ちになり、ことさら大切にいただくのだ。ありがとうございました。