車庫の屋根

五月四日の午後四時ごろ、自宅周辺で時ならぬ雹が降った。僕は夕刻から都内で未見の映画を観ていたので、実際に降っているところは目撃していないのだか、直径が二センチ近くもある雹が盛大に降ったらしい。
 側溝に流れたものが排水口に堆積し、同時に降っていた雨量も激しく、雹が詰まって排水できずに道路は冠水してしまったという。日が暮れてから、僕は最寄りの駅を降りたのだが、五月とは思えない冷気を感じたので、何事だろうと思い、立ち寄った行きつけの小料理屋で事情を聞いたところ、雹が降ったのだという。

 深夜に帰宅してから、テレビのニュース番組を観ていたら、はたして被害は甚大だという。それも隣近所の町内の映像が使われている。…

シジュウカラの営巣

キジバトが庭の南よりの隣家との塀際に植えられている月桂樹の枝に巣を造り、雛が巣立ったことは去年、このエッセイで書いた。 今年は三月下旬から庭に置いてある陶製のテーブルと椅子のセットのうち、椅子の方にシジュウカラが巣を造ってしまった。
 陶製の椅子というのは、ちょっと中国風のデザインで樽型のものである。割と一般的なごくありふれた庭用のテーブルと椅子二脚の三点セットだ。これに父、瞳は樽型の椅子を二つ買い足して利用していた。…

寝室を造る(2)

家の中で引っ越しをした。いわゆるリフォームというものだろうか。
 二階から中二階に引っ越して、これを新しい寝室としたのだ。広さは五畳ほどになる。
 かねてよりの計画とはいえ、実行に移すまでには、ずいぶんと時間がかかった。…

寝室を造る

わが家の間取りをざっとおさらいしておくと、半地下、一階、中二階、二階で風変わりな外観をしている。つまり変奇館である。
 十年余り都心に住んでいた僕が国立に戻ることになり、増改築して二階部分が僕の寝室になったことは何度も触れている。それまで都内最古級の堅牢な鉄筋コンクリート造りのアパートに後半の五年ばかり住んでいた身としては、この夏は暑く、冬寒い、家の前の道路を自動車が通れば盛大に揺れる部屋は、必ずしも住み心地のいいものではなかった。
 それ故に、2011年3月の母の死後、僕は家庭内引っ越しを企てたのだった。…

池の水、ぜんぶ抜いた

前庭の一角に植えられている柚子の実を採るために二階の屋根に登るということを書いた。
 枝は隣家の敷地にまではみ出し、ご迷惑をおかけしている。果実を採るための高枝バサミを持ち出して、なんとかやろうとしたのだが、完熟しているせいで、ハサミを当てただけで落ちてしまう。
 そこで一計を案じて、池に落ちた枯れ葉を掬うために用意してあるタモ網で落下する果実を受け止めようとした。…

庭の柚子の木

母が亡くなる前の年(2010年)の正月頃だったと思うが、庭の片隅に黄色い物体が一つ、落ちているのに気がついた。
 近寄って足先で転がしてみると、どうやら果実であるらしい。変奇館の庭にそんなものが転がっているのはおかしいと思って見上げてみると、庭の角地に植えてあった柚子の樹の枝に一つ、二つの実がなっているのを確認できた。
 さっそく食卓にむかって坐っていた母に報告したのだが、母は植えたことも忘れていたらしく、ただ、ああそうなの、と気のない返事を返すのみだった。…

台風一過(2)

国立の変奇館が何度も雨漏りにみまわれて往生したという話は何度も書いているような気がする。しかし、風の被害については、あまりふれていなかったのではないだろうか。
 わが家の親子三人が国立に引っ越してきたのは、僕が中学の二年生になった頃だった。それまで、中学一年生として一年間は東横線の元住吉駅から、いまは住みたい町ナンバーワンの武蔵小杉駅を経由して南武線で谷保駅まで通っていた。そこから徒歩で登校していたのだ。
 この道中だけで生来虚弱な僕はすっかり疲れてしまい、勉強どころではなかった。それはともかくとして、当時から冬になると木枯らしと共に砂塵が舞うことを、僕は両親よりも一年早く知っていたのだ。…

台風一過(1)

henkiんだっての日曜日の昼過ぎ。変奇館の玄関でチャイムが鳴った。最近では来客も珍しい。何事かと思ったら、数年前に引っ越ししてこられた、お隣のFさんのご主人だった。わが家が国立に引っ越してきたころ、南隣は立派な山小屋風のHさん宅で、ご主人は確か日野か八王子あたりの地方裁判所の裁判官を勤められている方と聞いていた。
 私道を挟んだ東側は、栗林だった。休耕農地に便宜上、栗の苗木を植えたのだろうか、今は木造二階建てのアパートになっている。北側は市道を挟んで日展の彫刻家だったI氏邸。そして、西側は二百坪の敷地の半分がなんとゴルフの練習場で、残りがタクシー会社の駐車場になっていた。両方とも、引っ越してきた頃でも、打ち捨てられたような廃墟になっていた。もう何年も使用されていないようすだった。

 その西側の土地は1970年代に二棟の木造二階建てのアパートとなり、南側の奥まったところに地主さんが自邸を建てた。…

キジバトの営巣

変奇館の15坪ほどの狭い庭の南端に瞳が植えた月桂樹の立ち木がある。高さはおよそ3メートルほどだろうか。薫り高いローリエとして料理に使えるのだが、実際にわが家で使用したことはなかったようだ。
 この夏、この月桂樹のこんもりと繁った樹冠近くにキジバトが頻繁に飛び込んでいる様子が観察できた。
 狭くなった枝と枝の間を器用に避けて葉陰に隠れてしまう。もしや巣作りではないかと思っていると、どうやら産卵したらしく、双眼鏡で覗いてみると白い卵が確認できた。…

わが家の朝食(2)

山口瞳のことだから、朝食は和食だろうと思われるかもしれないが、祖母の静子、つまり瞳の母親が大変、ハイカラで、朝食は目玉焼きにトーストという人だった。
 瞳自身も、その影響か、トーストにチーズを乗せて食べるのがお気に入りだったのだ。おかげで、僕も朝食は洋食となった。

 市販のホットケーキミックスに全粒粉を半分ずつ混ぜ、それに小麦のフスマを適量加えて、ホットケーキを焼く、というスタイルが定着している。…

わが家の朝食

わが家の朝食は一貫して洋食であった。
 物心ついたころから、トーストとハムエッグのような献立だった。そして飲み物は珈琲であったように記憶している。
 これは麻布時代のことなのだが、国立に越してきたころは、まだ母も元気で御飯に味噌汁、焼き魚というような和食であった時期もある。…

土鍋・考

めったに自宅で食事をすることがないのだが、炊飯には土鍋を使用している。
 美味しく炊けるということは知っていたが、電気釜よりも簡単だということは購入するまで知らなかった。
 しかし、利用するようになったのは二〇一一年に母が亡くなってからしばらく経ったころからだった。…