犬の話(2)

僕が生まれる前から家にいたムクちゃんという犬が研究所に預けられてから暫くして、同居していた叔父が血相書付きのコリーの子犬を買ってきた。オス犬であり五月生まれだったことからメイ介と叔父が名づけた。
 我が家の男の子はみな、名前に介をつけることになったのは、僕が正介だったからだ。嫁にいった叔母は嫁ぎ先の決まりに従わず、実家に倣って、僕の一年半ほどあとで生まれた長男に龍介と名づけた。同居していた件の叔父は自分の長男に雄介、次男に俊介という名前をつけて、我が家の伝統にしたがったのだった。

 そんなところにやってきたのがコリーの子犬だった。何の躊躇もなく、あっさりと男の子だから、メイ介だ、ということになってしまった。いくら男の子だろうと、犬にまで伝統の介の字をつけなくてもいいだろうと、僕はちょっと不満だった。…

犬の話

飼飼い犬の話は最後まで残しておこうと思っていたのだが、最近になって少し触れてみたくなった。
 僕の生家は大所帯で十余名が一緒に暮らしていたのだが、Kさんという老夫婦も同居していた。この方は遠縁だと思っていたのだが、あとから他人であることがわかった。
 そのご主人が我が家の裏庭で飼っていたのが、ムクちゃんという雑種の中型長毛犬だった。僕が物心ついた頃にはすでに老犬になっていたから、いつ頃からいたのかはわからない。…

延段(のべだん)のその後

変奇館がその威容を現した建設当時、仏教彫刻家で父、山口瞳の畏友であった関頑亭先生が庭に延段を造ってくれたことは、この連載の最初のころに書いた。
  庭に井戸を掘ったときに出てきた握り拳ほどの石が沢山あったので、それを利用したのだ。
 入り口を起点として、上から見たときに「入」る、という字に見えるように敷くのが常道であると頑亭先生に教えられた。このような建築設計や作庭における室町、鎌倉時代からの口伝に詳しい方だった。…

珍鳥がやってきた

前言訂正。数カ月前に今年は庭にウグイスが来ないと書いたが、五月の下旬になって、頻繁にその声を聞くようになった。毎日、朝晩、近所の見回りをするように渡ってきて、ひとしきり鳴くと去っていく。
 ご存じのように鳴いているウグイスは姿を見せないという。極まれに樹木の少し開けた小枝に停まっている姿を垣間見られることがある。かねて用意の双眼鏡で覗いてみると、小さな身体を精一杯膨らませて口を大きく開くと全身を激しく震わせるようにして大きな声でさえずる。かなり体力を消耗するのではないだろうか。

 我が家の庭が狭いことは何度が書いている。また、その狭いところに樹木を密植したために深山幽谷の趣があるということにも触れている。その昼なお暗い狭い空間に、毎年、一度は見かけない鳥がやっている。毎日、飛来する鳥もいれば、通りすがりの一見さんもいるところが面白い。…

歯についての色々なこと(2)

物心ついたときから虫歯に悩まされていた、ということは先々月、書いた。
 小学校の低学年のころ、母に連れられて近所の歯医者に通ってた記憶は、すでにおぼろげなものになっている。そのころから今治水を使用していて、一滴垂らすと、不思議なことに歯痛が一時的に軽減するということを知っていた。後年、映画「マラソンマン」を観たとき、主人公を演じるダスティン・ホフマンが歯痛を押さえるために使うところで、我が意を得たりとばかり膝を打ったのは僕ぐらいのものではないか。主成分はチョウジ油で、なにやら怪しげな小瓶に入っていたのも映画と一緒だった。

 小学校の定期的な健康診断で歯科医から、何本も抜歯という宣告を受けるのは辛かった。…

ウグイスが鳴かない

当分の間、歯科医療について書いていこうと思っていたのですか、この時期でなければ書けないことができた。
 毎年、冬になると変奇館の庭に牛脂をぶら下げるとシジュウカラやメジロがやってくるということは何度か触れている。その他に、ヒヨドリとムクドリが牛脂を突つきに来る。また、キジバトが地面に落ちた種子などを捜しに現れる。このあたりは常連客ということになるだろう。
 その他に、毎年、かならず何度かはアオジ、ジョウビタキ、ツグミがやってくる。…

歯についての色々なこと

ものごころついてから今に至るまで、歯では苦労をした。虫歯もさることながら、小学校の低学年のころでも、ちょっと歯茎を吸ってみると出血し、同級生にドラキュラの物真似をしては嫌がられていた。
 昨年、一念発起して大工事を敢行した。およそ丸一年をようした治療の結果、インプラントが三本と根管治療が一本、水銀アマルガムを充填してあった歯三本を無害なものに交換した。これが我が歯科治療人生における二度目の大工事だった。一度目は高校の三年間をようした虫歯療後の歯列矯正だ。

 思えば、両親ともに歯が悪い。これは遺伝なのだろうが、日頃の手入れを怠ったせいでもある。父も母も五十代には二人とも総入れ歯に近かった。…

入浴方法あれこれ(2)

昔確か大友柳太朗主演だったと思うが、小原庄助さんの映画で、朝寝坊している庄助さんを三太夫が起しにきて、「殿、もう起きてください」と言うと、庄助さんが「朝寝は我が家の家訓である」と応じる。それに対して三太夫が、「これ以上寝ていると昼寝になります」と答えて、庄助さんがあわてて起き出す、という場面があった。

 僕も、かつては昼寝に近い時間まで寝ていたが、寄る年波で、現在は七時前には起きている。酒はもっぱら夜酒になる。
 したがって、深夜に帰宅してから入浴するのは、はなはだ危険である。脳卒中や心臓麻痺は飲酒して高温の湯船に漬かったときにおきやすいという。…

入浴方法あれこれ

朝寝朝酒朝湯が大好きでという小原庄助さんと同じ名前をもつだけに、朝寝朝酒は好きだが、朝湯となると、ちょっと事情が違っていた。
 実は父、瞳も僕もあまり積極的に風呂に入るほうではない。特に好きなわけではないと言うと、驚かれるだろうか。
 瞳は旅先の温泉だと、一日のうちに何度も入浴するくせに、自宅にいるときは、思い出したときに、一日おきぐらいで入っていたのではないだろう。…

冬支度

 短い秋があっと言う間に去り、また極寒の冬が来る。
 変奇館では毎年、初冬に冬ごもりの作業をすることになる。といってもご大層なものではない。

 最初にするのは牛脂を最寄りの肉屋で分けてもらうことだろうか。よくすき焼きの肉を買うとおまけに数片の牛脂を付けてくれるが、あれを一キロいただくことにしている。…

米とネズミ

土鍋で御飯を炊いているということは、すでに書いたような記憶がある。中蓋がある土鍋で、充分な厚みがあり、途中で火力を調節しなくていいのが購入理由だった。
 とはいうものの、晩御飯はほとんど外食になるので、自宅で夕食をとるのは、年に数えるほどしかない。
 したがって、買い置きの生米があまってくる。イタリアなどではパエリヤやリゾットには古米のほうがいいというので、珈琲豆を熟成させるようにして、何年も保存した商品が高額で取引されている。しかし、これはあくまでも脱穀する前の状態で、しかるべき温度湿度の中で大切に保管されているものだ。…

台風一過

母の死後、今後のことも考えて、二階から中二階の、それまでは納戸にしていた五畳ばかりのスペースを寝室に改装したことは、以前にも書いている。そのとき、徹底的に防音と遮音を考え、またたっぷりと断熱材を挿入してもらった。
 このため、道路に面しているにも関わらず、枕元を通過する自動車の騒音もまったく聞こえなくなり、振動もつたわらなくなった。それはいいのだが、当初から風が強く吹くと、壁の中で異音がするという現象が現れていた。僕は壁の中に排水管でもあり、それが鳴っているのだろうと思っていた。

 今年の九月八日、珍しく、台風一五号が関東を直撃した。それでも寝室は風音もなく、まして家が揺れるようなこともなかった。…