牛脂を巡る、あれやらこれやら

我が家が国立に引っ越してきたのは真冬だった。それが時期的によかったかもしれないが、さして広くない庭に野鳥が飛来することがわかった。最初におどろいたのはアトリだった。都会ではついぞおめにかかったことがないので、自然観察が好きだった僕は欣喜雀躍した。三十歳になり本格的に野鳥を呼び寄せようと思い立ち、父が雑木林と呼んでいた木々の枝に蜜柑やリンゴを差し、プラスティックのバード・フィーダーには余った米などを入れて野鳥を待った。オナガ、ムクドリ、ヒヨドリが争って果物をついばむと、雀の大群があっと言う間に米を食べ尽くしてしまう。

 特に穀類は粉体力学の作用により、鳥が一粒ついばむと、それにつられて全てが流れ落ちてしまうのだった。地面に落ちたものをついばむわけだから、鳥にとっては痛痒がないものの、どうも面白くない。そこで、ものの本を読んでみると牛の脂身がどんな鳥も喜ぶと出ていた。果物や穀類はやめて、駅前の肉屋さんで、冬になると牛脂を分けてもらっていた。コンラン・ショップに手頃な金網製のバード・フィーダーがあり、数切れずつの牛脂を入れておくと、シジュウカラなどが少しずつついばむので一冬、それで観察を楽しむことができた。メジロやシジュウカラが集まっていると警戒心が強いと思われるアオジなども、時折姿を現す。
 ところが、困ったことが出来した。肉屋さんが後継者不足で閉店してしまったのだ。
 近所の肉屋に行って牛脂を分けてくれといっても、日頃の付き合いがないと断られる。往生していたところ、駅前の大手スーパーの中に併設された食肉部で、快く分けてくれることがわかった。
 やれやれ、これで一安心。この頃になると、一冬で野鳥が消費する牛脂は一キロにもなっていた。牛脂はサービスであるらしく、料金は無料なのだった。

 しかし、この冬、いつものように同じ食肉部でお願いすると、断られてしまった。どうしたものだろうかと、ネットで検索してみると、いま流行りのグルテン・フリーの食生活をしている方たちが必要としているらしく、それなりの値段で取引されていることがわかった。翌日、そのつもりで再度、食肉部に出向いて、その旨、お話しすると、きちんと、しかし決して高額ではない料金で分けてもらえることとなった。毎年のことも長くなると、色々なことがおこるものだ。