わが家の朝食(2)

山口瞳のことだから、朝食は和食だろうと思われるかもしれないが、祖母の静子、つまり瞳の母親が大変、ハイカラで、朝食は目玉焼きにトーストという人だった。
 瞳自身も、その影響か、トーストにチーズを乗せて食べるのがお気に入りだったのだ。おかげで、僕も朝食は洋食となった。

 市販のホットケーキミックスに全粒粉を半分ずつ混ぜ、それに小麦のフスマを適量加えて、ホットケーキを焼く、というスタイルが定着している。…

わが家の朝食

わが家の朝食は一貫して洋食であった。
 物心ついたころから、トーストとハムエッグのような献立だった。そして飲み物は珈琲であったように記憶している。
 これは麻布時代のことなのだが、国立に越してきたころは、まだ母も元気で御飯に味噌汁、焼き魚というような和食であった時期もある。…

土鍋・考

めったに自宅で食事をすることがないのだが、炊飯には土鍋を使用している。
 美味しく炊けるということは知っていたが、電気釜よりも簡単だということは購入するまで知らなかった。
 しかし、利用するようになったのは二〇一一年に母が亡くなってからしばらく経ったころからだった。…

不器用

瞳が不器用であったことは、本人が一番よく知っていた。そして、また、そのことを何度も書いている。
 軍隊時代には、不器用であることが決定的だった。なにしろ軍隊というところは要領だ、というのが持論である瞳にとって、不器用と要領はほとんど同じ意味であったのだから、軍隊内部では大変なことになった。
 まず、ゲートルが巻けない、軍靴を履こうにもチョウチョ結びができないのだ。…

辛夷が枯れた

庭の南西の片隅にある辛夷が枯れた。去年の夏ごろから様子がおかしく、紅葉したのかと思ったら葉を落してしまい、それきり、今年になっても開花しないままだった。
 今年の四月に、二階の屋根よりも高くなっている辛夷の近くまで屋根づたいに近づいて先端に触れてみると、あっけなく折れてしまった。すでに乾燥していて、枯れたことは火を見るよりも明らかだった。
 瞳は「芸術新潮」で連載していた『武蔵野写生帖』の「庭の白木蓮」(一九八一年五月号)で辛夷について少し書いている。…

北大路魯山人(2)

食卓の皿小鉢から箸置きにいたるまで、僕が生まれたころは、すべて魯山人の作品だった。しかし、今現在、わが家に残っているのはほんの数点にしかすぎないのだ。
 まず、瞳の二人の妹が結婚したときに、それぞれに大皿や五客揃いの取り皿などを嫁入り道具として持たせている。また長男と三男が家庭を持ったときにも、それなりの魯山人を分けている。この時点で、残っていた魯山人残りわずかだった。
 結局、瞳と治子と僕の親子三人が最後まで祖父母と一緒すことになり、それは祖母静子の突然の死によって終わることになる、最後の時期だった。…

北大路魯山人

魯山人については、いずれまとめて書かなければならないと思っていた。
 瞳が繰り返し、わが家の食器はすべて魯山人だったと書いてきたからだ。
 魯山人が、扁額、篆刻、書画、とりわけ陶器の作家として、このところ高く評価されていることは、あらためて書くまでもないだろう。…

象牙の箸

時節柄、あまり取り上げたくない話になるのかもしれないが、山口瞳を語る上で避けて通れないのが、象牙の箸だ。
 今現在、象牙の利用はあまり褒められたことではない。アフリカ象が絶滅危惧種だからだ。日本の伝統工芸品には、紫檀、黒檀など外国産の素材を使うものが多い。これ大変に珍しいことらしい。

- …

庭の池(2)

ここからしばらく、庭にある池について書いてみたいと思う。最近はビオトープなどといって自宅や公園に自然を模した池を造るケースも多いからだ。
 年末に公共の大きな池の水を抜いて、外来生物を駆除する、というテレビ番組を観た。これを“カイボリ”という。かつては河川の一角を仕切り、そこに魚を追い込んだり、入った魚を捕獲することをカイボリといわなかっただろうか。多摩川の河川敷周辺では子供たちが夏休みなどにやっていた。
 その番組をみて驚いたことに、現在、日本に住む鯉は琵琶湖に住むノゴイ以外はすべて外来種だということだ。…

庭の池

変奇館を訪れた方が驚くことがある。
 半地下になっている居間兼食堂にそって幅一メートル足らずの池があり、十匹前後の錦鯉が泳いでいるからだ。
 清貧とまではいわないが、およそ成金趣味とは無縁であるように思われる瞳が、自宅でこともあろうに田中角栄などに代表される、庭の池には錦鯉、という趣味を持っているとは、どうも印象からして馴染まない。…

変奇館その後

瞳が『男性自身』の連載の中で、本コラムのタイトルと同じ、「変奇館その後」を書いたのは四一九回目で一九七二年の一月のことだから、実際に書いたのは前年の暮れだっただろう。
 その中で、変奇館が出来上がってから三年近くになると書いている。
 これからしばらく、その「変奇館その後」で書いたことについて考えてみたい。…

庭の焚き火

今年の九月からわが町のゴミ収集が有料化された。これまでも細かい分別収集だったのだが、有料化にともない、さらに分別が細かくなった。小さな町であり、もともとゴミの焼却はかなり離れた別の町にお願いしていたのだった。
 それでも、隣接している市の住人には、うちは二年前から有料だ、そっちは二年分、得したじゃないか、とうらやましがられた。
 何もかも一度に燃やせる高性能の焼却炉をつくればいいのではないかと思う。その資金を集める有料化だったら賛成なのだが、そうでもないようだ。…