不器用

瞳が不器用であったことは、本人が一番よく知っていた。そして、また、そのことを何度も書いている。
 軍隊時代には、不器用であることが決定的だった。なにしろ軍隊というところは要領だ、というのが持論である瞳にとって、不器用と要領はほとんど同じ意味であったのだから、軍隊内部では大変なことになった。
 まず、ゲートルが巻けない、軍靴を履こうにもチョウチョ結びができないのだ。…

辛夷が枯れた

庭の南西の片隅にある辛夷が枯れた。去年の夏ごろから様子がおかしく、紅葉したのかと思ったら葉を落してしまい、それきり、今年になっても開花しないままだった。
 今年の四月に、二階の屋根よりも高くなっている辛夷の近くまで屋根づたいに近づいて先端に触れてみると、あっけなく折れてしまった。すでに乾燥していて、枯れたことは火を見るよりも明らかだった。
 瞳は「芸術新潮」で連載していた『武蔵野写生帖』の「庭の白木蓮」(一九八一年五月号)で辛夷について少し書いている。…

北大路魯山人(2)

食卓の皿小鉢から箸置きにいたるまで、僕が生まれたころは、すべて魯山人の作品だった。しかし、今現在、わが家に残っているのはほんの数点にしかすぎないのだ。
 まず、瞳の二人の妹が結婚したときに、それぞれに大皿や五客揃いの取り皿などを嫁入り道具として持たせている。また長男と三男が家庭を持ったときにも、それなりの魯山人を分けている。この時点で、残っていた魯山人残りわずかだった。
 結局、瞳と治子と僕の親子三人が最後まで祖父母と一緒すことになり、それは祖母静子の突然の死によって終わることになる、最後の時期だった。…

北大路魯山人

魯山人については、いずれまとめて書かなければならないと思っていた。
 瞳が繰り返し、わが家の食器はすべて魯山人だったと書いてきたからだ。
 魯山人が、扁額、篆刻、書画、とりわけ陶器の作家として、このところ高く評価されていることは、あらためて書くまでもないだろう。…

象牙の箸

時節柄、あまり取り上げたくない話になるのかもしれないが、山口瞳を語る上で避けて通れないのが、象牙の箸だ。
 今現在、象牙の利用はあまり褒められたことではない。アフリカ象が絶滅危惧種だからだ。日本の伝統工芸品には、紫檀、黒檀など外国産の素材を使うものが多い。これ大変に珍しいことらしい。

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庭の池(2)

ここからしばらく、庭にある池について書いてみたいと思う。最近はビオトープなどといって自宅や公園に自然を模した池を造るケースも多いからだ。
 年末に公共の大きな池の水を抜いて、外来生物を駆除する、というテレビ番組を観た。これを“カイボリ”という。かつては河川の一角を仕切り、そこに魚を追い込んだり、入った魚を捕獲することをカイボリといわなかっただろうか。多摩川の河川敷周辺では子供たちが夏休みなどにやっていた。
 その番組をみて驚いたことに、現在、日本に住む鯉は琵琶湖に住むノゴイ以外はすべて外来種だということだ。…

庭の池

変奇館を訪れた方が驚くことがある。
 半地下になっている居間兼食堂にそって幅一メートル足らずの池があり、十匹前後の錦鯉が泳いでいるからだ。
 清貧とまではいわないが、およそ成金趣味とは無縁であるように思われる瞳が、自宅でこともあろうに田中角栄などに代表される、庭の池には錦鯉、という趣味を持っているとは、どうも印象からして馴染まない。…

変奇館その後

瞳が『男性自身』の連載の中で、本コラムのタイトルと同じ、「変奇館その後」を書いたのは四一九回目で一九七二年の一月のことだから、実際に書いたのは前年の暮れだっただろう。
 その中で、変奇館が出来上がってから三年近くになると書いている。
 これからしばらく、その「変奇館その後」で書いたことについて考えてみたい。…

庭の焚き火

今年の九月からわが町のゴミ収集が有料化された。これまでも細かい分別収集だったのだが、有料化にともない、さらに分別が細かくなった。小さな町であり、もともとゴミの焼却はかなり離れた別の町にお願いしていたのだった。
 それでも、隣接している市の住人には、うちは二年前から有料だ、そっちは二年分、得したじゃないか、とうらやましがられた。
 何もかも一度に燃やせる高性能の焼却炉をつくればいいのではないかと思う。その資金を集める有料化だったら賛成なのだが、そうでもないようだ。…

はじめてのクーラー

「変奇館」にはじめてクーラーを導入したことを書いているのが、『男性自身』シリーズの第407回「カラスミ奇談」だ。
 前にも書いたことがあるかもしれないが、新築された瞳の自邸(変奇館)は南側が全面ガラス張りというものだった。
 当時は隣近所も建て混んでいなかったので、建築家は北側も全面ガラスにすると言った。…

変奇館以前(3)

風呂場が破壊した。底のタイルが割れて流し場がザアザア洩るし、湯船も洩ってしまう。女房が何度もセメントで修理したが、素人の手に負えないくらいひどくなった。 -
 と書いているのが『男性自身』シリーズの中の「職人気質」だ。…

変奇館以前(2)

henki_1208布の家を取り壊すことになったと瞳が書いているのが、『男性自身』シリーズの第86回「職人気質」である。
 山口家は僕が生まれたとき、麻布二の橋と三の橋のちょうど中間あたりに家を持っていた。
 当時は祖父母、伯父一家、叔父一家、と嫁入り前の叔母やらなにやらで十人以上の大所帯だった。したがって間数の多い、ずいぶんと大きな家だった。これが東京オリンピックに伴う道路拡張工事で撤去されることになったのだ。…