犬の話(5)
いかげん、犬と縁がないという話は止めてくれという声が聞こえてくる。ご心配なく、これが最後です。さすがに僕も飼い犬とは縁がないのだと気がついたが、その最後通牒のような犬は、血統書付きのシェパードだった。瞳が国立に引っ越してきて、しばらく経った頃、まだ家は賃貸で安普請の木造二階建てだった。これを後に買い取り、さらに数年後に新築して変奇館と名づけたのだった。
それはともかくとして、シェパードの件だ。瞳は当時、野球の観戦記事を書くことが多かった。また、キャンプを訪れるというような連載も持っていた。スポーツ紙Hの担当者のNさんは、ご自宅も多摩地区で国立から近く、個人的にも親しくしていた。
そのNさんは、当時としては珍しかったのではないかと思うが、趣味で犬のブリーダーをしていた。それも、山間の新興住宅地の広い庭を利用してシェパードの繁殖をしていたのだ。一度、一家でお邪魔したことがあるのだが、玄関先では大きなフクロウが飼われていて、生物が好きな僕は、すっかり魅了されてしまった。そんな僕を見て、子犬が生まれたら差し上げますよ、ということになってしまった。これまでの経緯をみれば、お断りするのが順当だったのだが、Nさんと父の間で、そんなことになってしまったのだった。…

くづく飼い犬とは縁がないようだ。
うお気づきかもしれないが、僕と犬の相性が悪いというか、ご縁がないというのか。
が生まれる前から家にいたムクちゃんという犬が研究所に預けられてから暫くして、同居していた叔父が血相書付きのコリーの子犬を買ってきた。オス犬であり五月生まれだったことからメイ介と叔父が名づけた。
飼い犬の話は最後まで残しておこうと思っていたのだが、最近になって少し触れてみたくなった。
奇館がその威容を現した建設当時、仏教彫刻家で父、山口瞳の畏友であった関頑亭先生が庭に延段を造ってくれたことは、この連載の最初のころに書いた。
言訂正。数カ月前に今年は庭にウグイスが来ないと書いたが、五月の下旬になって、頻繁にその声を聞くようになった。毎日、朝晩、近所の見回りをするように渡ってきて、ひとしきり鳴くと去っていく。
心ついたときから虫歯に悩まされていた、ということは先々月、書いた。
分の間、歯科医療について書いていこうと思っていたのですか、この時期でなければ書けないことができた。
のごころついてから今に至るまで、歯では苦労をした。虫歯もさることながら、小学校の低学年のころでも、ちょっと歯茎を吸ってみると出血し、同級生にドラキュラの物真似をしては嫌がられていた。
確か大友柳太朗主演だったと思うが、小原庄助さんの映画で、朝寝坊している庄助さんを三太夫が起しにきて、「殿、もう起きてください」と言うと、庄助さんが「朝寝は我が家の家訓である」と応じる。それに対して三太夫が、「これ以上寝ていると昼寝になります」と答えて、庄助さんがあわてて起き出す、という場面があった。
寝朝酒朝湯が大好きでという小原庄助さんと同じ名前をもつだけに、朝寝朝酒は好きだが、朝湯となると、ちょっと事情が違っていた。