冬支度

 短い秋があっと言う間に去り、また極寒の冬が来る。
 変奇館では毎年、初冬に冬ごもりの作業をすることになる。といってもご大層なものではない。

 最初にするのは牛脂を最寄りの肉屋で分けてもらうことだろうか。よくすき焼きの肉を買うとおまけに数片の牛脂を付けてくれるが、あれを一キロいただくことにしている。…

米とネズミ

土鍋で御飯を炊いているということは、すでに書いたような記憶がある。中蓋がある土鍋で、充分な厚みがあり、途中で火力を調節しなくていいのが購入理由だった。
 とはいうものの、晩御飯はほとんど外食になるので、自宅で夕食をとるのは、年に数えるほどしかない。
 したがって、買い置きの生米があまってくる。イタリアなどではパエリヤやリゾットには古米のほうがいいというので、珈琲豆を熟成させるようにして、何年も保存した商品が高額で取引されている。しかし、これはあくまでも脱穀する前の状態で、しかるべき温度湿度の中で大切に保管されているものだ。…

台風一過

母の死後、今後のことも考えて、二階から中二階の、それまでは納戸にしていた五畳ばかりのスペースを寝室に改装したことは、以前にも書いている。そのとき、徹底的に防音と遮音を考え、またたっぷりと断熱材を挿入してもらった。
 このため、道路に面しているにも関わらず、枕元を通過する自動車の騒音もまったく聞こえなくなり、振動もつたわらなくなった。それはいいのだが、当初から風が強く吹くと、壁の中で異音がするという現象が現れていた。僕は壁の中に排水管でもあり、それが鳴っているのだろうと思っていた。

 今年の九月八日、珍しく、台風一五号が関東を直撃した。それでも寝室は風音もなく、まして家が揺れるようなこともなかった。…

建売考

すでに触れていたかもしれないが、わが家が国立の現住所に引っ越してきたとき、南側には百二十坪ほどの敷地に二階建ての木造の山小屋風のお宅が建っていた。
 東側は私道を挟んで八十坪ほどの、なんと栗林だった。これは農業として栗の実を採取するためのもので、整然と栗の木が植えられていた。
 北側は市道を挟んで日展の彫刻家のお宅で二百坪の敷地に工場のようなアトリエと立派な茶室を含む母屋があり、拙宅に面した部分は平屋の賃貸アパートであった。…

免許皆伝

自慢じゃないが、およそ賞罰や資格とは関係ない人生を歩んできた。唯一の資格ともいえるものが普通自動車の免許だろうか。
 きちんとした企業に就職していなかったので、学校を卒業してから、これといった身分証明書ももっていなかった。運転免許証がもっとも手っとり早い身分証明書であったことから、教習所に通うようになったことは、前回、少し触れた。
 幸い、時間だけはたっぷりとあった。これはもう時効だろうが、教官の一人と義理の叔母が知り合いだったことから、少しばかり予約時間などを優遇してもらえるという恩恵にも預かった。…

車庫の屋根(2)

 なんで最初に言ってくれなかったんですか。正介さんは運転しないと言っていたじゃないですか。
 と、変奇館を設計した建築家に言われてしまった。僕が都内の生活を切り上げて実家に戻ってきたときのことだ。それに伴い、僕の部屋と父の書斎、また六畳敷きの日本間を二つ増改築したことは何度か書いていると思う。
 そのときに北東の角地を駐車場にしてくれと建築家に頼んだのだった。それならば、そもそも最初に設計したときに駐車場も造ったのに、というのが建築家の主張だった。…

車庫の屋根

五月四日の午後四時ごろ、自宅周辺で時ならぬ雹が降った。僕は夕刻から都内で未見の映画を観ていたので、実際に降っているところは目撃していないのだか、直径が二センチ近くもある雹が盛大に降ったらしい。
 側溝に流れたものが排水口に堆積し、同時に降っていた雨量も激しく、雹が詰まって排水できずに道路は冠水してしまったという。日が暮れてから、僕は最寄りの駅を降りたのだが、五月とは思えない冷気を感じたので、何事だろうと思い、立ち寄った行きつけの小料理屋で事情を聞いたところ、雹が降ったのだという。

 深夜に帰宅してから、テレビのニュース番組を観ていたら、はたして被害は甚大だという。それも隣近所の町内の映像が使われている。…

シジュウカラの営巣

キジバトが庭の南よりの隣家との塀際に植えられている月桂樹の枝に巣を造り、雛が巣立ったことは去年、このエッセイで書いた。 今年は三月下旬から庭に置いてある陶製のテーブルと椅子のセットのうち、椅子の方にシジュウカラが巣を造ってしまった。
 陶製の椅子というのは、ちょっと中国風のデザインで樽型のものである。割と一般的なごくありふれた庭用のテーブルと椅子二脚の三点セットだ。これに父、瞳は樽型の椅子を二つ買い足して利用していた。…

寝室を造る(2)

家の中で引っ越しをした。いわゆるリフォームというものだろうか。
 二階から中二階に引っ越して、これを新しい寝室としたのだ。広さは五畳ほどになる。
 かねてよりの計画とはいえ、実行に移すまでには、ずいぶんと時間がかかった。…

寝室を造る

わが家の間取りをざっとおさらいしておくと、半地下、一階、中二階、二階で風変わりな外観をしている。つまり変奇館である。
 十年余り都心に住んでいた僕が国立に戻ることになり、増改築して二階部分が僕の寝室になったことは何度も触れている。それまで都内最古級の堅牢な鉄筋コンクリート造りのアパートに後半の五年ばかり住んでいた身としては、この夏は暑く、冬寒い、家の前の道路を自動車が通れば盛大に揺れる部屋は、必ずしも住み心地のいいものではなかった。
 それ故に、2011年3月の母の死後、僕は家庭内引っ越しを企てたのだった。…

池の水、ぜんぶ抜いた

前庭の一角に植えられている柚子の実を採るために二階の屋根に登るということを書いた。
 枝は隣家の敷地にまではみ出し、ご迷惑をおかけしている。果実を採るための高枝バサミを持ち出して、なんとかやろうとしたのだが、完熟しているせいで、ハサミを当てただけで落ちてしまう。
 そこで一計を案じて、池に落ちた枯れ葉を掬うために用意してあるタモ網で落下する果実を受け止めようとした。…

庭の柚子の木

母が亡くなる前の年(2010年)の正月頃だったと思うが、庭の片隅に黄色い物体が一つ、落ちているのに気がついた。
 近寄って足先で転がしてみると、どうやら果実であるらしい。変奇館の庭にそんなものが転がっているのはおかしいと思って見上げてみると、庭の角地に植えてあった柚子の樹の枝に一つ、二つの実がなっているのを確認できた。
 さっそく食卓にむかって坐っていた母に報告したのだが、母は植えたことも忘れていたらしく、ただ、ああそうなの、と気のない返事を返すのみだった。…