池の水、ぜんぶ抜いた

前庭の一角に植えられている柚子の実を採るために二階の屋根に登るということを書いた。
 枝は隣家の敷地にまではみ出し、ご迷惑をおかけしている。果実を採るための高枝バサミを持ち出して、なんとかやろうとしたのだが、完熟しているせいで、ハサミを当てただけで落ちてしまう。
 そこで一計を案じて、池に落ちた枯れ葉を掬うために用意してあるタモ網で落下する果実を受け止めようとした。
 我ながらいいアイデアだと思ったのだが、なんのことはない、網は柚子の鋭い刺にひっかかって絡まってしまった。
 よせばいいのに、それを力任せに引っ張ったら、枝が折れずに網が破けた。

 これは困ったことになった。時期的に枯れ葉がもっとも多い冬場にこの事態だけは避けたかった。
 正月の三日に渋谷まで出た。破れた網は、渋谷の大手釣具店で購入したものだ。そこにいけば、同じものがあるだろうと、高をくくっていたのだ。
 やっとたどりついた渋谷の駅周辺は再開発の真っ只中であり、当の釣具店はその余波で移転したとのことだった。さっそく地図を頼りに、原宿方面に歩いた。
  移転した店に行ってみると、鮎釣り用やらへら鮒用の高級な商品しか置いていない。
 店員に、「テレビでやっている『池の水全部抜いた』をやりたいんだけど、あの番組で使っているようなタモ網はどこで売っているんだ」と尋ねてみたが、どうも要領をえない。
 しかし、新宿の支店にあるかもしれないというので、翌日、行ってみたら、奥のほうの片隅に申し訳程度に小さなタモ網が置いてあるのみだった。

 僕が欲しい大きめのタモ網は川遊び用という商品で、川遊びのカイボリの時期であるゴールデンウィークの前に入荷して、売り切れたら再入荷はしないという。ただし商品カタログから取り寄せもできるとのことだった。
 カイボリという言葉は中学校のころから知っていた。近くに多摩川とその支流があり、子供たちがカイボリをして遊んでいる姿をよく見かけたのだ。また、庭の池を掃除する時も、当時から僕はカイボリと称していた。言っちゃ悪いが、僕の「池の水全部抜く」は、昨日今日の流行りじゃない。年季の入った筋金入りなのだ。