米とネズミ

土鍋で御飯を炊いているということは、すでに書いたような記憶がある。中蓋がある土鍋で、充分な厚みがあり、途中で火力を調節しなくていいのが購入理由だった。
 とはいうものの、晩御飯はほとんど外食になるので、自宅で夕食をとるのは、年に数えるほどしかない。
 したがって、買い置きの生米があまってくる。イタリアなどではパエリヤやリゾットには古米のほうがいいというので、珈琲豆を熟成させるようにして、何年も保存した商品が高額で取引されている。しかし、これはあくまでも脱穀する前の状態で、しかるべき温度湿度の中で大切に保管されているものだ。

 僕が自宅用に購入しているものは、スーパーマーケットなどで販売されている数キログラムずつ小分けにされたものだ。それを保存容器に入れて冷蔵庫に入れているのだが、毎年、新米が出るころになっても大量に残っている。
 新米が出ると、やはりどうしてもそちらのほうが美味しいのではないかと思ってしまう。それは当たり前のことで、やはり美味しいものは美味しい。そこで、購入した新米と余った去年の古米を交換するのだが、困るのは冷蔵庫から出したお米の処分だ。
 そのまま棄ててしまうわけにもいかない。冬になると、僕は自宅の庭に、野鳥のための餌を何種類か置いている。シジュウカラとメジロのためには牛の脂身をステンレスの籠に入れて枝に吊るすのが初冬の年中行事だ。そうだ、古米も野鳥のための餌にしよう。そう考えて、少しずつ庭に撒いてみることにした。
 僕の理想としては、最近は珍しくなったアオジが来ないかというものだった。またキジバトも食べるのではないかと考えていた。
 最初の来客は予想に反してスズメであった。
 しかし、スズメも最近はめっきり、その個体数が減っているという。少しでも繁殖の一助になるのではないかと、歓迎することにしたのだった。そんなことで、毎朝、少しずつ古米を庭に撒く日々が続いた。

 そんなある朝、食卓に坐っていると、庭の片隅を横切る小さな影に気付いた。
 その影は、池の淵を横切り、毎朝、米を撒いている一角に急ぎ足で向かっている。
 米の大半をネズミが食べているとこを、このとき知ったのだった。ネズミを恐れてか、スズメもキジバトも寄ってこなくなっていた。