犬の話(2)

僕が生まれる前から家にいたムクちゃんという犬が研究所に預けられてから暫くして、同居していた叔父が血相書付きのコリーの子犬を買ってきた。オス犬であり五月生まれだったことからメイ介と叔父が名づけた。
 我が家の男の子はみな、名前に介をつけることになったのは、僕が正介だったからだ。嫁にいった叔母は嫁ぎ先の決まりに従わず、実家に倣って、僕の一年半ほどあとで生まれた長男に龍介と名づけた。同居していた件の叔父は自分の長男に雄介、次男に俊介という名前をつけて、我が家の伝統にしたがったのだった。

 そんなところにやってきたのがコリーの子犬だった。何の躊躇もなく、あっさりと男の子だから、メイ介だ、ということになってしまった。いくら男の子だろうと、犬にまで伝統の介の字をつけなくてもいいだろうと、僕はちょっと不満だった。
 小さいときは、玄関先の一角を与えられて、可愛らしい小首を傾げていたことを覚えている。しかし、コリーは大型犬である。たちまち大きくなった。誰の言うこともきかず、数寄屋造りであった玄関脇の土壁を前足でガリガリと削ってしまい、粋でお洒落だった祖父母をがっかりさせた。メイ介は手のつけられないイタズラ者になってしまい、まだ小学校低学年だった僕などは近寄れなくなった。
 その内に、片方の耳が立っていることが発覚した。それは子犬の頃は可愛らしさを補うものだったが、血統書の規定には反しているという。そして、メイ介は耳の手術をすることになる。純血種は、そういうことをして見た目を矯正するものなのだということを、このとき僕は知ったのだった。さして裕福でもなく、都会の真ん中で広大な庭もない我が家がどうして大型犬を飼うことになったのか。大所帯だったが誰が世話をしていたのだろう。

 僕が小学三年生の大晦日に祖母が急死した。祖母の人柄でかろうじて、これまで仲良く同居していた十余名の家族は、これを機会に一家離散することになる。
 当然、大型犬の飼育を維持できるはずもなく、メイ介はサーカスに売られていった。血統書があるということで、すでに成犬であったが、それなりの値段で売却できたという。よく、冗談半分に子供が悪さをすると、親が「悪い子はサーカスに売ってしまうぞ」とおどかしたものだが、我が家では単なるおどしではなく、真実だった。