書籍

火花ブレンド

武蔵野珈琲店

芥川賞受賞作『火花』についての『スポーツ報知』の記事に、武蔵野珈琲店のマスター・上山雅敏さんの話が、書かれていた。『火花』の29ページに武蔵野珈琲店は登場する。

〈小説が出版されてから来店した又吉はボソッと「(お店のことを)勝手に書いちゃってすみません」と頭を下げたという。上山さんは「それから又吉さんが好きになっちゃって、十数冊は買いましたよ。店が出てくる場面にアンダーラインを引いてお客さんにプレゼントしたんです」。〉

珈琲を飲みに行ってみようと思った。ここに行くのは、初めてではない。静謐な雰囲気が、気持ちよい。吉祥寺駅井の頭公園口を出て、丸井の右横の通りを行き、左手二階。
〈『火花』を執筆する時にも店を利用。奥の席に座ってパソコンのキーボードを打っていた。〉そうだ。
私も登場人物と同じように、ブレンド珈琲を飲んだ。

 


島育ちのやさしさ

The  TAKASAGO  Times

 

「小笠原からの手紙」でおなじみ、植物学者・安井隆弥さんから、メール便。開けてみると『The  TAKASAGO  Times』誌(高砂香料工業株式会社)。表紙に「特集・小笠原」とある。安井さんは 「小笠原の野生植物について」こう、書いている。

〈 海洋島の植物は草食動物の食害を全く受けなかったので刺をつけたり、毒を持つなど身を守る機能を進化の途中でかなぐり捨てたかのようである。そこへヤギが入って来て瞬く間に食べつくす。また大陸からの外来種は競争力が強く、小笠原本来の林を占拠しアカギやモクマオウの林にしてしまう。このように外来の生物の侵入によって、固有種をはじめ既存の植物は追いやられ、細々と生きている。〉
〈小笠原の自然はユニークであるが脆弱でもある。外来の動植物により小笠原の固有種をはじめ在来の生物が圧倒されようとしている。私たち小笠原野生生物研究会では細やかながら植生回復の作業に参加し、美しい自然を次世代へ伝えようとしている。〉

島育ちのやさしさ。外部勢力の圧力。その中にあって、世界自然遺産を守るご苦労 …… お疲れさまです。

 


西江雅之さん

西江雅之さん

西江雅之さんの訃報を、新聞で知った。『チルチンびと』32号で「住まい観」を語っていたのを、思い出して読んだ。

「僕はモノとしての家にはあまり関心がないですね。『ハウス』より『ホーム』ですよ、家庭としての家ね。それから、そのへんを歩いていて、ざわざわ、人の匂いがしたほうがいいな。旅から戻ってきても、街の灯、行きつけの飲み屋の明かりを見ると、ふと元気になる。僕は文化人類学をやっているけれど、人間のことは、学問の本からよりは隣近所からいちばん学んだし、今も学んでいるんです。……」

6月19日。また雨になった。

 


続・夏、涼しく

日本の夏をテーマにビブリオバトル

 

『チルチンびと』84号の特集〈夏涼しく、冬暖かい木の家〉にちなんで、日本の夏をテーマにビブリオバトル、納涼読書会。の続編です。

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K君。なんだかみんな、食べる話ばかりだな。ぼくは、俳句です。40余年、俳句と親しんだ俳優・小沢昭一『俳句で綴る  変哲半生記』(岩波書店)。変哲は、俳号。その本で、夏の句を楽しみませんか。どれも独特のいい味でしょう。〈手のなかの散歩の土産てんとう虫〉〈まず子供とびだす夕立一過かな〉〈風という風はこの風今朝の風〉。

Aさん。昔々のベストセラー『おばあさんの知恵袋・続』(桑井いね・文春文庫)を。「夏の暮らし」の章を読むと、風呂敷の柄にも、夏の装いがあったという話。〈何かを織り込んだ絽で、撫子、朝顔、秋草なんかが染めてありました。こうして、みんなで心をこめて季節感を盛り込み、涼し気にと演出して暑さを凌いだものでございます。〉いかにも、おばあさんの、やさしさです。

D君。『寺田寅彦随筆集   第五巻』(小宮豊隆編・岩波文庫)には、日本人を育ててきた気候は温帯であるとして、こうあるよ。〈温帯における季節の交代、天気の変化は人間の知恵を養成する。週期的あるいは非週期的に複雑な変化の相貌を現わす環境に適応するためには人間は不断の注意と多様なくふうを要求されるからである。〉そうだ。日本人の知恵は日本の季節から生まれたのだ。一同、ナットク、お開きとなった。
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『チルチンびと』84号〈特集・夏涼しく、冬暖かい木の家 ―  風土に寄り添う住まいと暮らし〉は、6月11日発売です。

 


夏、涼しく

ビブリオバトル

『チルチンびと』84号の特集「夏涼しく、冬暖かい木の家」にちなんで、〈日本の夏〉をテーマにビブリオバトル、あるいは、納涼読書会。

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A君。〈冷房も何もない、むかしの盛夏に、私たちをほっとさせてくれるものは、何といっても緑蔭と風と、そして氷水だった。〉というのは、池波正太郎『江戸の味を食べたくなって』(新潮文庫)。いいでしょう。この、ほっとさせてくれることを味わうのが、人生じゃないですか。氷あずきが七銭で、子どもには高いので、駄菓子屋で、餡こ玉を一銭で買い三銭の氷水にまぜて食べた話も。いいんだなあ。

M君。あ、ぼくも、氷ですよ。伊丹十三『女たちよ !』(文藝春秋)の「ナガ」の章から。〈高校の頃、私たちは氷のことを「ナガ」と呼んでいた。学校の近くの氷屋の旗が、氷という字の点の打ち方を間違って「永」という字になっていたのである。〉そんな旗の下で、イチゴやレモンやメロンの氷をアルミのスプーンで食べる。これ、夏の風景です。

Sさん。夏はカレーでしょ。で、カレーといえば、安西水丸。『村上朝日堂』(村上春樹と共著・新潮文庫)でも、カレーライスの話が、出てきます。〈ぼくにもしも最後の晩餐がゆるされるのだったら迷うことなく注文する。カレーライス、赤い西瓜をひと切れ、そして冷たい水をグラスで一杯。〉カレー、西瓜、冷たい水。これぞ、夏の3点セット。

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『チルチンびと』84号「特集・夏涼しく、冬暖かい木の家  ― 風土に寄り添う住まいと暮らし」は、6月11日発売です。

 


住いのこと

山口瞳さん

 

「住ひのことでは、一時思ひ屈した。」
これは小説の最初の一行ということでは私の知るかぎりでは一番うまいと思っている永井龍男さんの『そばやまで』という小説の書き出しの文章である。

………
山口瞳さんは、エッセイ「住いのこと」で、こう書いた。そしてこのあとに、こんなふうに、続けている。

私よりずっと若い人で文章を志している人たちにこの一行のもっているノッピキナラヌ感じを味わっていただきたいとは思っている。この一行はこれより長くてもいけないし、これをさらに圧縮することは不可能である。
………

山口さんは、住いについて、たくさんの文章を遺したが、これは、その初期のものだ。このあと、家を壊し新築し、やがて「変奇館」へとつながるのである。そして、息子の正介さんが、その思いを、いま、つなぐのである。

(連載「変奇館、その後 ― 山口瞳の文化遺産」は、ココからごらんいただけます)


金子國義さん

婦人公論

その昔。この表紙の連載が始まるころ。金子さんは、四ッ谷のアパートに住んでいた。訪ねる前に「ぼくの部屋のドアは赤いから、すぐわかりますよ」と言われた。どうして、あの部屋だけ、赤く塗ることができたのだろう。扉を開けると、真っ暗な部屋のなかから、金子さんは出てきた。

表紙の絵を、締め切りの日に受け取りにいくと、たいてい「徹夜で描きました」と言いながら、奥の暗い部屋のなかから、絵をもってあらわれた。絵は、まだ乾いていない。部屋中、絵の具のにおいがした。それを、印刷所に渡し、校正刷りが出ると、また訪ねた。色の調子がわるいと、あっという間に、眉のあたりが、曇った。怒るというより、悲しそうな口調で「ぼくのブルーには、黄色が入っているんです」とか「この赤は、血の色で」と、注文をした。

独特の絵は、表紙として、極端に二通りの反応に分かれた。顔が、コワイと言うひとがいた。雑誌は買ったけれど、カバーをかけて読んでいる、という。一方、個性的で好き、この雑誌にぴったりだ、という声も多かった。当時、雑誌はぐんぐん売れ、部数を伸ばした。そのことと、あの表紙と無関係であったとは思えない。

亡くなった知らせを聞いたあと、神保町にある、金子さんの店「ひぐらし」に行ってみた。雨のなか、降りているシャッターの前に、花束がみっつ供えてあった。

 


「変奇館、その後」公開中

変奇館、その後

あの雑木林の庭のことは、とても一度では書ききれません…… ということで、「変奇館、その後 ―  山口瞳の文化遺産」(山口正介)は、前回につづき、庭の話になる。ところで、そうしてできあがった雑木林を眺めて、山口瞳さんは、なにを思っていたのだろう。こういうエッセイが、ある。
……
何もしないでいる人生がある。また、国事に奔走して、紅葉の花(実はそれが花であるかどうかハッキリとは知らない)やヤマボウシの花の美しさに気がつかないでいる人生がある。そんなことをボンヤリと思っていた。
(『旦那の意見』これだけの庭 ― から)
……
これを読んで、国事に奔走する人の哀れな顔が、何人も頭に浮かんだ。

変奇館、その後」は、コチラからごらんいただけます。

 


続・春はキッチンから

続・春はキッチンから


『チルチンびと』83号の特集テーマは「キッチン」。それにちなんで、ビブリオ・バトルをと、集まった6人6冊。

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Nさん。『味覚旬月』(辰巳芳子著・ちくま文庫)。食の歳事記といえるような愉しい本ですが、なかに「座り台所の知恵  ー   続あえもの」という章がありまして。〈春はもうそこまで来ている。これを読み、忘れていた味に、擂鉢、擂りこぎにとりついて下さる方があれば、うれしい。ただ、あえものは、昔の座り台所が生み出した料理、あい間あい間で座ると疲れない。〉私は、この本で、初めて座り台所という言葉を知ったんですよ。

Eさん。私にとっての台所といえば、おいしいもの好きの、向田邦子さん。『向田邦子  暮しの愉しみ』(向田邦子・和子著・新潮社)。「春は勝手口から」という章で、妹の和子さんは書いています。〈春キャベツの一夜漬け、揉んだ大根とかぶをレモン汁や柚で香りを立て、歯ごたえも楽しかった三分漬け……〉そして〈春はいつも勝手口からやって来る。向田の家の春は、包丁とすり鉢の音、そして土の香りとともに始まった。〉  ここにも、庶民の暮らしがありますよ。

M君。さすがに、この季節、みなさん、爛漫というカンジですね。それに水さすつもりなど、ありませんが、ぼくにとっては、この一冊。いや、この一句。といって『寺山修司全歌集』(寺山修司著・講談社学術文庫)。

冷蔵庫のなかのくらやみ一片の肉冷やしつつ読むトロツキー

これが、ぼくの台所です。

―  いつものような、いい春の宵だった。

………

『チルチンびと』83号  、特集「キッチンで変わる暮らし」は、3月11日発売です。お楽しみに。

 


春はキッチンから

『チルチンびと』83号

『チルチンびと』83号の特集テーマは、「キッチン」。それにちなんで、ビブリオ・バトルを、ということで、集まった、6人6冊。

…………

Uさん。『キッチン』(吉本ばなな著・新潮文庫)。この小説は、〈私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。〉で始まる。そして最後は、〈夢のキッチン。〉 〈私はいくつもいくつもそれをもつだろう。心の中で、あるいは実際に。あるいは旅先で。ひとりで、大ぜいで、二人きりで、私の生きるすべての場所で、きっとたくさんもつだろう。〉で、終わります。その間に描かれる奇妙な同居、祖母の死、母親のような父親。初めて読んだのは、中学生でしたが、それまで読んだことのない新鮮な印象を、忘れません。

B君。『台所太平記』(谷崎潤一郎著・中公文庫)。千倉という家の台所に奉公する、女たちの騒々しいような人生模様が、楽しい。そのなかの〈いったいに鹿児島生まれの娘さんたちは、初に限らず、煮炊きをさせると、匙加減がまことに上手なのですが、これはあの地方の特色と云えるかも知れません。〉とこの地方のひとの舌の感覚がすぐれていることに、ふれたりすると、ああ、そうなんだと思う。なんかこう、全体に、風格を感じるのですね。

Yさんは、私は庶民派ですからと『私の浅草』(沢村貞子著・暮しの手帖社)。
〈浅草の路地の朝は、味噌汁のかおりで明けた。となり同士、庇と庇がかさなりあっているようなせまい横丁の、あけっ放しの台所から、おこうこをきざむ音、茶碗をならべる音、寝呆けてなかなか起きない子を叱る声……〉この音と匂いこそが、日本の台所ですよ。
(つづく)
………

『チルチンびと』83号、「特集・キッチンで変わる暮らし」は、3月11日発売。
お楽しみに。