書籍

続・「火のある時間」ビブリオ・バトル

続・「火のある時間」ビブリオ・バトル

『チルチンびと』の次号は「火のある時間」が、テーマだよ。じゃ、それにちなんだビブリオ・バトルはどうかな。で、集まった6人。

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Mさんは、『父・こんなこと』(幸田文・新潮文庫)だと、当然のように言う。
〈薪は近所の製材所から買った屑木で、とんと柱とおもえる角材だったから、木性がよくてさほどの力もいらない筈だったけれども、私は怖じて、思いきってふりおろすことができなかった。〉
父の目、教えをつねに感じながら、の暮らし。そこからうまれる、ぴりっとした緊張感の漂う文章。これはもう、読んでいただくほかは、ありませんねと、ウットリして言う。

Kさんは、『森は生きている』(サムイル・マルシャーク作・湯浅芳子訳・岩波書店)を、さも、いとおしげに。ご存じ、大晦日の夜、一月から十二月までの精が、森の中で、出会う。
〈たき火のまわりに、十二の月たちが、みんなすわっている。みんなのまんなかにままむすめ。月たちは順番に、たき火の中へそだを投げこんでいる。〉
そして、うたうんですよ。〈燃えろよ燃えろ、あかるく燃えろ 消えないように !〉。
何度この物語を、読んだり、舞台を見たりしたことか。

私の番になった。『ヨーロッパ退屈日記』(伊丹十三・新潮文庫)。そこに「三船敏郎氏のタタミイワシ」の話がある。ヴェニスの超豪華ホテルに泊まっているとき、三船さんが、ジョニー・ウォーカーの黒札とタタミイワシを三枚持って現れる。しかし、タタミイワシを焙る手だてがない。
〈夏も終わりに近いヴェニスの夜更け、リドの格式高いホテルの一室で、クリーネックスは音もなくオレンジ色の炎を出して燃え、香ばしい匂いが一面にたちこめたのです。〉
タタミイワシ、ミフネ、ちり紙、リド…… その組み合わせ、 絶妙でしょう?

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バトルにはならなかったが、楽しい夜になった。

 


「火のある時間」ビブリオ・バトル

「火のある時間」ビブリオ・バトル

『チルチンびと』の次号は「火のある時間」が、テーマだよ。じゃ、それにちなんだビブリオ・バトルはどうかな。で、集まった6人。

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Aさん、最近読んだ『優雅なのかどうか、  わからない』(松家仁之・マガジンハウス)が、オススメ。
〈佳奈は新聞の一ページ分をちぎって丸め、それを四つ、レンガ台の真ん中にのせた。新聞のボールをまたいで囲うように、薪を井桁に組んでゆく。二本の薪が、たがいちがいに三段かさなった。
「マッチありますか?」〉
離婚をした。…… という書き出しで始まる。男とその周囲の女との物語ですが、キレイな文章でキモチがいい。後半、不具合の暖炉の描写がこまかく、そこが、好きなんですよ。

Yさん、ちょっと前のですが『日日雑記』(武田百合子・中公文庫)。銭湯の煙突掃除屋さんの話が、あるんです。
〈菰藁を体全体に幾重にも巻きつけた掃除屋さんは、二十三メートルの煙突のてっぺんに上り、わが身を掃除ブラシにして筒の中の煤をこそげ落しながら下降する。煙突一本四十分かかる。一本九千円。銭湯では一年に一回、煙突掃除をするのだそうだ。〉
ある日、テレビで見たという職人の話、百合子さんの筆にかかると、いいな。

Hくん、『ヘミングウェイ全短編 1』(高見浩訳・新潮文庫)の「われらの時代」から。
〈松の切株を斧で割って何本か薪をこしらえると、彼はそれで火を焚いた。その火の上にグリルを据え、四本の脚をブーツで踏んで地中にめりこませる。それから、炎の揺れるグリルにフライパンをのせた。腹がますますへってきた。豆とスパゲッティが温まってきた。〉
ね、男っていうカンジでしょう。いいんだ、これ。

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(つづく)

 


神田古本まつりの本棚

恒例、神保町の古本まつり。お天気に恵まれて、よかった。タイヘンな人出。タイヘンな本出。行かれなかった方のために、せめて一部を。いや、0.00000……  一部を。お届けします。

神田古本まつり

 


しょうぶ学園の作品たち

「楽園としての芸術」展

上野駅公園口の前の道は、楽しそうに歩く人が多い。そんなふうに歩いて、東京都美術館へ行った。「楽園としての芸術」展。アトリエ・エレマン・プレザン(三重・東京)と、しょうぶ学園(鹿児島」で制作された作品を見る。作者はダウン症などの障がいがある、という。この、しょうぶ学園については、『チルチンびと』増刊『コミュニティ建築』(1913年11月)に、詳しく書かれている。その、一節。

しょうぶ学園統括施設長の福森伸さんは、入居者が縫っていた布地の縫い目が不揃いに縮んでボールのようになっているのを見て「美しい」と感じた。木工を担当している入居者が、ひたむきにただ彫りつづけた木を見て「素敵だ」と思った。そして、「彼らがやろうとしていることを、ひたすらそのまま受け入れることが、しょうぶ学園の求めるべき姿なのではないかと思ったんです」と語っている。(知的障がい者支援施設が、地域に開いた)

絵画、刺繍された服、木の器 …… その色、形、質感、柄、不揃いな縫い目、彫りつづけた木 ……  たくさんの作品を見ながら、福森さんの言葉が、ダブってくる。10月8日。展覧会の最終日に間に合って、よかった。

 


「なりふりかまう」という美意識

 

「チルチンびと広場」のオープン前の2011年頭に、『チルチンびと』地域主義工務店の勉強会で、建築家の吉田桂二さんと巡る内子見学ツアーに参加した。伝建地区の復興を手掛けたご本人自らの案内で、私のような素人にもわかりやすく解説してくださるので、木造建築を面白く感じるようになり、以来、出張や旅行のたびに伝建地区が近くにあると聞けば行ってみたりと、自然に意識するようになった。そんなこともあり、帯の「内子町」「町並み村並み保存」というコピーが目に留まって手に取った『反骨の公務員、町をみがく』(森まゆみ著/亜紀書房)。これは内子の町並み保存をゼロから支えてきた一人の公務員、岡田文淑さんへのインタビューで構成された本で、聞き手は地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊した森まゆみさん。この方も東京の町屋保存のため尽力してきた人なので、共に闘ってきた者同士、深い尊敬と信頼があればこその本音トークが繰り出され、町づくりに対する本気の言葉が綴られた貴重な記録となっている。

周囲から反対されようが、同僚からの協力を得られなかろうが、住民から理解されなかろうとも、全然あきらめない。ある意味変人の岡田さんだが、誰よりも町と人を愛する熱いハートの持ち主であり、繊細さと大胆さを併せ持つ策士でもあった。地区の住民を一同に会して上から説明するようなことはせず、戸別に丁寧にそれぞれの気持ちを汲みながら町並み保存の説得にあたった。スクラップ・アンド・ビルドの時代に、木造建築が検証もなく冷やかに評価されることに疑問を持ち、壊さないで残すという選択をし、研究した。いまでは地区のシンボルともなっている内子座の復元や建築家・吉田桂二さんに依頼した石畳の宿を拠点とする村並み保存。“公務員=住民のために働くプロフェッショナル”という信念を貫き、自分の時間と身銭を使ってでも、行政と住民とのコミュニケーションがうまくとれる仕組みを考え続けた。

岡田さんは、「これほど幸福な職業はそうそうないよ」と言い、「しかし僕のやったことがいいこととも思っていない。時間とともにさびるんだから」とも言う。40年間、岩をも砕く情熱で仕事に全力を注いできた人の、清々しくリアルな言葉が全編にわたり溢れている。置き去りにされてきた引き算の美意識を、「なりふりかまう」と表現されていたのが印象的だった。

 

“「ないもの探しより、あるもの自慢」と言ってきた。文化というのはなにか。難しい質問だけど、僕は「なりふりかまう」ことだと思う。隣の家のこと、近隣の住民のことを考えずに、とんでもない大きさや形や色の家に建て直すとか、隣の畑のことを考えずに、農薬や殺虫剤をまくとか。人の眼に自分がどのように写っているか「なりふり」を少し考えてみる必要があるな。(中略)我が村は、「なりふりをかまう」ためには、これからはいらないものを精査して、消していく作業が大事ではないか。あの看板はみっともない、あの道にガソリンスタンドは似合わない、そういって消していくと、もとの美しい町並みと村並みが戻る。”

 

久しぶりに内子の風景を見に、石畳の宿へ泊まりに行きたくなった。

 


彼岸花の咲く頃

彼岸花が咲いた。例年より十日も早い。彼岸花だってこの陽気では戸惑っているんだろう。彼岸花が咲くといつも造化の妙に驚く。一つの花が反っくりかえって全体が燃えるような赤になるのは見ていて飽きることがない。福岡の青年が送ってきた白い彼岸花は芽を出さない。いや、待てよ、白のほうは正確に秋分の日になるのを待っているのかもしれない。(山口瞳『年金老人奮戦日記』)
……
こういう山口さんの昔の日記を読んでいたら、彼岸花が見たくなって、小石川植物園に出かけた。入園料400 円。入園券を見て、東京大学大学院理学系研究科附属植物園が、正式名称であることを、知った。入り口で訊くと、門を入ってすぐ左に咲いています、と教えてくれた。
咲いている。咲いている。早い時間なのに、先客(男)二人。カメラを構えている。そのうちのひとりが、「結構、蚊がいますよ」と言った。それを聞いて、少し慌てて、帰った。これが、私の「庭時間」だった。
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『チルチンびと』81号〈特集・庭時間のある暮らし〉は、好評発売中です。

 


第1回・吉田桂二賞

第1回・吉田桂二賞

第1回・吉田桂二賞は、神家昭雄氏の「カイヅカイブキのある家」に、決定。その選考の経緯は『チルチンびと』81号に、掲載されている。この作品のタイトルを初めて見たとき、文学的な匂いがして、なにか短篇小説のタイトルを思わせた。そして、あらためて、カイヅカイブキを辞書で、ひいてみた。……… イブキの一品種。枝がねじれて旋回し、葉はほとんどが鱗皮状。庭木として植栽されるが、ナシの赤星病の中間寄主となるため、ナシ産地では禁忌。(『広辞苑』)とあった。
吉田桂二さんは、講評のなかで、〈貝塚息吹の古木が門前に立つこの家を初めて見た時、入る前なのになつかしい思い出が内部を満たしているに違いないと確信した。〉と、ふれている。
4月25日、賞の第1次選考の日。会場で、吉田さんの姿を、おみかけした。応募作品を見る目は、驚くほど鋭く、この賞にかける想いの強さが、伝わってきた。
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『チルチンびと』81号は、特集・庭時間のある暮らし。
吉田桂二賞の受賞作品、受賞のことば、選評など、ごらんいただけます。

 


フクシマの秋

フクシマの秋

福島県の茅葺き民家で暮らす、境野米子さんから、この秋も「フクシマからのたより」が届いた。(『チルチンびと』81号掲載)
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真っ赤に実ったユスラウメを今年こそと思い、町の測定所に持ち込み、セシウムを測定してもらいました。「検出せず」でした。3年目にして初めてジャムがつくれました。しかし裏山のシイタケ、タラの芽、コゴミ、ウドなどは収穫しませんでした。キノコや山菜はまだまだ線量が高く、茹でずにそのまま天ぷらにしたのでは、セシウムは減らせません。
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ほかにも、自宅の茅葺き屋根や敷地の除染作業のことなど、尽きない苦労が、ある。しかし、そのなかに、こうも書かれている。
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庭のあこちには真っ白なホタルブクロや紫紺色のアザミ、青紫色のツユクサ、ホオズキの花が咲き、早朝の草むしりの時には芳しい香りに包まれ、シアワセを感じます。セシウム汚染にもめげず、また汚染作業をも生き延びた草花が愛おしく思えます。
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原発事故から3年余りがたった。こんなふうに、秋を迎える庭もある、ということを忘れないでいたい。
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『チルチンびと』81号〈特集・庭時間のある暮らし 〉  は、好評発売中です。

 


安西水丸さんの好きだった庭

a  bay  in  the  life

鎌倉山でいつも原稿を書くために使っている家には小さな庭がある。時々植木屋を入れはしているものの、たいていは草茫々である。新春にはあちこちにフキノトウが出る。春にはヨモギが伸び、夏にはあちこちにヒルガオが咲き、秋にはススキが穂を付ける。ドクダミも咲きツユクサもあちこちに花を付ける。まだまだ知らない草花も多い。別に誰かが種を蒔いたわけではなく、何処からともなく出てきたものだ。ぼくはウッドデッキに出てそんな草花を眺めるのが大好きだ。夏の月のきれいな夜には、盆に酒や肴をのせ、草花のゆれるのを目に一人酒をして過ごす。
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安西水丸さんは、本誌の連載「a day in the life」に、“草茫々の庭が好きだ”というタイトルで、こういう文章を書いた。それは、ちょうど昨年の秋。やはり、庭仕事の特集の号だった。それから、もう、1年が、たった。
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『チルチンびと』81号は、特集〈庭時間のある暮らし〉。9月11日 発売です。ベニシアさん、琵琶湖畔の築182年の古民家と庭を訪ねる…… その他、ステキな庭の話題満載です。ぜひ、ごらんください。

 


「古道具ハチミツ」主義

古道具ハチミツ

この “広場 ” をよく散歩なさる方なら、新発田市内の民家の敷地で営業する 「古道具・雑貨 ハチミツ 」をご存じだろう。「古いものとの暮らし方、伝えたい」というタイトルで、『チルチンびと新潟』に、店についての記事がある。


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店主は、赤塚和枝さん。この店は、赤塚さんの部屋 ー 。その感覚は、店を始めた経緯を聞いて強まった。中学生の頃、お店で、古びた青いブリキのミニカーを見て、胸をキュンとつかまれたという赤塚さん。…… そして、就職、結婚、出産。「その間も、古いものを集めていたのですが、もっと好きなものに囲まれて暮らしたい !  って思ったんです」と振り返る。……  開業から6年、今は新潟市内にも支店ができ、昨年には店舗のプロデュースも行った。「 古いものはそれだけでも強い存在感を持ち、周囲のものを引き立てる力も持っている。アンティークと暮らす楽しさを多くの方に知ってもらいたいですね」。
店内にある、銅製の軍用ラッパ、昭和期の南京錠、携帯用鉛筆削り器、廃校になった小学校の机と椅子……  など、たくさんの品が、ページを飾っている。

古道具ハチミツ

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『チルチンびと新潟』は、好評発売中です。