春はキッチンから

『チルチンびと』83号

『チルチンびと』83号の特集テーマは、「キッチン」。それにちなんで、ビブリオ・バトルを、ということで、集まった、6人6冊。

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Uさん。『キッチン』(吉本ばなな著・新潮文庫)。この小説は、〈私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。〉で始まる。そして最後は、〈夢のキッチン。〉 〈私はいくつもいくつもそれをもつだろう。心の中で、あるいは実際に。あるいは旅先で。ひとりで、大ぜいで、二人きりで、私の生きるすべての場所で、きっとたくさんもつだろう。〉で、終わります。その間に描かれる奇妙な同居、祖母の死、母親のような父親。初めて読んだのは、中学生でしたが、それまで読んだことのない新鮮な印象を、忘れません。

B君。『台所太平記』(谷崎潤一郎著・中公文庫)。千倉という家の台所に奉公する、女たちの騒々しいような人生模様が、楽しい。そのなかの〈いったいに鹿児島生まれの娘さんたちは、初に限らず、煮炊きをさせると、匙加減がまことに上手なのですが、これはあの地方の特色と云えるかも知れません。〉とこの地方のひとの舌の感覚がすぐれていることに、ふれたりすると、ああ、そうなんだと思う。なんかこう、全体に、風格を感じるのですね。

Yさんは、私は庶民派ですからと『私の浅草』(沢村貞子著・暮しの手帖社)。
〈浅草の路地の朝は、味噌汁のかおりで明けた。となり同士、庇と庇がかさなりあっているようなせまい横丁の、あけっ放しの台所から、おこうこをきざむ音、茶碗をならべる音、寝呆けてなかなか起きない子を叱る声……〉この音と匂いこそが、日本の台所ですよ。
(つづく)
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『チルチンびと』83号、「特集・キッチンで変わる暮らし」は、3月11日発売。
お楽しみに。