全日根氏 名残展へ
鴨川の三角州の中、下鴨神社近くにある川口美術さんにお邪魔する。天気も良く、大勢の人が川岸で遊んでいて、道すがらの風景だけでも感無量になってくるほど長閑な日だった。
全さんの作品にはどれも素朴なあたたかさと品の良さがあり、可愛らしさもあり、優しい中に力強さも感じる。ずっと観ていても飽きない。オーナーの川口慈郎さんにご挨拶すると、全さんの作品づくりのことなど教えてくださった。話を伺うとますます手元に置きたくなる。香合も可愛らしい、器も使いやすそうだったが、書を始めようと思っていたので水滴を選んだ。壁にかかっていた朝鮮民画、今回は台として使われていた李朝家具なども存在感があって目を惹く。
この日は全日根さんを偲んで若き茶人、中山福太朗さんのお茶席が催されていた。全さんの茶碗の中からどれでも好きなものを選び、お茶をいただくことができる。
カジュアルなお茶席とはいえ、恥ずかしながらの作法知らずで、お茶菓子とお懐紙とお茶碗のとり扱いにいちいち戸惑い、内心冷や汗・・・固まっていたのを見透かされたのか、さりげなく指南をしてくれながら「美味しく召し上がっていただければそれが一番です」という優しい言葉をかけていただき、すこし落ち着きを取り戻す。この、客人の緊張をほどく思いやり、そして茶を点てるときの静かで淀みなく美しい身のこなし。一回り以上年下とは思えない貫禄でした。
新緑が美しい庭の庵で美味しいお抹茶をいただいていると、ゆるゆると気分がほどけ、萌え出る緑や、一輪の花、そよぐ風をちゃんと感じることができて、これ以上の贅沢はないような気がしてくる。「こういう時間が非日常で、殺伐としているほうがあたりまえになってしまうことが、なんだかおかしい。だから私はできるだけ茶の湯を生活に取り入れて、日常に近づけていきたいんです」と話す中山さん。伝統を継承しながら新しい歴史を作っていく人なのだなあと感じた。完璧なお作法を身に着けた人にだけ許された世界、という茶の湯のイメージが少し変わる、楽しく寛いだ時間だった。