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夏服を着た女

藤島武二展

 

『藤島武二展』へ行く。  生誕150年記念、というサブタイトルがついている。
展覧会のポスターもチケットも、この女のひとの画で、いかにも夏の展覧会にふさわしいような気がした。これを見ているうちに「夏服を着た女」というタイトルのように勝手に思ってしまった。アーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』からの発想である。
会場に入るとすぐ正面に、この画があった。わきに、「婦人と朝顔」という題名がついている。そうだったのか。婦人も朝顔も、少し、遠くなった。これが描かれたのは、1904年ということである。
(『藤島武二展』は、練馬区立美術館で、9月18日まで)

 

 


サヨナラ、アンゼリカ

アンゼリカ

 

シモキタ名物パン屋に幕 ー 「アンゼリカ」半世紀  今月閉店 ー  池波正太郎さんも愛した味 ー  という見出しがあった。(『東京新聞』7月27日夕刊)

カレーパンやみそパンで人気の店が、7月31日、50年の歴史を閉じるという。店舗が老朽化し、店主の方も1人でやり繰りするのが限界だという。『池波正太郎の銀座日記』(新潮文庫)に、

×月×日
朝七時に起き、コーヒーとトーストで腹ごしらえをすませ、紋服を着る。下北沢のパン屋〔アンゼリカ〕の息・林大輔君の婚礼の仲人をつとめるため、芝のプリンスホテルへおもむく。……

とある、その店だ。シモキタの南口へ出て、歩いていくと 、暑いなか、お店の前から角を折れて、数えてみると27人が列をつくっている。28人目の客になった。

 


「こえだちゃん」の40年

こえだちやんの世界展

 

「こえだちゃん」が、誕生して40周年になるという。1977年に、「こえだちゃんと木のおうち」が、発売された。木のおうち、というところが、いいですね。
1977年というのは、6月に、ロッキード事件の公判が始まる。8月に、北海道・有珠山が噴火。9月に王選手が756本目のホームランを打った。そういう年である。

『こえだちやんの世界展』が開かれている。(八王子市夢美術館   9月3日まで)。こえだちゃんの小さな家の一軒一軒にも、40年という、時の流れを感じることができる。

 


びょうぶ と あそびました

「びょうぶとあそぶ」展

 

「びょうぶとあそぶ」展へ行った。(東京国立博物館本館  9月3日まで)

高精細複製によるあたらしい日本美術体験、というサブタイトルがついている。なんのことかというと、長谷川等伯の「松林図屏風」と緒形光琳の「群鶴図屏風」がスクリーンに映し出され、松林に風が吹き、鶴は舞う。屏風の画と現実の間を彷徨う、のである。それは、いい気持ちのものだった。
いま、屏風  をみることができるのは、時代劇か博物館のなかだけだろうか。子どもたちは、屏風を、間仕切りや風を防ぐためのものとは思わずに、こういう次元の世界を楽しむ仕掛けだと、思うかも知れない。

 


「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展へ

「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展

『日本の家 1945年以降の建築と暮らし』展が、始まった。(東京国立近代美術館  10月29日まで)。
会場にあったパンフレットの書き出しは、こうだ。

〈この展覧会は、日本の建築家が設計した1945年以降の戸建て住宅を紹介するものです。東京で企画が生まれ、ローマのMAXXI国立21世紀美術館とロンドンのバービカン・センターで開催された後、ここ東京国立近代美術館に巡回してきます。しかし、そもそもなぜ「日本の家」を紹介する展覧会がヨーロッパの主要美術館でも開かれたのでしょうか? …… 〉

いうまでもなく、1945年とは、昭和20年のことである。この年の8月30日に、マッカーサーが厚木に到着した。
初日のお客さんは、学生と外国人の姿が目立った。

 


タイの熱風

タイ ー  仏の国の輝き

タイ ー  仏の国の輝き

 

神保町のカレーの店で、その辛さを 1 から数字で注文する店がある。ま、たいてい 3とか 4とか、無難な注文が多く、だから一番上はいくつか知らない。その店で、チキンカレーの2番を食べていたら、一人の男が入ってきた。彼が「チキンカレー」と言うと、店のひとが「辛さは?」。「一番辛いのにしてください」と客。さすがに「えっ、大丈夫ですか」と店のひと。「ハイ、私、タイ人ですから」と客。見ていたら、彼は、運ばれてきた極辛を、涼しい顔をして食べていた。

『タイ ― 仏の国の輝き』(東京国立博物館平成館   8月27日まで)に行った。“ タイ仏教美術の熱風、トーハクに”  とパンフレットにある。クーラーのよく効いた会場で  “微笑みの国の名宝” を見る。帰りに、どこかで、カレーを食べよう。

 


19 対0

19 対0

 

スコアボードを ごらんください。 4回裏に、19点と記録されているのが、おわかりでしょうか。この夏の、高校野球予選の、ある試合です。この数字から受ける印象は、なんと一方的な !  というアキレた感じでしょうか。しかし、現場で見た限り、どちらも一所懸命、熱戦でした。
攻めるチームは、けして手をゆるめない。ストライクを狙い打ち、塁に出れば走る。守る側も、けしてクサルということはなく打球を追い、投手は、黙々と投げ続けました。だから、見ていてダレルという感じはなく、両校の応援団も声援を送り、やがて、19人がホームを駆け抜けて行ったわけです。正岡子規の歌が、何度も頭をよぎりました。

―   今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸のうちさわぐかな   ―

 


書だ! 夏だ!

書だ! 石川九楊展

 

『書だ! 石川九楊展』(上野の森美術館  7月30日まで)に行く。

 ー  多くの人が誤解しているようだが、筆をもって詩句を書きつければ「書けた」「できた」というわけではない。言葉には、それが纏うにふさわしい姿がある。それを見つけ出し、表現するための手法と技法が形成されない限りは書くことはできない。 ー  (『うえの』7月号)と、この展覧会によせて、石川九楊氏は、書いている。

帰りに読んだ『週刊新潮』(7月20日号)の「週間食卓日記」には、6月8日のところに、こういう文章も。  ー  展覧会に向けて臨戦態勢下、妻はコシアン、私はツブアン、アンパン一個。野菜ジュース、牛乳、ヨーグルトで朝昼兼用食。 ー

 


おんな城主 柴咲コウ

『直虎から直政へ』展

『直虎から直政へ』展

両国駅の改札口を出ると、横綱の大きな写真が飾られている。
『直虎から直政へ』展(江戸東京博物館・8月6日まで)へ行くのである。直虎を中心に、戦国の時代、周辺の武将たち。たくさんの展示された像、具足、太刀、旗……  それらを見ていると、困ったことに、どうしたって柴咲コウのあの目鼻立ちが浮かんできてしまう。そして、たしか、母方は礼文島の方ではなかったか、後にガンに侵され亡くなったのではなかったか、親孝行の娘はその治療のために働き、ああ、あのサッカー選手との噂はどうなった …… などということばかりが、歴史上のこととして、思い出されてしまうのだ。
帰りに、ショップで、掛川のお茶(130円)を買った。これを飲みながら、日曜日、大河を見るとしよう。

 


藤井聡太くん・鳩森八幡神社・勝守

鳩森八幡神社

勝守

 

天才将棋少年・藤井聡太くんにあやかりたいと、彼が対局中にとる「みろく庵」の若どり唐揚げ定食を食べに、将棋好きの友人と出かけた話は、何回か前に書いた。その友人が、言うのである。「鳩森八幡神社にお詣りしないと、将棋は強くならないらしい。付き合ってくれ」
梅雨空。ポツポツ雨が落ちてくる。千駄ケ谷駅を出て、左手に東京都体育館をみながら、直進。つきあたりが、神社だ。こんな天気なのに、いやあ、中年以上の女性たちが、列をなしている。男はいない。彼女たちは、何を祈る?
友人が言う。「NHKの藤井くんのニュースのとき、棋士が棋力向上を祈願するというこの神社が映った。それっと思って、すぐ神社のホームページにアクセスしたら、ただいま混雑して、つながりませんだって。すごいねえー、この人気」
「勝守」を手にして、友人はゴキゲンだった。連勝記録は止まっても、彼の人気はつづいている。