その他

追悼・富永一朗さん

世田谷区立九品仏小学校   校舎・プール落成記念

 

漫画家・富永一朗さんが亡くなった。
『チンコロ姐ちゃん』をはじめ、『婦人公論』の連載「食べある記」などたくさんの懐かしい仕事がある。その作品の一つが、おや、こんなところにも。
「世田谷区立九品仏小学校   校舎・プール落成記念」とあり、タイトルは「春がきた!」。〈風が歌い水がぬるむ春がきました。サア、家族そろって  みどりの野に出てつくしのタンゴ、すみれのワルツを歌いましょう 〉昭和59年2月、富永一朗作とある。
ずっと遺してほしい。

 


超高層ビルの解体

東京海上日動ビル 

 

見出しに大きく「丸内初高層 解体へ」とあり、そあと、景観論争「証人」東京海上日動ビル  /  昭和巨匠作   保存求める声、という小見出し。こういう記事だ。〈 日本一オフィス街、東京・丸内に初めて建てられた高層ビル「東京海上日動ビル」が、再開発で解体されることになった。昭和建築界巨匠、前川國男代表作一つで、計画時は高さへ反対論があり「美観論争」が話題となった。……〉『東京新聞』(4月4日朝刊)。
そして、前川國男が、反対論と戦いながら高層ビルを目指した理由は何だったか。ビル設計に参加した人前川さんが作りたかったは、広場です」という声などが、紹介されている。2023年度解体着手だという。
とにかく、もう一度、見ておこう。

 


3・11 と『チルチンびと「地域主義工務店」の会』

チルチンびと「地域主義工務店」の会』震災支援報告

 

「3・11」から10年ということで、たくさん「あの日」の回想が映像や記事で流れた。この「広場」に掲載された〈『チルチンびと「地域主義工務店」の会』震災支援報告〉も、忘れることができない。
震災直後、地元の工務店に支援の手を、という活動がすぐ始まった。物資の手配、トラックはどうする。ドライバーは?  コースは?  打ち合わせのためのメールが、行き交った。
「こちらで用意した品物は、ブルーシート、ロープ、カップラーメン、電池、トイレットペーパー、飲料水」、「支援物資には、女性用品も必要です」、「うちは、女性社員に品揃えさせました」などというやりとりもある。トラックは 、あちこちで物資を積みながら、東北へ向かう。メールのすべてに善意があふれ、熱かった。やがて、トラックが到着する。〈本日、物資を南三陸町の志津川にとどけてまいりました。衣類、毛布、布団〈わあ、久しぶりの布団だあ)。避難所を出る際、道を歩いている人みなさんから、お礼を言われたのが印象的でした。〉支援物資は工務店とその周辺の方へ届けられた。これぞ、地域主義 !〈涙ばかりでます。ありがとうございます〉という受け取った人の喜びは、また、荷物を運んだ人の喜びでもあった。
このたくさんの感動メールを構成した記事は、すばらしいノンフィクションとなった。
今年の「3・11」に再度ご紹介するつもりだったが、あいにく(?) 3月11日は『チルチンびと』107号の発売日とかさなり、そのお知らせを優先した。


戦場・和可菜ありき〈神楽坂デイズ〉

和可菜

 

神楽坂上から、狭い路地に入り、石畳をゴツゴツ歩いて下りて右、旅館・和可菜がある。文壇の人たちにも愛された、と言っていいのかな。というのも、筆が進まずカンヅメになった人も多いだろうから。それで思い出すのは、作家・野坂昭如  vs  編集者・村松友視。書けない書かない野坂さんを、当時文芸誌『海』の編集者だった村松さんが、和可菜に、カンヅメにした。
これで、一安心など、とんでもない。野坂さん、逃げるのである。外出するのである。そうはさせじと村松氏、入り口近くの部屋に陣取る。客の出入りをチェックするため、チャイムが鳴る仕掛け。これなら逃亡時、音でわかる。一安心など、とんでもない。人の動きを感知する光線の当たらないコースを研究した野坂さん、音を立てずに密かに出かけてしまった、という。
そんな作家と編集者の愉しきバトルの現場。いま、改装中で、消えてしまった。さて、つぎは、どんな新しい顔を見せてくれるのだろう。


チコちやん、ありがとう!

新宿伊勢丹門松

 

昨年暮れのこと。NHK『チコちゃんに叱られる』のスタッフの方から電話がありましたよ、と言われた。 ???  なんでも、「広場」に載った新宿伊勢丹の門松の写真を、番組で使いたいそうです。 ???
正月に、新宿伊勢丹の門松を見に行くのが恒例となった。キッカケは、こうだ。この「広場」のコラムに「あの竹、この竹」という竹工家・初田 徹さんの連載がある。竹にまつわるさまざまな話題をチクコウカの目で描いて、愉しかった。連載の29回「冬の青、春の青」は、各地の門松を見て回つた話。そこで、ナンバーワンは、新宿伊勢丹の門松だったという結論。
それを読んで以来、正月になると、伊勢丹に出かけて、門松の写真を撮り、プログに載せている。チコちゃんから頼まれたのは、そういうイキサツの写真。今年も行きましたよ。今年は門松よりも、入り口はコロナ予防の仕掛けの目立ったのが残念だった。さて、その写真、どんなふうに登場するのかは???  おっと、放送日を書かないと、チコちゃんに叱られる。


………


放送予定
1月9日(土)08:15~

 

 

さて、その後日談。
初め知らされた放送日には、8 日夜もあったが、その日は、コロナの番組に変更され、9日朝。『チコちゃんに叱られる!』の「門松の竹に歴史秘話」のコーナー。なぜ、門松の竹は斜めにカットされているか? それは、徳川家康の八つ当たりにあり、という話。門松の竹はもともと、ずんどうであった。いまでも、銀行や百貨店では、ずんどうの門松が見受けられる。というところで、伊勢丹の門松の写真が、登場!  ほんの一瞬であったが、たしかに登場。
このブログのあの写真に、目をとめてくれたチコちゃん !ありがとう!

 


マスクの行列

Mask . com

 

遠くよりマスクを外す笑みはれやか     富安風生

という句がある。
こんな風情去って、外すなんてトンデモナイ。ということになった。マスクも、日用品、ファッション。専門店ができても、フシギでない。八重洲地下街に、Mask . com  というお店が誕生したと聞いて行って見た。なんと、いや当然、か。平日の午前、10人を超える列。あの、パンダの行列のときのように、「最後尾 」の看板を持った人がいる。それでもまだ、少ないと思ったら、一応、そこで列が切れているだけで、離れたところに、列の続きのマスク顔が並んでいる。諦めて帰って来た。だから、噂の10万円のマスクも見ていない。

 


ぬか漬け始めました

市販のぬか床で ぬか漬け始めました。

そのままでも優秀なぬか床ですが、

「へしこ」のぬかを少し足したら

さらに美味しくなりました。

 

 


八丈島『南海タイムス』の休刊

八丈島『南海タイムス』

 

八丈島で1931年から90年間発行され、島の人たちに愛されてきた『南海タイムス』が、休刊することになった。時の流れに圧された無念さが、しのばれる。「休刊します」というタイトルの文章が、一面にある。
そこに、昭和20年代の島にふれている。
〈…… 多種多様な産物を生み出す力にあふれていました。テングサ、トコブシ、トビウオ、カツオなど。黒潮の海の恵みも豊かでした。……  当時の田畑の多くはいま、森林化しています。クサヤの原料となるトビやムロもほとんど獲れなくなり、自然環境社会構造の変化を痛感させられます。……〉
島の歩みとともにあった、島の新聞。『南海タイムス』のスタッフのみなさん、お疲れさま。

 


さよなら「包子 餃子」スヰートポーヅ

スヰートポーヅ

スヰートポーヅ

 

えーっ  あーっ という声。前を歩いていたサラリーマンの二人連れの視線の先には   こんな 貼り紙。

閉店のお知らせ  長い間の御愛顧  誠にありがとうございました 
という店主の方のご挨拶。神保町  すずらん通りの「包子 餃子 スヰートポーヅ」である。サラリーマンは、あの熱くさっぱりしたギョーザの食感を頭と口の中に思い浮かべ、歩いてきたに違いない。店内、いつも、満員でご相席だった。手際よく座る場所をつくってくれたお店のひと。お疲れさまでした。あ、いつか食べようと思いながら、水餃子は、まだだった。

また一軒、ですか。……

 


燻製日和

鉄鍋でゆっくりスモークすること約2時間。

よく晴れた週末に燻製作り。