2015年7月3 の記事一覧

暮らしの記録を記憶する

日本各地の暮らしを見つめる冊子「ジャパングラフ」のコンセプトショップ「ナナクモ」さんで、「はりけん」による滋賀県朽木村針畑集落の記録映画「草鞋づくり」と「ベベ」を観た。

「はりけん」とは1974年から針畑集落の調査取材を行ってきた京都精華大学名誉教授の丸谷彰先生率いる「針畑生活資料研究会」のこと。丸谷先生は、はじめは村の人と道路で立ち話をしながら、だんだん農作業の所に入っていってそれを手伝ったりしながら、縁側でお茶を飲みながら、しまいには家の中に入って呑みながら・・・と数年がかりで話を聞いていく、フィールドワークとはそうしたものだと学生さんたちに言ってきたそうだ。ゆっくり時間をかけて話を聞いてきたからこそ撮れた貴重な記録映画だ。人々の暮らしを淡々と撮り続けていて音の状態もあまりよくなく、方言もわからないから会話の内容までは聞き取れないけれど、映像だからこそ伝わる臨場感。当時の人の顔つき体つき、作業の様子や身体の動かし方がよくわかり、小柄だけど力強くて柔軟で張りのある「働く身体」に見入ってしまう。

 

1本目の「草鞋づくり」。もんぺ姿のお母さんたちは、すごいスピードで藁を縒り、一方の足に出来上がった紐をひっかけてヨガのようなポーズをしながら、しなやかに全身を使って草鞋を編んでいく。家族それぞれのサイズを体が覚えていて、足にぴったりのものを作ることができる。雪用、山道用、男女用・・・用途によって形も様々、一日十数足くらい作るのだそうだ。大変に高度な職人技のように感じるけれど、皆自前で作っていた。道具は最後にチョンと鋏で切るとき以外はほとんど使わない。身体が草鞋を編む道具になっている。そのリズミカルで柔軟な動きは見ていて心地よく、目が釘付けになった。昔は履物と言ったらこれしかないわけだし、遠くへ物を売りにいくときなどは履きつぶす分も含めて準備する。

 

2本目の「ベベ」は、電灯が引かれる昭和24年ごろまで使われていたイヌガヤの実から採る燈火用の油のこと。これを自分たちで採集し、使う分以外は師走の寒い時期に朝3時に起きて街へ売りにいく。これは女性の仕事で、若いお母さんは赤ちゃんを籠に入れて置いていき、道中お乳が張ってくると獣が寄ってこないように川に流したりしながら、片道25キロの峠の山道を、重さなんと50キロ!もの荷物を背負って越えて行ったという。映像の中で当時を語るおばあさんたちは「自分の時間なんてなかった。『ベベなんてなけりゃいいのになぁ』と思った」と笑っていた。他にも山ほど仕事があるわけだし、なんて壮絶な労働環境なのだ。でも昔話をする顔は、穏やかで楽しそうだった。

 

上映会の終了後は、先生を囲んで話を聞きながら朽木の特産品をいただいた。なれ鮨やへしこは独特の風味で、好きかと言われると微妙だけれど日本酒によく合った。この塩気と発酵具合が重労働には必需品だったに違いない。急速に消えつつある集落の生活文化には、人と仕事と衣食住が繋がり、自然と共生して暮らす工夫が詰まっている。シンプルで無駄がなく、必要以上に周囲を傷つけず、小さくても豊かで美しい暮らしを支えてきた知恵だ。足るを知る心をなくし、働くために身体を動かさなくなったら、忘れ去るのはあっというま。今、この記録を私たちは覚えておかなくてはいけない。学ぶべきことはこの中にある。40年ものあいだ集落を見つめ続けてきた、丸谷先生のそんな切実な思いが伝わってきた。

 

※7月10日、11日に京都・堺町画廊さんで上映会があります。詳しくはこちらから