2014年11月8 の記事一覧

松本よいとこ

 

理由もなく旅に出るのは憧れで、行ってみたい場所も山ほどある。けれど実際行くとなると少し意気地がなくなり、なにか理由が欲しくなる。誰かの誘いに乗ってみたり、本や映画に触発されたり、お祭りや旬の食べ物などその季節その場所でしか出会えないものを求めたり。縁とタイミングによるところも大きい。

 

松本へは、今年の頭に京都で出会った写真家の疋田千里さんの個展を観るため、お盆に夫の実家の山梨に帰省する途中、少し寄り道した。会場の栞日さんは古いビルを改装したブックカフェ&ギャラリーで、旅する写真家疋田さんの切り取る緩やかなブラジルの風景とぴったりの雰囲気で、とても印象的だった。その後少し見て回った町の感じや、展示の間ずっと常駐して松本暮らしを楽しんでいた疋田さんのお話を聞いて、また必ず来たいと思っていた。

その後松本に行った話をすると、たいてい「『まるも』に泊まった?」「民芸館には行った?」と聞かれる。まだだというと、ぜひ次回は行ってと口を揃えて言われる。松本好きの人がこんなに多いことに驚いた。さらに夫が通う美容師さんに安曇野の宿を勧められたこともあって、11月の連休、ふたたび松本、そして初の安曇野へ行くことにした。

 

初日は秋晴れの日々から一変しての雨。列車の窓からの紅葉も曇っている。松本に着いて蕎麦を食べ、松本城まで散歩という初心者コースを辿る。雨というのに天守観覧は60分待ちだったので、翌朝来ることにして松本民芸館へ。お城の近くからバスで15分、バス停からの細い道を進むとすぐ、なまこ壁の建物が見えてくる。門から見える庭の木々の紅葉が雨に濡れてしっとりと色濃く風情を漂わせ、入る前から期待が高まる。

可愛い道案内の石碑やお地蔵さん、壁に飾られた開催中のかご、ざる展の一部、すべてが静かに美しくあるべきところに収まっていて、心地よい。外の光を柔らかく受け止めるどっしりとした造りの静謐な空間が心をすうっと静めてくれる。展示の入り口に創設者の丸山太郎氏の言葉があった。

 

ひとつひとつのものと近くでゆっくり向き合えるような展示も、よくよくこの言葉に基づいたものであることが感じられる。展示の中には丸山太郎氏による作品、絵や文章なども展示されていて、目を惹かれた。収集家としてモノのもつ可愛らしさ美しさを見極め、作家としてその感受性の豊かさ、ユーモアと愛情が感じられる温かな作品を生み出し、こんなに素敵な場所を後世に残してくれて、すばらしい人生だなあと思う。

中心地に戻ってひとやすみ。今宵の宿「まるも」は併設の喫茶店も人気なのだ。松本民芸家具で統一され、落ち着いた店内でくつろいだ。

町には、土蔵が並ぶ中町通り、川のほとりの縄手通り、昔ながらの人形店が並ぶ高砂通りとそれぞれに少しずつカラーの違う通りがあり、本屋やレコード屋、雑貨屋、それぞれに個性のあるお店が並ぶ。歩いても歩いても楽しい。夕飯時となり、建物の灯りと賑わいに惹かれて創業昭和8年という老舗の洋食屋「おきな堂」に入った。ここもやはりクラシカルな内装と家具でリラックスできて、松本らしさを感じる場所だった。ワインとボリュームたっぷりの昔懐かし洋食ですっかり満腹。

まだ宿に帰るには名残惜しくて通りをうろうろ歩いていると、夜10時までやっていてコーヒーも飲める本屋さん「想雲堂」を発見した。


民俗、美術、哲学・・・と心くすぐる背表紙が並ぶ。民芸館にあった丸山太郎さんの小冊子や本もあった。ここで珈琲を飲みながら今日一日を振り返りたかったので『松本そだち』を手に取った。

「いい本ですよ。民芸館にはいかれました?」とご店主が話しかけてくれた。話しているうちに偶然にもご店主は夫と同郷の山梨生まれと判明し、方言の話題など意外なところで盛り上がる。このお店を始めたのは去年のことだそう。なのにもうずっとここにあったような安心感がある。楽しい夜を過ごせた。

今回泊まった「まるも」はこぢんまりとして、広くはないけれど、街歩きにはぴったりの宿で、誰かの家に泊めてもらうような温かい雰囲気、そしてなにより朝ご飯が魅力。

普通のごはんを丁寧に。それが一番美味しいんです。と教えてくれるような理想的な朝ご飯だった。ご主人が子供のころから、このメニューはずーっと変わらないんだそう。変わらなくていい。明日も明後日もこれが食べたいと思う。

朝食後は朝いちばんで松本城へ。どこからみてもきちんとして、写真に撮ると絵葉書か合成写真に見えるほど端正なお城だ。北アルプスを背にするとさらに美しく堂々としている。

天守への入り口にまだ行列はなかったが、朝も早くから、続々と人がやってくる。登るごとに階段が急になる。最上階の天井の梁はすごい密度。ここに松本城の守り神「二十六夜神」が祀られている。

 

お城を出てから出発の時間ギリギリまで街歩き。まだ見ていないところがたくさん。次回への楽しみにとっておく。途中いい感じの空き物件を見つけて、もしここに住んだら・・・なんて妄想を膨らませつつ、最後に少し栞日さんに立ち寄った。ギャラリーではカレンダーづくりのワークショップが行われていて楽しげで、変わらず緩やかな感じにほっとする。ご店主の菊池さんは、年に2,3度京都に来るのだそう。「じゃあまた京都か、松本で」と別れて列車に乗った。おやつに買った栞日さんのドーナツは、小ぶりながらもぎゅっとつまって食べ応えあり、素朴な甘みで品が良く、松本生まれの味がした。

 

安曇野旅へつづく