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ずっと、居たくなるサイト

チルチンびと 71号 ずっと居たくなる家

 3月10日発売の『チルチンびと』71号の特集は「ずっと、居たくなる家」。居心地とデザインのからくりが、楽しめる。
 なかに「デザインで解く木の家の歴史」という、三浦清史氏の文章があり、そのしめくくりに引用してある、吉田五十八氏の言葉が目にとまった。

「新築のお祝ひによばれて行って、特に目立って賞めるところもないしと云って又けなす処もない。そしてすぐに帰りたいと云った気にもならなかったので、つい良い気持ちになってズルズルと長く居たといったやうな住宅が、これが住宅建築の極致である」

 これは、ウエブサイトの極致について、語っているように、思った。訪ねてくる。つい、よい気持ちになり、ズルズルと長く居る。いいじゃないですか。

 この゛広場゛も、そんなふうでありたい、と思った。


暮らし家

 辞典『言泉』で、か〔家〕をひいてみた。説明の4番目に「あることを専門とする人」とあり、その語例が並んでいる。

 医家 演出家 演奏家 音楽家 画家 外交家
鑑定家 企業家 脚本家 教育家 銀行家 芸術家
劇作家 建築家 作家 作曲家 事業家 実業家
宗教家 酒造家 書家 小説家 声楽家 政治家
創作家 彫刻家 著作家 登山家 咄家 批評家
評論家 文芸家 文筆家 法律家 漫画家 有職家

 —- いやいやまだまだ、 114 もの例があった。
ただ、そのなかに「暮らし家」はなかった。暮らし家は、おなじみ塩山奈央さんの゛肩書き゛である。さっぱりしていて、とてもいいなあ、と思う。クラシカと初めて耳にしたとき、私のアタマには、なぜか「風の谷のナウシカ」が浮かんだ。
 塩山さんの『FERМENTED FOOD! 発酵食をはじめよう』(文藝春秋)が出た。ページをめくっていくと、「私のお気に入り基本調味料」という章がある。もしかしたら、暮らし家とは、ステキな暮らしのステキな調味料かもしれない。

FERМENTED FOOD! 発酵食をはじめよう

 


続・寒中冷麺

元祖冷やし中華

まだ、雪の残る白山通りを、息を白くして、私と友人は、冷やし中華をめざした。神保町の交差点をわたり、二つ目の角を左折。揚子江菜館へ。『池波正太郎の銀座日記』にも—神保町の〔揚子江菜館〕で上海焼きそばとシューマイを食べる — と登場する店。入り口に、゛元祖冷やし中華゛の看板。
 冷え切ったからだで、店に入る。二人とも、「三絲冷麺」1250円を注文した。ほぼ満員のお客さんのテーブルから、あれはスープか、あれは中華丼か、あれはナニそばか。あたたかい湯気が、立ち上っている。しかし、われわれは、冷やし中華である。これを食べて、寒中水泳のように、心身を鍛えようというのだ。緊張からか、寒気がする。
 きました。三絲冷麺。このお店は、富士山のように麺が盛られている、という話だが、周囲のたっぷりのタレに浮かぶ小島のように見える。固めの麺と細く切ったニンジンやタマゴなどの具とゴマのタレの、絶妙な組み合わせ。オイシイか? オイシイ。また、来たいか?
うん。でも、今度は、夏がいいね。


寒中冷麺

雪の朝

「地球温暖化というのは、疑問だという説があるんですね」と、お馴染み、小笠原からいらした安井隆弥先生が言った。「私も、そう思いますね。小笠原も、例年より2℃低く、16℃。みんな、寒い寒いと言ってます」
それから数日後、東京にも雪が降った。
雪の朝、シャーベット・ロードに滑り、『チルチンびと』を発行する風土社の2人の社員、T青年とA小町が、転倒したという。
「ツルツルびと」ですねと、私は、くだらない冗談を言った。
その日の夕方、友人がきて「冷やし中華を食べに行きませんか」と誘った。エッ、と私。
「ほら、寒中水泳とか、滝に打たれるとか、あるじゃないですか。われわれは、せめて食事で、身もこころも、鍛えましょうよ」
神田神保町には、「揚子江菜館」という1年中、冷やし中華を提供する店がある。私たちは、白い息を吐きながら、そこへ向かって歩いた。


八丈島の詩人

空の広場

 清水あすかさんから、手紙をいただいた。清水さんは、八丈島に住む詩人である。彼女については『現代詩手帖』の読者の方だったら、お馴染みかもしれない。私は、なんとなくご縁ができた。お目にかかったことは、ない。ときおり、゛1通の詩集゛をいただく。彼女の絵と詩で描いた「空の広場(クウノヒロバ)」である。今回の作品はこんなふうだった。

   明日をしない支度。

 チャイコバーバは年をとって年をとって
 小さくというより、肉になっていくのだ。
 骨もやわらかくなってしまい
 人のかたちをしているのが難しいのだ。
 ————–

 これは、ほんの冒頭の部分である。私には、この詩を批評することはもちろん、上手にご紹介することもできない。できるのは、これを好きになるということだけだ。さて、この1篇を、どう撮影しようかと考え、結局、神田の小さな公園で撮った。風の冷たい日だった。


入試必勝法

kit kat

こんなことは、受験生やその周辺のひとにとっては、ジョーシキらしいが、私は知らなかった。
Kit Katというお菓子がある。ウエハースをチョコレートでくるんだもので、ストレートの濃い紅茶やコーヒーでカリカリかじるのは、わるくない。それを買いに行ったら、売り切れていた。
「センター試験用に、受験生が買ったんですよ。Kit Kat= キットカット = きっと勝つ、というおまじないです」と、知り合いのひとがいった。そのひとにも、高3の息子がいる。
「お宅も、買ったの?」
「そんな。誰もがやっているようなことをしても、勝てませんよ」といって、彼女は、ある洗濯用の洗剤(特に名を秘す)を挙げた。「これはねえ、使ってみるとわかるけど、汚れが落ちないの。それで洗濯したオチナイ下着で、息子は試験に行かせます」


ここにも津波がきた

御身あらい

「御身あらい」を買いに、木更津の小川漁網店に行った。御身あらいの誕生については、この゛広場゛の千葉県版にくわしいが、漁業用の網を短く切って、からだを洗うために仕立てたものである。石鹸の泡立ちがよく、これでこすると、この上ない゛カイカン゛があると、女性に評判がいい。パリまで持って行って使って、忘れてきた人もいて、ホテルでなんて思ったか、と笑った。
お店に取材にうかがったのは、昨年二月。そのあとの地震と津波の被害はどうだったのだろうか。
「地震のあとすぐ、店の前の道路がどす黒い水で埋まりまして、店の中にも流れこんできました。女房は二階に位牌を持って行ったりしていました。その後、しだいに危険を感じたので、山のほうへ逃げました。ちょうど、干潮だったから助かったけど、満潮だったら、2メーターは床上浸水していましたね」
網を扱う店だから、海に近く、400メートルくらいしか離れていない。
御身あらいの゛ファン゛を代表して「お気をつけて」といって帰ってきた。


劇場で

永井荷風を描く作品

私はいま、ストリップ劇場にいる、のではない。ある映画館を劇場に仕立てて、映画の撮影の最中である。監督は愛川欣也さん。あの作家、永井荷風を描く作品。荷風といえば浅草、浅草といえばストリップ。今日はストリップの場面の撮影と聞き、やってきた。これを見ているうちに、浮かんできたのは、Iさんというストリッパーのことだ。
Iさんが、風俗雑誌に連載しているのを見つけ、面白く読んだ。会ってみると、ハスキーな声の男っぽい、そして繊細な神経のひとだった。独特の文章だった。ある女性作家がそれを読み、「あなたは、小説を書きなさい」といったという。それを聞いて、女性作家と彼女の対談を企画した。テーマは「ワイセツについて」だった。傑作な対談になった。しばらくして、Iさんは、趣味だった中国語を学ぶうち、上海へ行った。いま、どうしているだろう。撮影は、まだつづいている。

小芝居の裏木戸通る夜寒哉

というのは、荷風の句である。


棒年会

千疋屋 ババロア

 

 年の暮れのある日、作家Мさんの家を訪ねることが、もう何年もつづいている。年一回、2人だけの忘年会。いつも私が持って行くのは、千疋屋のフルーツ・ババロアである。なぜか、そうなった。

 私と彼は、仕事のこと、共通の友人の消息など、一年分の話をする。やがて、2人の前に、フルーツ・ババロアが並ぶ。Мさんの夫人も、片手にワイン、ひざの上の皿にババロア。この二つの組み合わせが、実に絶妙なのだといい、横の椅子に座って、楽しそうに話を聞いている。それが、おなじみの風景だ。

 今度は、どうなるのだろう。忘年会とは、いかがなものか。けして、忘れてはいけない一年だ、という声があった。当然だ。うーん。ああ、そういえば、こういう虚子の句があったなあ、と思う。

去年今年貫く棒のごときもの

それなら、棒年会は、どうだろう。そう考えながら、Мさんの家へ向かった。あれからもう、半月たった。


アイリッシュ・コーヒー

寒いね。アイリッシュ・コーヒーをつくろうと思った。本を読むと、ほら、いいじゃないか、アイリッシュ・コーヒーの起源は、極寒のアイルランドの飛行場で、搭乗を待つ乗客のサービスのために誕生した、とある。
しかし、レシピによって、砂糖も角砂糖、ザラメなどいろいろで、ウイスキーの量もまちまちだ。なかなか、うまくいかない。というとき、長田弘著『私の好きな孤独』を貸してくれたヤツがいた。アイリッシュ・コーヒーの章を読めという。こう、あった。
— 必要なもの クリーム、濃厚なることアイルランド訛のごとく。コーヒー、強きこと友の手のごとく。砂糖、甘きことペテン師の舌のごとく。ウイスキー、滑らかなることアイルランドの機智のごとく。
— そして、最後に、注意として、クリームはかきまぜず、それをとおして熱いウイスキーとコーヒーを飲むのが最上の風味。とあった。
なにごとにも、゛詩のこころ゛は、大切だ。さ、できました。クリームをとおして゛熱いこころ゛を飲んでくれ。

アイリッシュ・コーヒー