書籍

金沢文学散歩 2

金沢文学散歩


『チルチンびと』春号。〈特集・金沢 ーこのまちに生きる12人の女性たち〉にちなんで、ビブリオバトル・金沢篇 2


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S さん    ぼくは、モロ金沢。『金沢の不思議』(村松友視・中公文庫)。これは、すぐれた文学散歩だと思いますけど、ことに好きなのは、番外編・金沢の奥座敷。たとえば、「能登穴水湾にボラ待ち櫓在り」。これ、ボラ漁法なんですね。で、この穴水って、大相撲・遠藤の故郷ですよ。
〈ボラ待ち櫓の、生き物とも物体とも、現実とも虚構ともつかぬたたずまいに、心を奪われたのだった。ただ、その段階での私は、あれは何なのだろという疑問が頭にふくれ上がるばかりで、それが穴水を象徴するボラ待ち櫓であることすらも知らなかった。

U さん   私は、三島由紀夫『美しい星』(新潮文庫)。三島文学のなかの異色作と言われるこの作品。“ 金星人 ”  の舞台は金沢です。
〈北の国の空気の澄明、この陶器で名高い町の白い陶のようなひえびえとした清潔な頽廃、釉をかけた屋根瓦のおだやかな反映、すべてが古い城下町の、それ自体が時間の水底に沈殿したような姿にふさわしかった。彼はどうしても人間に接触することができなかった。〉
いいでしょう。また、こういう文章も。
〈金沢はまた星の町であった。四季を通じて空気は澄明で、ネオンに毒された香林坊の一角をのぞけば、町のどの軒先にも星はやさしい点滴のように光っていた。〉
  ー    しかし、まだまだ、挙げたい作品は数多く、金沢は文学の故郷ですね。
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『チルチンびと』春号は、3月11日発売です。お楽しみに。

 


金沢文学散歩 1

金沢文学散歩

 

『チルチンびと』春号。特集 〈金沢 ― このまちに生きる12人の女性たち〉にちなんで、ビブリオバトル ・ 金沢篇。


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C さん     この間のこのブログにも出てしまっているんですが『加賀金沢  故郷を辞す』(室生犀星・講談社文芸文庫)。このなかの「文学者と郷土」という章で、自分の文章についてふれているところが、おもしろくて。
〈つまり、私の文章の中にも、金沢にふるようなうそ寒い霙の音もすれば、春先になったこのごろの温い日の光も、麗かにさしているところもあるのでございます。つまり金沢の気候が東京にいても、私の机のまわりにいつもただよい、感じられているのであります。
そして、こうつづくのです。
〈もう一つ言えば私の文章の辿々しいところは、金沢の方言や訛がはいっていて文章の切れ味が甚だ悪いのであります。〉

B さん    私は、若者の鬱屈を描いた 、中野重治 『歌のわかれ』から(『村の家   おじさんの話    歌のわかれ』講談社文芸文庫)。初めのほうにある町の描写が好き。
〈金沢という町は片口安吉にとって一種不可思議な町だった。犀川と浅野川という二つの川がほとんど平行に流れていて、ふたつの川の両方の外側にそれぞれ丘があり、ふたつの川のあいだにもう一つの丘があり、街全体は、ふたつの川と三つの丘とにまたがってぼんやりと眠っている体であった。そうして、街の東西南北にたくさんのお寺がかたまっていて、町の名にも寺町とか古寺町とかいうのがあった。〉
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『チルチンびと』春号は、3月11日発売です。お楽しみに。

 


『建築家の心象風景 ③ 大野正博』の出版を祝う会

『建築家の心象風景 ③ 大野正博』の出版を祝う会

 

1月18日、神田の學士会館で、「大野正博さんの出版を祝う会」 がひらかれた。
この本の中で、夫人のめぐみさんは、大野さんの衣装哲学について、こう書いている。
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建築以外のことは何度言っても頭に染み込まず通り過ぎていくだけだね、とは家族の共通の見解だ。身につける物には頓着ないのに、若い頃から黒のタートルネックが作業着と思い込んでいたふしがあり、派手な物は一切身につけず模様は問題外。
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この日。大野さんのネクタイ姿を初めてみた。「あれ、タートルネックではありませんね」というと、「まさかあ」と笑った。式が始まり、大野さんは「こういう高い晴れがましいところにのぼったのは、43年ぶりです。その43年前というのは、結婚式でした」とあいさつをした。ついで、大野さんのご一家が、紹介された。こうして、明るく楽しい会はつづいた。

 


シェークスピアと落語

沙翁復興 − 逍遥からNINAGAWAまで

沙翁復興 − 逍遥からNINAGAWAまで

 

「沙翁復興 − 逍遥からNINAGAWAまで」(1月29日まで)と「落語とメディア」(1月18日まで)という2本立ての 企画展へ行った。早稲田大学演劇博物館。入場無料。
シェイクスピアは、没後400年である、という。シェイクスピアの劇世界がいかにして日本に受け入れられて来たか。書籍あり、朗読の音声あり、舞台衣装あり。
もう1つ。落語は、寄席、レコード、ラジオ、CDなどとふれあいながら、芸はどう変遷したか、を見せて聞かせてくれる。昔の寄席を再現した部屋もあり、そこに入ったとき、テレビの『笑点』を思い出した。
廊下を歩いても、二階へ上がる階段を歩いても、ギィギィミシミシと、板のきしむ音がする。こういう音を久しぶりに聞いた。懐かしかった。

 


懐かしの高倉健

「高倉健」展

 

「高倉健」展(東京ステーションギャラリー、1月15日まで)に行く。
三回忌だという。生涯で205本の映画に出演したという。そのいくつもの映画を、つぎつぎに観ることができる。
『あなたに褒められたくて』(集英社文庫)という高倉健の本に、こんな母親の想い出がある。

…… あの『八甲田山』やって、母が観に行った後、
「あんたも、もうこんだけ長い間やってるんだから、もうちょっといい役をやらしてもらいなさいよ」って言う。
「もうその雪の中ね、なんか雪だるまみたいに貴方が這い回って、見ててお母さんは  ー  切ない」って。

いくつになっても、母は母、子は子。いい話だった。

 


灯をともし、薪を焚く暮らし読書会 ②

灯をともし、薪を焚く暮らし読書会

 

『チルチンびと』90号 ― 特集・灯をともし、薪を焚く暮らし ― にちなんで、ビブリオバトルというか、読書会。 前回の続きです。


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Y君    前のお二人は、科学系でしたね。ぼくは視点を変えて『本当の夜をさがして』(ポール・ボガード著・上原直子訳・白揚社)。本のサブタイトルに「都会の明かりは私たちから何を奪ったのか」とあります。著者は作家。
太陽の光の最後のひとかけらまで消え去ってしまった真夜中のブラックロック砂漠で、友人は北斗七星に向かって、僕は天の川に向かって、暗闇を歩く。どちらも地面に触れそうなほど近くにあって、そのまま歩いていけば星々と会話を交わせそうなくらいだ。…… 〉
そして、歩きながら、光害について、眠りについて、夜の文化について、生態系について、考える。タイトルに引かれたんですけど、はじめは。

Kさん   そういう話を聞くと『陰翳礼讚』(谷崎潤一郎著・中公文庫)を読みたくなりますね。ご存じの名著。
〈だが、いったいこう云う風に暗がりの中に美を求める傾向が、東洋人にのみに強いのは何故であろうか。西洋にも電気や瓦斯や石油のなかった時代があったのであろうが、寡聞な私は、彼等に蔭を喜ぶ性癖があることを知らない。昔から日本のお化けは脚がないが、西洋のお化けは脚がある代りに全身が透きとおっていると云う。…… 〉
今日のわれわれの話も “ 陰翳礼讚  ” だったね。
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『チルチンびと』90号は、12月10日発売です。お楽しみに。

 

 


灯をともし、薪を焚く暮らし読書会 ①

灯をともし、薪を焚く暮らし読書会

 

『チルチンびと』90号 ― 特集・灯をともし、薪を焚く暮ら し ― にちなんで、恒例のビブリオバトルというか、読書会。


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E君   ぼくは『ロウソクの科学』(ファラデー著、竹内敬人訳、岩波文庫)。製本工から科学者になった彼の 、青年のためのクリスマス講演から、というのも今の季節ピッタリ。ロウソクをつくる話から始まって、たとえば……
〈燃えているロウソクを観察しましょう。まず一番上に見事なお椀のようなものができます。ロウソクに近づいた空気は、ロウソクの熱がつくりだした流れの力で上方に移動します。……〉〈…… つまり、ロウソクの側面に一様に働いて外側を冷やしている、驚くほど規則的な上昇気流によってお椀がつくられるのです。…… 〉身辺の観察から話題を展開。いつ読んでも愉しい。

Cさん    私は『問いつめられたパパとママの本』(伊丹十三著・中公文庫)。この本も、それに似ている。子供たちのいろんなギモンに答える形で、たとえば 、こんな質問。…… ローソクノ火ハ吹クト消エルノニ炭ノ火ハ吹クトドウシテオコルノ ?」
〈……   話がややごたごたしましたが、個体の燃焼と、気体の燃焼とが違うということ、炎をだして燃えるのが気体だけであるということ、この二つは覚えておいていいことだと思う。燃えているのが気体だからこそ、炎は吹けば燃えるんです。……〉いつもの独特の文章が楽しい、オトナの科学ですよ。
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『チルチンびと』90号は、12月10日発売です。お楽しみに。

 


サンキュー・ヴェリ・マッチ

マッチ

 

『チルチンびと』冬号は「特集・灯をともし、薪を焚く暮らし」である。その企画の一つに「マッチ」にまつわるテーマがあり、村松友視さんのコメントが入る。取材に行く編集部のUさんに、ついて行った。

「かつて、マッチ・ポンプというコトバがあったよね」と、村松氏は言った。「自作自演みたいなことだったね。それから、マッチ一本火事のもと、と言って、冬の夜、町内を拍子木を叩きながら巡回していたよね。マッチのカゲが薄くなってしまって、ああいうセリフは、どうなってしまうんだろう」。そのほか、いろいろな話をした。「燐寸という漢字は、いいね」「マッチの火って、他の火にくらべると、カジュアルなカンジがするんだよね」「そういやあ、伊丹十三さんは、ベンラインのマッチが、世界一だと言ってたね」そして、当然、幸田文さんのマッチ(写真参照)の話も。

つぎからつぎへ、自在に言葉をくりだした。話は尽きず、サンキュー・ヴェリ・マッチだった。話の終わり頃、彼は言った。「しかし、昔は、いつもこんな話ばかりしていたよね」そうだった。暇があれば、コーヒーを飲んで、言葉のキャッチボールを繰り返し 、飽きるということがなかった。あれは、贅沢な時間だったと、つくづく懐かしい。


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『チルチンびと』冬号は、12月10日(土)発売です。お楽しみに。

 


神保町古本まつり

神保町で 「神田古本まつり」が、開かれている(11月6日まで)。例年のように、並んでいる本をのぞき込む人は多いが、毎日雨模様でお気の毒だ。今日も、降ってきた。あわてて、本の上にビニールを広げる店員さんたち。一軒の店で『神保町が好きだ』という雑誌をもらった。食事をしながら読むのに、ちょうどいい。「作家・逢坂剛さんに聞く    神保町のグルメあれこれ」というインタビューが載っている。読み始めたら、こんな箇所が ……。

逢坂     「食事をしながら本を読むこと厳禁」て張り紙がしてある店もありましたね。
―    ええーっ、それこそ神保町文化に合わない。
逢坂      それを集英社の人から聞いて、そんな店には絶対行かないって、一度も行きませんでした。 ……

まさか、この店がと、ギョッとする。

神保町古本まつり


ノーベル文学賞 ?

ボブ・ディラン

米国音楽の偉大な伝統のなかに、新たな詩的表現を創造した、として、ボブ・ディランが、ノーベル文学賞に決まった。つぎの日。神田神保町の書店では、書泉グランデでも、三省堂でも、さっそく、コーナーができた。しかし、ボブ・ディランからは、なんの音沙汰もないという。それなのに、祝 ?    『ボブ・ディラン ー ロックの精霊』(湯浅  学、岩波新書)を求め、ミロンガへ行って、なんとなく開いたら、252ページだった。そこに…… 〈他人に対して、勝手にレッテルを貼り分類し、その人物のありようを決めつける人間をボブはつねに嫌悪してきた。理解するための判定を自分の物差しだけでやって納得してしまう人物も同様に拒絶するよう努めてきた。〉 とあった。

米国音楽の偉大な伝統のなかに、新たな詩的表現を創造した、として、ボブ・ディランが、ノーベル文学賞に決まった。つぎの日。神田神保町の書店では、書泉グランデでも、三省堂でも、さっそく、コーナーができた。しかし、ボブ・ディランからは、なんの音沙汰もないという。それなのに、祝 ?    『ボブ・ディラン ー ロックの精霊』(湯浅  学、岩波新書)を求め、ミロンガへ行って、なんとなく開いたら、252ページだった。そこに……


〈他人に対して、勝手にレッテルを貼り分類し、その人物のありようを決めつける人間をボブはつねに嫌悪してきた理解するための判定を自分の物差しだけでやって納得してしまう人物も同様に拒絶するよう努めてきた。〉


とあった。