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流れる季節

『幸田文のマッチ箱』(村松友視著・河出文庫)

「幸田   文展」に行った。(世田谷文学館・12月8日まで)

婚礼衣裳がある。400字詰の原稿用紙に、エンピツで書かれた原稿がある。愛用の着物がある。父・露伴についての展示もある。ゆっくりと、行きつ戻りつした。帰りがけに、『幸田文のマッチ箱』(村松友視著・河出文庫)を買った。そのなかの「〈流れる〉季節」の章に、徳川夢声氏との対談があった。

夢声    芸者屋のまえにも、どっかへご奉公をなすったことがあるんですか。

幸田    それはね、たださがしてあるきました。自分のいどころを、どこかに求めたいと思って。書くことでないことで。それで、あっちこっちあるいたんです。犬屋さんだとか、パチンコ屋さんだとか  ………。

幸田文さんは、そんなふうに、作家までの長い時間を、語っている。人はみんな、いどころをさがしてあるく。それぞれに、流れる季節がある、と思った。

 


人気力士・遠藤くんのふるさと

九州場所がはじまった。話題の力士・遠藤聖大くんのふるさと、能登の穴水町に住む友人から、四枚の写真が届いた。以下、友人の解説で。
 
写真みると、空が暗く低いでしょう。でも、いま時分は東京と同じくらいの気候。そんなに違わない。1月か2月、雪が降って風が吹いてくると、さすがに寒い。だけど、以前より暖かくなり、雪の量は減った。山側の地域では昔は除雪した雪、道の左右3 メートルくらいの高さに積まれてましたよ。
このあたり、まあ、有名なのは能登の味覚の代表格・牡蠣を養殖する「牡蠣棚」かな。近くには観光用に日本最古の漁法と言われる「ボラ待ちやぐら」を再現したものが立っている。やぐらの上からボラの群れを見つけて、漁をする。写真で、上のほうに人がいるのは、模型ですよ。あの人のことを、ボランティアって呼んでいた、というのは …… ウソ。昔はボラを食べることが多かったのだろうけど、今ではボラの食べ方もわからない人のほうがほとんどだと思う。
遠藤のおじいさんとおばあさんの家では、主にこの辺で漁業、牡蠣貝の養殖、ゴリのつくだ煮やこのわたなども製造、販売している。ほら、海に面した家の写真、あの裏手のあたりが、彼の家。店舗と言うわけではないが、知っている人が買いに行けば、わけてくれる。
家の目の前が、中居湾。まったく波の立たない、まるで湖みたいな海。砂浜じゃないからか、泳いでいる人はみたことない。このあたり、そんなにとくに、身体の大きな人がいるわけではないよ。あの横綱・輪島の影響だったのか、昔、小学校の体育で相撲は必須だった。いまは、わからないけど。……でも、こうやってみてくると、なんか大物が生まれてくるような風土っていう気が、するだろ!
 

お引っ越し

市ヶ谷は、サクラの名所である。駅を降りると、すぐ目の前に 、サクラの通りが広がる。それをさらに靖国通りを行けば、サクラ。左手のお濠の両側にも、サクラ。一口坂を降りて、すぐ左に私たちの事務所がある。この『チルチンびと広場』制作のために事務所を開いたのは   2010年 10月のことだったから、三度の花見を愉しんだことになる。

私たちは、そこで考え、語り、悩み、笑った。そうして、『広場』を育ててきた。いろいろなことが、あった。スタッフみんなにも、いろいろなことが、あった。11月1日。この事務所から、移転することになった。むろん、『広場』を愛してくださる方たちとの、あたたかい、楽しいおつきあいは、これからも、ずっと続いていく。

荷物の片づいた部屋は、ただの白い箱だった。私は、部屋の入口から、中に向かって、黙って、小さく頭をさげた。

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株式会社 エムアイディーオーの新住所
〒155-0033
東京都世田谷区代田 3-26-11
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アウトサイダー

龍泉洞サイダー  日本名水百選   龍泉洞の水を使用

 

冷蔵庫の奥に、忘れていたサイダーを見つけた。「龍泉洞サイダー 日本名水百選 龍泉洞の水を使用」と書いてある。東北旅行のオミヤゲに 「広場」のスタッフ amedio がくれた。気のせいか、飲むと、水の味が濃いような気がした。(水っぽいというのとは違う)。「柚子乙女 金沢湯涌サイダー」を飲んだことがある。 飲むと、ほんのり柚子の香りがした。「塩サイダー」を飲んだことがある。これも、金沢のほうの製品だった。vigo のオミヤゲだった。塩味が、暑さに効いて、おいしかった。

以前は、サイダーといえば「三ツ矢サイダー」が、スタンダードだったが、近年、このテのものが増えたのだろうか。そんな話を、友人にした。「そういうカワリダネのサイダーを、なんと呼ぶか知ってますか?」「いや、知らない」「アウトサイダー」 「?」

 


広大なる地所

『チルチンびと』77号〈特集・庭仕事のある家〉

 

…… 私は庭の樹木の下枝はどんどん切ってしまう。従って、私の家の庭は、一見して、棒状のものが突っ立っているという趣を呈している。なぜそうするかというと、そうすれば何本もの樹木を植えられるということが第一の理由なのであるけれど、私の家の地所は、天空に向っては無限に私の地所だと思うからである。もしこれを月面にまで延長するとすれば、実に広大なる地所になるといわざるを得ない。……(男性自身シリーズ「山毛欅の木」山口瞳)

雑木林の庭が好きだった山口さんは、エッセイで、こう書いた。これを読んでしばらくの間、実際に、あるいは雑誌で、庭を見ると、それが天まで伸びているような気がして、困ったものだ。地所というコトバがあるなら、それは天所、空所、宙所とでもいうのだろうか。私の気分もまた、楽しく、のびのびとしてくるのだった。

 


『チルチンびと』77号〈特集・庭仕事のある家〉は、発売中です。

 


土と団子

どろ団子

 

8月24日(土 ) 。藤沢で開かれた「湘南村」 のワークショップ「光るどろ団子作り」に行った。予想を超える応募があって、会場内はいっぱいの人だったが、いざ始まると、親も子も、ひたすら黙黙と、団子をまるめ、磨く。自然素材を使うものづくりから、先人の知恵を伝えて行きたいというのが、イベントの趣旨である、という。いくつもの団子を眺めながら、私は、先週読んだ永六輔さんの話を、思い出した。

……  岡倉天心は、自分が死んでもお墓に何も立てるな。穴を掘って遺体を埋め、土を戻すと少し土が残るはずだから、それを丸めて土団子を作って乗せておいてくれと言い遺しました。2年か3年たって遺体が腐り、上に乗せておいた土団子分がポコンと落ちて平たくなる。そうやって大地に戻るのだ、と。それも素敵な遺言です。 ……   (『婦人公論』8月22日号特集  「理想の最期って何だろう? 」から )

やがて、秋。

 


アツサノナツハヨロヨロアルキ

賢治のパネル

 

「気温は35℃で、熱中症警報は出たし、夕方は雷雨だというし、今日は行くのはやめようよ」と友人から連絡があった。じゃ、一人で行ってくると、私は、返事をした。どこへ?  「没後80年   宮沢賢治    詩と絵の宇宙     雨ニモマケズの心  展」(~9月16日)である。

いゃあ、暑い。しかし、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ  、じゃありませんか。会場の世田谷文学館の入口で、賢治のパネルが迎えてくれる。説明によると、クラシックをこよなく愛した賢治が、尊敬するベートーヴェンのうつむきながら散歩する姿を真似て、写真を撮らせたという。黒のソフトに黒いコート姿の写真が、パネルのもとだ。「雨ニモマケズ手帳」も見た。黒い表紙の手帳に、エンピツで詩が書かれている。そのほか、いろいろな作品を見た。親子連れが多く、それがいかにも夏休みらしくいい感じだった。

帰り道。いゃあ、とんでもなく暑い。来なかった友人に、メールを送る。アツサノナツハヨロヨロアルキ。


桃かじり

福島の桃

子供のころ田舎で育ったせいか、いまだに果物をナイフで切って食べる食べ方になじめない。

田舎では果物はすべて丸かじり。

リンゴでも柿でも梨でもすべて丸かじり。

だいたい果物ナイフというものが家になかった。……( 東海林さだお 著  『おでんの丸かじり』 朝日新聞出版)

東海林さだおさんの “ 丸かじり シリーズ ” は、痛快、愉快、爽快、軽快である。いつ読んでも、楽しい。初めの文章に続き、〈 さあ、みんな、果物は丸かじりで食べよう。〉と、こんなふうに、アジテートするのである。味テート、かな。

桃 ……  。これはもう絶対丸かじり。とても丸かじりしづらいけど、最初の一口がたまりません。あー、たまりません。

ヤマニ建設から、たくさんの桃を送っていただいた。ありがとうございました。もちろん、丸かじりしましたよ。あー、たまりません。福島の桃は、とても、やさしく甘かった。

 


4人の作法

『チルチンびと』別冊43号「東海で建てる本物の木の家  '13」

4人の建築家が、東海で建てた木の家についての想いを書いた言葉がある。(『チルチンびと』別冊43号 )

…… どこの国の家も最も手近にある自然素材で建ててきている。手に入れやすく値段も適当だから自然そうなる。家もまた、自然の産物なのである。(吉田桂ニ)

…… 設計の進め方はどこへ行ってもおなじだ。まず、土地を読む。次にその土地の気候風土を読む。そしてさいごに土地柄と建主の人を読む。いわば、それらを総合したものが設計要素という次第だ。 (大野正博)

…… 瓦の産地である三州が近いことから周辺には瓦葺きの家が多く、この家もその地域性に合わせ瓦で屋根を葺くことにした。   (横内敏人)

…… 年はじめの私の設計手帳には「家は、社会とのつながりのなかで考え、人とのつながりのなかでつくる、という思いをもち、人と街と自然となかよくする家をつくっていきたい」と書いている。   (田中敏溥)

 

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『チルチンびと』別冊43号「東海で建てる本物の木の家  ’13」は、7月29日 発売です。

 


落合恵子さんとパンの耳

東中野

 

『東京新聞』夕刊に連載中の、落合恵子さんの「この道 ー  私を私にしたもの」を愛読している。その 23 回は「食パンの耳」というタイトルだった。7  歳のころ、母親とふたり、東中野のアパートで暮らしていた。アパートの二階の住人が、「集金」と称して、お金を集めておやつを買うことがある。その日、落合さんは、パンの耳のたくさん入った袋を抱えて買い物から帰る。

……  盛大に油のはねる音に続いて、お砂糖をまぶした食パンの耳が大きなお皿に盛られた。南天の実の模様がある大きな皿は、母が郷里から持ってきたものだったはずだ。
「さ、食べよ」
おねえさんたちの、赤く長い爪が次々に伸びて食パンの耳をつまんでいった。 ……

パンの耳、赤く塗った長い爪、と小道具が揃うと、なにかそこに、一つの雰囲気が浮かんでくる。……ところで、昔の落合さんは、原稿用紙のマス目いっぱいに、黒いインクで大きな字を書いた。そして、ひっきりなしに、タバコを吸った。いまはもう、タバコは吸わないし、原稿もパソコンですよ、と教えてくれたひとがいる。あの、黒インクとタバコは、若さだったのか。懐かしい。