2015年1月12 の記事一覧

奈良「古梅園」さんに行ってきました

先月、「和の手ざわり」の取材で奈良の 「古梅園」さんに伺った。こちらは、かの夏目漱石が「墨の香や奈良の都の古梅園」と詠んだことでも有名な、奈良の誇る墨づくり400年余という由緒ある老舗。近鉄奈良駅から徒歩10分ほど歩くとひっそりと静かな路地に、風格のある看板が見える。


店舗兼、事務所兼、作業場、窯、倉庫も兼ねる大きくて重厚なお屋敷は、そこだけちがう時代の空気を纏っているよう。やや緊張しながら戸を開けると、おなじみの長方形の墨の他に、細工が施してあるもの、色付けしてあるもの、丸いものや硯を模ったユニークなものなどさまざまな墨が並んでいる。師走はとくに製造、販売ともに繁忙期と伺って、かなりの慌ただしさを想像していたけれど、ほのかに墨の香りが漂い、喧騒を微塵も感じさせない静謐さに気持ちが鎮まる。さらに、広報ご担当の袋亜紀さんが、とても気さくに朗らかな雰囲気で対応してくださったので、すっかり緊張が解けてしまった。

店舗から奥の煤取蔵を案内していただく。荷車用のレールが、敷地の奥まで続き、歴史を感じさせる。

香ばしい胡麻油の香りがしてきた。古梅園さんでは、菜種油を主に、椿油、桐油など植物性の油を使って採煙をしているのだが、この日はちょうど珍しく胡麻油とのこと。煤取蔵では、土器に灯芯を挿して火を灯し、蓋に付いた煤を取って、これが墨の原料となる。

この灯芯の太さが墨の質を左右する。細いほど煤の粒子も細かくて品質の高いものになるそう。この灯芯をきっちりと作れるようになるだけでも、個人差はあるものの何年もかかる。また、火を灯して放っておけばいいのではなく、均等な質の煤をつくるために15分ごとに45度ずつ蓋を回しながら、まんべんなく煤を付着させていく。200もの器を、むらが出ないように回す。気の抜けない作業の繰り返しとなる。

蓋のうらにまんべんなくついた煤

こうして集められた煤を、江戸期から使われているレンガ造りの窯で煮溶かした膠と混ぜ墨玉をつくり、香料を混ぜる。


動物の骨や皮からつくられた膠を延々と煮るのだから、相当な匂いを放つのではないかと思ったら、これが驚くほど匂わない。

数代前のご店主が手に入れ保存してあるものを使っていて、ここまで良質のものはいまではつくられておらず、今後の課題とのこと。

こうしてできた墨玉を練り上げていく様子が、奥の作業場で硝子戸越しに見学できる。新しい職人さんがこの作業を初めてするときは、しばらくは腰が立たなくなるほど身体を酷使するものだという。寒さの中、黙々と墨玉を練り上げ、踏みしめる姿は静かで厳かで、写真一枚撮るのも申し訳なくなるほど。といいつつ撮らせて頂く。

練り上げられた墨は梨の木型に入れる。梨の木は非常に強くて、江戸時代からのものもまだ実際に使えるものが残っているそう。昔の人は情報もないのによくそんなことを知っているなと不思議に思った。

成型された墨は木灰をかぶせ乾燥させるのだけれど、これも昔から使われている木箱に入れ、水分を吸い取ったら、水分の少ない木灰の入った木箱に移し替える・・・という作業を繰り返し、これを大きさにもよるけれど一か月ほど繰り返すという。代々の墨の香りを吸った木灰でうっすら曇った作業場にいると、タイムスリップした気分になる。

灰乾燥が終わった段階で、約7割の水分が抜け、残りは藁で編んでつるして自然乾燥。こちらも木の倉庫で3カ月から半年ほど。



すべての工程が効率とは正反対の恐ろしく手間暇のかかる、けれどその手間が墨のよさを磨く重要な要素。そのことを実際すべての工程を自分の目で確かめ、また何度も何度も訪れる方に同じ説明をしているだろうにもかかわらず、しっかり熱のこもった袋さんの説明を聞いて、すっかり納得してしまった。

私がいま通っている書道の先生は、この工程や背景を知らなくとも「いろいろ試したけれど墨は古梅園さんのものがいい」とおっしゃるので、いわれるがままこちらの墨で稽古をしているけれど、この見学を経て改めてそのことがありがたく思えたし、ずっとこの技術と品質を絶やさないように使い続けようと心に決めた。

 

本年もよろしくおねがいいたします