映画

自分の時間

FINDING VIVIAN MAIER

ついつい時間があると仕事をしてしまう日々。今年からは思い切って週に1日は自分の時間に使うことに決めた。

そんなわけで、昼はせりそばを食べ、久しぶりに映画を観にいった。

FINDING VIVIAN MAIER
オークションハウスで購入したネガの価値を見出したジョン・マルーフがヴィヴィアン・マイヤーの謎を探るドキュメンタリー。

 


暮らしの記録を記憶する

日本各地の暮らしを見つめる冊子「ジャパングラフ」のコンセプトショップ「ナナクモ」さんで、「はりけん」による滋賀県朽木村針畑集落の記録映画「草鞋づくり」と「ベベ」を観た。

「はりけん」とは1974年から針畑集落の調査取材を行ってきた京都精華大学名誉教授の丸谷彰先生率いる「針畑生活資料研究会」のこと。丸谷先生は、はじめは村の人と道路で立ち話をしながら、だんだん農作業の所に入っていってそれを手伝ったりしながら、縁側でお茶を飲みながら、しまいには家の中に入って呑みながら・・・と数年がかりで話を聞いていく、フィールドワークとはそうしたものだと学生さんたちに言ってきたそうだ。ゆっくり時間をかけて話を聞いてきたからこそ撮れた貴重な記録映画だ。人々の暮らしを淡々と撮り続けていて音の状態もあまりよくなく、方言もわからないから会話の内容までは聞き取れないけれど、映像だからこそ伝わる臨場感。当時の人の顔つき体つき、作業の様子や身体の動かし方がよくわかり、小柄だけど力強くて柔軟で張りのある「働く身体」に見入ってしまう。

 

1本目の「草鞋づくり」。もんぺ姿のお母さんたちは、すごいスピードで藁を縒り、一方の足に出来上がった紐をひっかけてヨガのようなポーズをしながら、しなやかに全身を使って草鞋を編んでいく。家族それぞれのサイズを体が覚えていて、足にぴったりのものを作ることができる。雪用、山道用、男女用・・・用途によって形も様々、一日十数足くらい作るのだそうだ。大変に高度な職人技のように感じるけれど、皆自前で作っていた。道具は最後にチョンと鋏で切るとき以外はほとんど使わない。身体が草鞋を編む道具になっている。そのリズミカルで柔軟な動きは見ていて心地よく、目が釘付けになった。昔は履物と言ったらこれしかないわけだし、遠くへ物を売りにいくときなどは履きつぶす分も含めて準備する。

 

2本目の「ベベ」は、電灯が引かれる昭和24年ごろまで使われていたイヌガヤの実から採る燈火用の油のこと。これを自分たちで採集し、使う分以外は師走の寒い時期に朝3時に起きて街へ売りにいく。これは女性の仕事で、若いお母さんは赤ちゃんを籠に入れて置いていき、道中お乳が張ってくると獣が寄ってこないように川に流したりしながら、片道25キロの峠の山道を、重さなんと50キロ!もの荷物を背負って越えて行ったという。映像の中で当時を語るおばあさんたちは「自分の時間なんてなかった。『ベベなんてなけりゃいいのになぁ』と思った」と笑っていた。他にも山ほど仕事があるわけだし、なんて壮絶な労働環境なのだ。でも昔話をする顔は、穏やかで楽しそうだった。

 

上映会の終了後は、先生を囲んで話を聞きながら朽木の特産品をいただいた。なれ鮨やへしこは独特の風味で、好きかと言われると微妙だけれど日本酒によく合った。この塩気と発酵具合が重労働には必需品だったに違いない。急速に消えつつある集落の生活文化には、人と仕事と衣食住が繋がり、自然と共生して暮らす工夫が詰まっている。シンプルで無駄がなく、必要以上に周囲を傷つけず、小さくても豊かで美しい暮らしを支えてきた知恵だ。足るを知る心をなくし、働くために身体を動かさなくなったら、忘れ去るのはあっというま。今、この記録を私たちは覚えておかなくてはいけない。学ぶべきことはこの中にある。40年ものあいだ集落を見つめ続けてきた、丸谷先生のそんな切実な思いが伝わってきた。

 

※7月10日、11日に京都・堺町画廊さんで上映会があります。詳しくはこちらから

 

 

 

 

 

 

 


愛川欽也さんの快挙

先日亡くなった愛川欽也さんについて、こういう記事があった。

〈愛川欽也は生涯に八本の映画を撮った。監督を務めただけではない。製作も脚本も、音楽も、そして主演さえも一人で務めた。これは映画史では、チャプリン以来の快挙である。〉(『東京新聞』“大波小波”)

六作目の映画『荷風はこんな男じゃない』の撮影風景を見たことがある。荷風といえば、浅草、ストリップということで、それは、いまは使われていない映画館を、ストリップ劇場に仕立てて、行われた。私は、エンあって、そこに行った。愛川さんの独特の声は、撮影中も休憩中も、どこにいても、よく聞こえた。

追って「思い出展示会」がひらかれるということだが、それにさきがけて、台本と撮影風景(左下に、愛川さんが見える)を、ごらんいただきます。


ハチミツとミツバチのはなし

ご近所にできたばかりのAu Bon Miel(オボンミエル)さんは、薄い檸檬色から焦茶色までのグラデーションカラーで日本や西洋のハチミツがずらりと並ぶ、小さいながらも充実の蜂蜜専門店。どれも試食もさせてもらえて、とくにニホンミツバチが集めた、香り豊かで濃厚だけど後味スッキリの国産ハチミツは、身体が目覚めるような美味しさ。ご店主は、養蜂家でもありミツバチのこと、ハチミツのこと、聞くと詳しくもらえる。はやくもミツバチを愛する人々が集まる場所となっている。中京区役所の屋上庭園でニホンミツバチを飼っていることもここで教わり、区のホームページでタイミングよく採蜜見学会参加者を募集していたので、行ってきました。

 

緑豊かな印象の京都でも中京区は緑が少なく、町の緑化推進のためにも区役所の屋上庭園にニホンミツバチの巣箱を設置して、区民ボランティア「京・みつばちの会」を中心としたメンバーがさまざまな蜜源となる植物を育て、ミツバチを飼育しているという。

この会の呼び掛けで、周辺のお店や学校、なんと二条城でも養蜂が始まった。ミツバチは一度刺すと死ぬと言われていて、命がけなので、めったなことでは刺さない。なかでもニホンミツバチは性質が穏やからしい。だから個人宅でもスペースがあれば飼うことができるし、実際飼っている人が増えて、養蜂の輪は広がりつつあるとのこと。だけど黒いものや不審な動きをするものには警戒心を抱いて刺すこともある。顏周りに飛んで来ても、振り払ったりきょろきょろ動きを追ったりせずにそっと見守るべし。実際、ニホンミツバチは小さくてまるっこくて可愛らしく、ブンブン近くに寄ってきても怖くない。

重箱式と呼ばれる巣箱を引き出すと、金色の蜜が詰まった巣が現れた。採れたてのハチミツを巣ごと試食させてもらう。濃厚で、ほのかな酸味と豊かな甘みが広がる・・・やはり採れたてはとびきり美味しい。一匹のミツバチが一生かけて集めるハチミツは、小さなスプーン一杯分だそうだ。貴重なミツバチの命の源を横取りしていると思うと、申し訳ないが心してありがたくいただきました。最後に、蜜源となる植物の苗も参加者全員に配られた。ミツバチとの共生の小さな一歩が踏み出せそうで、とてもいいイベントだった。



少し前に、これもAu Bon Mielさんで教わった映画「みつばちの大地」 を観た。最新の技術を用いて、飛行の様子、巣箱の中、交尾や誕生の瞬間、病源に侵されていく姿までも、等身大で映し出す映像には驚きの連続!太古から受粉という仕事を通じて、地球上のあらゆる生物の命を繋いできたミツバチの「超個人」な生き様には、感動しかない。

映画では、経済最優先でもはや養蜂家というより殺蜂家と呼びたくなるような乱暴なやり方でハチミツの量産をしているアメリカの養蜂家、毛沢東の時代に穀物を食べる雀を大量殺戮した結果昆虫が増え、あげくに大量の殺虫剤をまいてミツバチが全滅したので人間が手で受粉をしている中国の農家、昔ながらの在来種を愛し共生していこうとするスイスの養蜂家、ミツバチの未来を守ろうと懸命な努力を重ねるオーストラリアの研究家たちといった、ミツバチをとりまく人間たちの様子も追っていて、監督はこの映画を撮るために地球を4周半したという。

奇跡みたいに美しい映像に説教臭さはまるでなく、ただただ初めて知ることの連続で目からウロコをボロボロ落とすばかりだったが、ミツバチの大量死のさまざまな要因には、どれも少なからず人間の営みが影響していると思い知らされた。観ているうちに気持ちがどんどんミツバチ寄りになっていき、人間の傲慢さや横暴さに痛いほど気づかされ、もっと謙虚になって出来ることを考えようと思わずにはいられなかった。



ある精肉店のはなし

元・立誠小学校特設シアター「ある精肉店のはなし」を観た。江戸時代から7代に渡って牛の飼育から、屠畜、解体して精肉するまでをすべて一家で、手作業で行ってきた大阪にある北出精肉店の人々の日常を追った、ドキュメンタリー。

映画は、体重5~600キロもあろうかという大きな牛を、牛舎から屠場に連れてきて、ハンマーで急所を打って倒し、そこから一気呵成に血を抜き、ぶらさげて解体し、内臓の汚物や血液を洗い流し、包丁一本で売り場に出せる大きさに切り分けるシーンからはじまる。鮮度が命の現場なので、この一連の作業は驚くべき速さで手際良く行われていく。剥がれた皮はなめしてだんじりでつかわれる太鼓になる。すべての工程は家族の手でなされ、その姿は観ているこちらが汗をかいてしまうほどにエネルギッシュで、相当高度な職人技を必要とするものであるとわかる。

こんなハードな仕事の合間に、入れ替わり立ち代わり皆が食卓に集い、年に一度のお祭りで地域の人たちと仮装をして踊り、おばあちゃんの頭を息子たちが洗って散髪し、近所の人や親戚が大勢来て焼き肉パーティや年末の宴会を行う賑やかでパワフルな一家とその周辺の風景が描かれる。全編を通じて少しずつ出てくる長男の新司さんと奥さんの静子さん、二男の昭さん、長女の澄子さん、おばあちゃん、新司さんの息子さん夫婦へのインタビューが映画の軸になり、脈々と続いてきた家業への誇り、家族や地域を大切にする思い、被差別部落についての問題、と家族にまつわるさまざまな出来事をまっすぐな言葉で語る。それぞれの明るく楽しいキャラクターのせいもあるけれど、「いま」をしっかりと生きている人たちだからこそ伝わってくるものがある。

新司さんは思春期に「ケモノの皮剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臓を裂く代價として、暖い人間の心臓を引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の惡夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあった」という水平社宣言の言葉に出会い、これは自分の家のことだと思いいたって解放運動に参加する。差別に反対する言葉によって差別を知ることになるジレンマも感じたけれど、正しく知ることなしには根本から差別を無くせないというのもまた事実だと思う。新司さんの言葉はいつも問題に真正面から取り組んできた人の哲学があり明確で、説得力に満ちていた。

2012年にこの屠場が閉鎖される直前に監督が一家と出会ったのも、何かの運命かもしれない。本当に貴重な、いま観ておくべきドキュメンタリーだと感じた。同じ食べるなら、こんな風に信頼のおける肉屋さんの出所のはっきりしたお肉が食べたいと思った。命をいただくありがたさが身に沁み、誇りをもって仕事する人々の輝きが心に残った。

 

今後の上映スケジュール、上映会はこちら→映画館 その他の会場

上映会向け貸出もされているようです→上映会を開催しませんか?

 

会場となった元立誠小学校は、明治2年に開校された日本最古の小学校の一つなのだそう。建物1階の廊下には、明治~廃校になるまでの卒業写真が展示され、時代の変遷を観ることができて面白い。この地は明治30年に日本で初めて映画が上映されたという由緒ある場所で、ここで観ると映画の余韻が一層深まる思いがします。


「WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~」を観ました

現在公開中の「WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~」を観てきました。林業のことなどなんにも知らなかった主人公が、強い意気込みや高い志などはまったくないまま、なんとなく林業の世界に入りこんで、山の仕事のしんどさや面白さを経験しながらその魅力にじわじわとはまり、成長していく1年間の物語。

エンターテイメント作品だからもちろんデフォルメされてる部分も多々あるけれど、かなりの大胆な祭りのシーンなども、CG一切なしという俳優さんたちの熱演っぷり、とくにヨキ役の伊藤英明さんの笑えるぐらいに野性味溢れる身のこなしが終始圧巻。実際に木を切り倒す場面や、服装・装備や道具、その使い方、斜面を滑り落ちたり木の上をよじ登るときの緊張感、木の上に腰かけて眺める山の壮大な風景は映像でこその迫力!木の香りをいっぱいに乗せた風がこちらまで漂ってくるような清涼感があった。

熱い季節に延々続く下刈り。高い木の上に縄一本で登ったり、険しい斜面で作業したり、巨木を倒したりと命がけの作業。先祖代々から受け継がれてきたものを後世にも残す責任。人間の生命より長いサイクルのものを育てる、果てしなく根気のいる仕事。向き不向きもあるだろうし、色々な覚悟も必要な仕事だというのもよくわかった。でも、最初から人並み外れた体力やすごい精神力や、高い能力を持ち合わせていなくても、勇気君みたいなふつうの、どちらかというとやる気のない若者でも、毎日山に入って全身を使って働き、携帯電話も通じない澄み切った空気を吸い、採れたての野菜を食べ、情の厚い人間関係に触れ、山の神様を大切にする日々の積み重ねで「なあなあ」に人間の本能的な部分が目覚め、育てられ、夢中になって、いつしか山の仕事と暮らしから離れがたくなる。一度は都会へ帰ったのに、木の匂いを嗅いでたまらなくなり、やっぱり神去村へ戻ってきて、車窓から嬉しそうに森を見上げるラストシーンはとても自然で素直な感情に思えて共感した。日本のあちこちで、こんな杣人予備軍たちがこれから増えてくるのかもしれない。

 

三浦しをんさんの原作『神去なあなあ日常』は、映画を観そびれたとしてもぜひ読んでほしい。主人公勇気の話し言葉にのせて、少しずつ周囲の人と信頼を築き上げていく日々のくらしの出来事や、里山の移ろいゆく四季の風景、山への信仰、祭りに込められた意味など深いところまでも、軽やかに語られていて、惹きこまれた。

 

 

森林のこと、もっと知りたい方、興味のある方、こちらのコラムもぜひ読んでみてください↓

 

□日本全体から、世界から、日本の森林を眺め、輸送距離や「第二の森林」などの研究を通して「木材製品や木造建築物をたくさんつくって、長く大切に使う!」という目標に取り組む滝口建築スタジオ代表 滝口泰弘さんのコラム「森林を守る」 http://www.chilchinbito-hiroba.jp/column/contents/forest/

□地域の森林所有者たちと共有林の再生保護活動を続け、かつての里山の豊かな暮らしや感覚を取り戻して新しい「森林化社会」を目指す、NPO法人「杣の杜学舎」代表 鈴木章さんのコラム「続・森林を守る」 http://www.chilchinbito-hiroba.jp/column/forest2/

□田島山業代表取締役、日田林業500年を考える会会長 田島信太郎さんが「山に木を植え、育てて、切って売る」林業の仕事を小学生にもわかるように教えてくれる好評連載中のコラム「森からの手紙」 http://www.chilchinbito-hiroba.jp/column/letter/

田島山業では子どもたちを対象とした森林環境教育、また学生、社会人の森林ボランティア受入れもされています。ちなみに神去村「中村林業」ほどハードじゃないそうです^^


 

 

 


「スケッチ・オブ・ミャーク」上映会@室生

10月、川口美術さんでの田中茂雄さんの個展に伺ってお話していたら、「7代先につなげたい、先人の心」や『チルチンびと』本誌にも寄稿くださっている近藤夏織子さんとご友人であるということが判明して驚いた。世間は狭い。いつかお会いしたかったので連絡してみると、この夏に加古川で観て感動した「スケッチ・オブ・ミャーク」上映会&大西功一監督のトークイベントを企画中とのこと。

そんなわけで、行ってきました奈良県宇陀市、深まりゆく秋の風景が美しい室生の里。迎えてくれた近藤さんは、パワフルで活動的でスピード感あふれる人・・・ではなく、癒しと野生、思慮深さと奔放さ、小柄な体におおらかでゆるーっとした雰囲気を併せ持つ、天然(いい意味で)な人だった。

 

今回の上映会場はfufufuという民家カフェ。広い畳の部屋に炬燵やソファやクッションが置いてあって、正面の緞帳の中にスクリーンがある。家の中に宴会場があるみたいで和む。すでに炬燵で温まっていた大西監督はとてもお洒落でパッと見、シティ派? にもみえるのだけれど、こうやって全国を車に機材積んでもう50か所以上もキャラバン中、なんと残り50か所ぐらい周る予定なのだそう(11月20日時点)。滋味深いお野菜たっぷりのおにぎりプレートと御味噌汁を炬燵でぬくぬくといただいていたら、だんだん人が集まってきた。音楽をしている人、お店をしている人、室生が好きになって移り住んできた人、その子どもたち、など年代もいろいろ。かなりアットホームなムードの中、映画が始まった。

 

「ミャーク」とは宮古島のこと。重い人頭税によって数百年も苦しめられてきた宮古の人々の唄は、そんな重さを払いのけるような、力強く元気で、懐が深く大きな音楽だ。はじめて聴くのに懐かしく、強く惹きつけられる。「なくなってしまうんじゃ、もうしょうがないね」とは片付けられない、残すべきものだと本能が嗅ぎ取ってしまうようなリズム。そしておばあや神司に選ばれた女性たちはみな笑顔がとてつもなく可愛くて、カメラが回っているとは思えないほど自然体。気さくに画面の向こうから話しかけてくる。ひとたび歌い出せば気高く、神秘的な雰囲気を身に纏う。人間の本来持っているピュアで大らかな美しさが、全身から溢れていて感動的だった。

 

神歌や古謡は口承なので、継承者がいなくなればなにも残らない。島の人間でもない自分が何かできると思うのはおこがましいけれど、この先、このままいけばどういう未来が待っているのかを考えると、映像作家としてこの現実を知りながら撮らずにはいられないし、現状こうなってしまったものはどうしようもないとしても、失われゆくものを取り戻そうとすることはできるのではないかと思った。と大西監督は語る。大和高原で古老の話の聞き取りをされている近藤さんとの共通点を感じた。

 

この映画は、謙虚でありつつも自分が撮らなきゃ誰が撮る! という映像作家としての気概と誇りを持った、そういう人が一人で4か月もの間、島の人たちの中に溶け込んで撮り続けることができた奇跡的な、とても貴重な記録だ。数年前、絶滅の危機に瀕している宮古の音楽を再発見した音楽家・久保田麻琴さんの存在も、その久保田氏と大西監督が古い知り合いだったことも、すべて運命的なものに感じてしまう。ぜひ観て欲しいです。言葉で伝えきれないのでこちらをどうぞ。

 

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子育てに地域活動に取材にと飛び回っている近藤さん、全国キャラバン中の大西監督、それぞれがお忙しさのまっただ中にもかかわらず、ゆっくりと静かな時間を共にしてお話できたことは本当に幸運でした。ありがとうございました。

 

 


南九州 in 京都 ――KARAIMOBOOKSさんで

 

先月、街巡りの途中でみつけたKARAIMOBOOKSさん。若いご夫婦と可愛らしいお嬢さん、家族3人のアットホームな雰囲気の店内に入ると、一番目立つところに水俣関連の本がずらり。他、九州関連本がずらり。石牟礼道子さんの本や原発、沖縄、ジェンダー論など社会派の本や雑誌、中南米関連の本も充実。いままで横目で通り過ぎていたところにまで視野が広がるような本棚だった。

店主の奥田順平さんに、自ら発行している「唐芋通信」をいただく。本で心の旅ができる、逃げたい、自由になりたいとき、本が希望になることを思い出させてくれる文章だった。凝ったデザインをせず、文字のみの“ザ・通信”らしさも潔い。「妻が書いたものの方がわかりやすいです」と、奥様の直美さんが西日本新聞に寄せたコラムもコピーしてくださった。なぜここ京都で、九州の人がサツマイモを呼ぶときの「カライモ」という名をあえて店につけたのか。また石牟礼道子さんや水俣との出会い、母としての思いなどが率直に綴られてほんとうにわかりやすかった。店の空気や文章から、誠実で、情熱があって、たくましくて優しい、そんなご夫婦の人柄が感じられた。

同じ週末、夫を連れてまた行った。ちょうどその時お店にいらしていたフォーラム福島の支配人、阿部泰宏さんを、奥田さんが紹介してくださった。ご家族が自主避難で京都住まいをされていて、数ヶ月に一度福島から会いに来るとき、よくここへ寄られる。福島の事故と水俣病を巡る問題には非常に似たものがあると感じて、ここで出会った本から先人に学んだり、奥田さんご家族と話をすることで救われる気持ちになったそうだ。「避難している身で遊びに出かけるのも気が引けるので、ここは貴重な娯楽の場所。気持ちが楽になる」と。

突然、外部から降りかかった災難から家族を守るため、大変な覚悟と決心で避難して、さらにそんな肩身の狭い思いをするなて。東京育ちの私は、その「外部」の一部には違いなく、思いがけず京都にやってきてのうのうと鴨川サイクリングを楽しんで、何を言っても説得力がない。と思ったけれど阿部さんは私のまとまりのない拙い意見もきちんと聞いてくださる。そして複雑な胸中を穏やかに、客観的に、率直にお話してくださった。毎朝目が覚めると明日はどうなるか不安に思う、その気持ちは皆同じはずなのに、強引な避難区域の線引きのために地元同士や家族内で、考え方の食い違いによる衝突や温度差が生まれる。闘う相手は身内じゃない。そういってとても心を痛めておられた。

『チルチンびと 77号』境野米子さんのコラムで、自主避難されている方を訪ねて京都に来られていたと知ったこと、震災前にお住まいを訪ねたことを話すと、「ここで境野さんの名前を聞けるとは!」と喜んでいただいた。なんと偶然、その後入ってこられたお客さんも福島の方で「やっぱりこの店にはなにかあるなぁ」と驚かれていた。私も、本屋さんでこんな出会いがあるとは思いもしなかったし、“カライモ”は私の両親の出身地、鹿児島の方言でもあり、不思議な縁を感じた。

 

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P.S. 境野米子さんのブログに、ちょうどフォーラム福島で11月2日(土)から上映される「飯舘村 放射能と帰村」(土井敏邦監督)の試写会のことが書かれていた。阿部さんも、これは原発事故を扱った中でも、心の底から秀逸と思える1本です、とメッセージをくださった。

 

・・・「何よりも心が汚染されてしまったことが一番、悔しい」というひと言。

この言葉が最後にずしりと重く訴えかけてきます。

高低浅深の差こそあれ、福島県民みんなが抱えている思いです。

もし、ご覧になる機会があったらぜひ観てください。

 

 


雨の中でもダンスを ― 映画『ベニシアさんと四季の庭』

 公開中(※全国順次公開)の『ベニシアさんと四季の庭』を観に行った。元々多くのファンを持つベニシアさん、地元が舞台というのもあってか、平日のお昼というのにかなりの人でした。

『チルチンびと』で連載中のコラム「京都大原の山里に暮らし始めて」で、ご主人の山岳写真家・梶山正さんが紹介してくださる豊かな庭と周辺の風景や、TV番組「猫のしっぽ カエルの手」でも拝見していたけれど、映画ではさらにベニシアさんの「心の庭」ともいえるような風景が映し出される。

貴族出身のベニシアさんが、その暮らしに満たされず心の声に従ってインドへ、そして日本へ。偶然か必然か辿り着いた京都に恋をした。やがて梶山さんと出会い、大原の家と出会って“一生モノ”の自分の居場所をみつける。けれど平穏な日々ばかりではなく・・・。

庭に四季があるのと同じように、人生にも優しい春の日もあれば、厳しい冬の嵐の日もある。どんな日でも、自然の流れに任せながらもただ流されるのではなく、本当に自分がいいな、こうしたいな、と思う場所へ真摯に向かう彼女の姿は、一生懸命で可愛くて、潔い。夫の梶山さんも、息子の悠仁君も、娘のジュリーさん、孫の浄君、友人たち、皆真っ直ぐでチャーミングな人ばかり。人は、出会うべき人や場所やできごとに出会うようになっているんだな、と思う。

川上ミネさんが奏でる美しい調べとともに、ベニシアさんの庭と心の四季が綴られていく。宝物のような言葉もたくさんちりばめられていて、秋にぴったりの、心豊かになる映画でした。

 

“生き方、暮し方は、ひとりひとりが創りだす芸術作品です。(中略)古いものは私たちの家に美を添え、やがて地球の土へと還っていきます。古いものを、かっこよく!” (映画より)

 

“人生は常に教訓を与えてくれます。日々の生活の中にこそ、答えがあるというのがポイントです。さあ、生きているという奇跡を楽しみましょう。人生とは、嵐が過ぎるのを待つのではなく、雨の中でもダンスをすることなのだと忘れずに。” (映画パンフレットより)

 


映画『ヒッチコック』×『サイコ』

自身の映画にカメオ出演することが有名だった、ヒッチコック。彼は生涯一度もアカデミー賞監督賞を手にすることはなかったとは驚いた。彼の全作品をサポートした妻のアルマ・レヴェル、彼らを取り巻く人々や、サスペンス映画の金字塔『サイコ』(1960)の舞台裏を描いている映画『ヒッチコック』

アルフレッド・ヒッチコック はアンソニー・ホプキンス、妻のアルマ・レヴィル はヘレン・ミレン、ジャネット・リーはスカーレット・ヨハンソンが演じている。このキャスティング、衣装デザイナーのジュリー・ワイスのこだわり、時代考証など、見ごたえのある映画で、もう一度ヒッチコックの『サイコ』(1960)も、ガス・ヴァン・サントのリメイク版『サイコ』(1980)を見てみたくなった。