寒さいろいろ

『チルチンびと』78号「拠り所としての、火」(設計・益子義弘 、写真・輿水進)

『チルチンびと』78号「拠り所としての、火」(設計・益子義弘 、写真・輿水進)

 
 
山口瞳さんに「寒さかな」 というエッセイがある。こういう話だ。

昔、山口さんが大家族で麻布で暮していたころ、部屋の中央にルンペン・ストーブというのがあった。そこで、石炭でも材木でも紙でもジャンジャン燃やす。部屋の隅の寒暖計は34度になっている。暑いので裸でビールを飲む。それは、はなはだ刹那的で、そのときだけは愉快だった、という。…… そして、こう書く。

寒さという言葉には、肌身に感ずる寒さのほかに、こころの寒さがあるからである。フトコロが淋しいという寒さがある。さむざむとしたというのは、風景であり、人の情であり、時の移り変りにも通じてしまう。…… そして、こう書く。

私が部屋のなかを暑くしようとするのは、こういう寒さから逃げようとしているためではないかと思われることがある。そうして、十二、三年前に、崩潰寸前の麻布の家でストーブをがんがん燃やしたのは、その最たるものではなかったかという気がしてくる。

ストーブの炎を見ると、いつも、このエッセイを思いだし、少し苦いようなすっぱいような懐かしいような気分に浸るのである
 

 
『チルチンびと』78 号  〈特集〉火のある暮らしの豊かさは、12月11日発売。定価 980 円です。