上を向いて歩こう

浅草の喫茶店にいたら、永六輔さんが入ってきた。あ、どうも。これから、天ぷらでも食べるつもりだ、と言うと、「それなら、アソコがいい」と言う。「アソコ?」「アソコ、アソコ」。とうとう店の名前が出てこないまま、笑って別れた。その翌日。一通のハガキが届いた。永さんからだ。その文面。「思い出しました。中清です」。中清は、老舗の天ぷら屋である。永さんのハガキは、いつもこんなふうに、素早く、短く、やさしかった。—- あれからもう、何年もたった。

 

『上を向いて歩こう展』(世田谷文学館・6月30日まで)へ行った。ウォウウォウウォウという坂本九の歌声が流れる。大震災のあと、たくさんの人に歌われたのは、なぜだったろう。レコードのジャケ ット、テレビ番組の台本、写真、楽譜、関連する何冊かの本。見ていると、思い出すことばかり多く、鼻の奥が、ツンときな臭くなってくる。

 

私も、涙がこぼれないように、上を向いて歩いた。