フィールドワーク

 この手帳のことは、堀江敏幸氏のエッセイ『正弦曲線』(女性誌連載のときから愛読していました)で、知った。堀江さんは、使いごこちのいいメモ帳を探していた。そんなとき、住宅街で測量をしているおじさんが、書き込んでいる手帳を見て、思い切って声をかける。 

 — 会社の事務所でまとめて仕入れてるもんだから、自分で買ったことはないけどねえ、とおじさんは言い、やちょう、って言うんだよ、ふつうは、と説明を加えた。野っぱらの野に、帳面の帳で、野帳。はあ野帳ですか、と私はその言葉の響きにうっとりしてしまった。(『正弦曲線』から)

 出版社に書店営業という仕事がある。書店をまわっては、自社の出版物の売れ行きに気を配り、注文をとり、新しい企画のPRをし、他社の情報を聞き — とまあ、出版社と書店の接点を調査に行くのである。

 ある社の営業担当のS君に、この野帳、つまりフィールドノートを、使いやすいよと、進呈した。「営業の仕事を、フィールドワークにたとえられたのは、初めてですよ。でも、わるくないなあ」と、彼は、笑った。

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