黒の訪問者

 2ヵ月ほど前から、4階にある私の家のベランダに、アイツは訪ねてくるようになった。アイツは、豊満な体つきで、黒い服に身を固めた中年女、という風情だった。なんとなくユカイでなく、追い払うと、さも面倒くさそうに帰っていく。

 『カラスはどれほど賢いか』(唐沢孝一著・中公新書)によると、カラスくらい好奇心旺盛、大胆、細心、そして、積極的に生きる鳥はいないという。私は、この本の著者である都市鳥の研究者・唐沢さんにインタビューしたことがある。

 いまでも、記憶しているのは、カラス撃退法には、一升ビンをサカサマに立てると、ある程度の効果があるという話だ。ビンを普通に立てて並べても、ダメなのだ。カラスは理解不能、意味不明の物体を必要以上に警戒する、というのである。で、そんな話をブログに載せるために、アイツを撮影しようとしたら、逃げて、写真はボケた。そして、それっきり現れなくなった。

 気になって、清掃の係りの人に尋ねたら、「ああ、足をひきずってヨタヨタしたヤツを見たなあ」といった。

 こういう一生が、都会のカラスの宿命なのだろうか。私は、アイツを好きにはなれなかったが、せめてこんなボケた後姿でなく、カッコイイ1枚を撮ってやりたかった、という思いはある。

カラス