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人の集まる家のメニュー

変奇館

 

『チルチンびと』 88号の「人の集まる家にしたかった」という特集タイトルを見て、かつての山口瞳家(つまり、変奇館です)の元日の賑わいを思い出した。この新年会は、競馬の騎手、棋士、漫画家、芸能関係者、編集者などマスコミ関係者 …… と、100人近い人が訪れた。山口瞳さんは、エッセイ「暮、正月」で、接客の心得を書いている。これは、人を招くときに役に立つのではないか。

〈……そこで、私は、客室の壁にメニューを書きだしておく。これは具合がいい。大勢の客のあるときは、こちらで気を使うよりも、私も女房も使用人だと思ってもらって、どんどん命令したり注文したりされたほうが動きやすいものである。……〉

例えばある正月。貼り出されたメニューは、山口さんの筆で、こう書いてあった。
生がきのカクテル フランス風 / カレーライス / かにの味噌汁 / ニシン漬  北海風 / 花咲がに / シュウマイ / チャアシユウ / まぐろ / たこ / かずのこ / 珈琲 コーヒー / アイスクリーム / 葛きり / 雑煮 / シチュー / 右ご遠慮なくお申しつけ下さい。

元日にいただくカレーライスは、とてもおいしかった。


…………
『チルチンびと』 88号 「特集・人の集まる家にしたかった」は、6月11日発売です。お楽しみに。また  “ 広場 ”連載中の「変奇館その後 (山口正介)」は、コチラからごらんになれます。

 


サヨナラ若冲展

若冲展

若冲展

 

上野駅の公園口を出て、都美術館へ向かって行くと、前を歩く夫婦の会話が聞こえた。「沖じゃなくてニスイなのね」。冲の字の話らしい。盛り上がっている。タイヘンな予感がする。赤いプラカードが見えた。「現在入室まで 160分待ちです」。そのまた先に、人の列というより、人の束が見える。その束は、淀んで動く気配がない。そこにもう一つのプラカードがあり「入場待ち最後尾」の文字。アキラメタ。結局、知り合いで、「若冲展」を見た人は1人だけ。「初日は夜8時まで開館だと調べて、6時半に行ったら並ばずに入れました」と作戦勝ちを語る。


「千載具眼の徒を竢つ」と、若冲は言ったという。自分の画を理解する人が現れるのを1000年でも待つ、という意味だという。160分待ちなんか、なんだ。と言われるかもしれないが、情けなくも精養軒で食事をし、帰宅。手許に入場券だけが残った、というお話。

 


永六輔さんのおみやげ

永六輔さんのおみやげ

 

永六輔さんが、体調の不良で、すべての番組から姿を消すというニュースがあり、驚いた。何年も前、知り合ったころの永さんは、いつも元気だった。私の勤め先にひょっこり現れた。たいていいつも、竹で編んだ買い物かごをさげて、それもたいていいつも、旅の帰りだった。かごの中から、おみやげをとりだしてくれた。

写真の、顔をかかえこんでいる木彫りの男性も、おみやげの一つで「これは、恥ずかしがって顔を上げられないんです」という説明だった。永さんの一家は、含羞の一家だと言っていた。自宅への道を歩いていて、向こうから父親がくると、どちらからともなく、横道に入ってしまう、と言っていた。「なぜ?  お互い恥ずかしいから」 そして、他人の恥ずかしい行為についても、恥ずかしそうに語るのだった。この木彫りの男を見ると、いつも、そのことを思い出す。永さん、元気になってください。

 


『 a day in the life 』

井の頭公園

 

『 a day in the life 』は、安西水丸さんが、14年間にわたり『チルチンびと』に連載していたエッセイだ。それが、一冊にまとまることになって、校正刷を読んだ。(5月末発売予定。お楽しみに)

〈結婚したばかりですぐに家を購入したりしたのも、自分の自由にできる家が欲しかったからだ。その家は井の頭公園の近くにあり、公園の散歩が楽しめたし、また玉川上水なども歩いて5分ほどだった。都会でありながら四季の移ろいは充分に感じることができた。井の頭という土地は電車に乗れば渋谷も近いし、吉祥寺へも歩いていくことができる。もしかしたら東京で一番住みやすい土地かもしれない。〉

読んでいるうちに、井の頭公園に行ってみようと思った。池のまわりの樹々は、緑の重さに耐えかねているように見えた。池に浮かんだスワンボートを漕ぐ、きしむ音だけが聞こえた。

 


熊本大震災、そして

『地震雑感 / 津波と人間』中公文庫

 

「私の実家は、益城町まで5キロほど。初めの地震では、食器や本が崩れた程度でしたが、16日未明の地震で家族は駐車場に避難。最終的には、近くの保育園で過ごしたようです。いまも、そこには70人ほどが、避難している模様。連絡したり、ニュースを見たりしていたら寝付かれませんでした。阿蘇大橋のなくなったのが衝撃的。いつも、ふるさと熊本に帰ってきたなあと思うのは、樹々の緑の深さでしたが、それも、どうなりましたか」と、熊本出身『チルチンびと』編集部 Y の話。


……
その日、本を読んだ。
地震の研究に関係している人間の眼から見ると、日本の国土全体が一つの吊橋の上にかかっているようなもので、しかも、その吊橋の鋼索が明日にも断れるかもしれないというかなりな可能性を前に控えているような気がしない訳には行かない。…… と、寺田寅彦は、書いている。(『地震雑感 / 津波と人間』中公文庫)
……


緊急 ! 熊本震災支援要請 ― 会員各位  熊本震災支援をお願いします。現地では特に水が不足 ―  『「チルチンびと地域主義工務店」の会』は動いた。メールのやりとりは、つづく。
―  熊本県・金子典生工房さんより。古い住宅倒壊多い。インフラ復旧のメド立っていない。コンビニ物流再開している。水は欲しい、とのことでした。 ― 

 


ある春の夜

松本直子さん

 

4月13日。『「チルチンびと」地域主義工務店の会』の新年度総会が、ひらかれた。この日、セミナーの講師は、小林澄夫、東賢一、萬羽郁子、松本直子のみなさん。たとえば、松本さんのこんな話が、聞こえてきたり……。(写真)
「最近は、建主さんもプランを読みとる力のついている方が、多いなあと思います。建主さんとしては、気持ちよく暮らせるのは、当たり前。その上で、楽しい豊かな暮らしができるか、という仕掛けを、どう仕込めるか。それは、建主さんが答えをもっているのではなく、われわれが、建主さんのライフスタイルを聞いたり、敷地を見たりしていく中で、ポット出てきたようなことを、それも見て見てという、いかにもでなく、どうさりげなく仕込むか、どう取り込んでいけるか、試されているのではないかと思うことが多いですね。……」
 終って、いつものように懇親会が、賑やかに続いた。

春の夜たちまちふけてしまひけり    久保田万太郎

 


リリヤンは、お好き?

「ルーペのお針子展」

 

女性の方なら、年齢を問わず、リリヤンを楽しんだことが、おありでしょう。いま、アンティークショップ Loupe で開かれている「ルーペのお針子展」(4月13日〜4月24日)に、リリヤンを編む道具が展示販売されている。Loupe の出下厚子さんの話。


「今回は、1960年当時の東ドイツのものが、メインです。つくる職人さんによって、編む道具の顔のカンジもいろいろ。パッと見、こけしみたいですよね。私も久しぶりに手にしてみました。昔は、紐を編んだだけでしたが、トシを取った分、素材を変えてみたりして、いろいろ工夫を楽しんでいます。こういう単純作業 ー  何も考えずにひたすら手を動かす、ということがなくなってきた現在、この単純さが懐かしいし、また、ここから、何かを創造できればと思いますね」


……


会場の Loupe  の場所、またお店にまつわるよもやま話は、ココからごらんいただけます。

 


本屋さんの閉店

 ブックセラーズ西荻店

えっ。
店の入口に、小さな貼り紙があった。

平素よりご利用頂き誠にありがとうございます。
勝手ながら平成28年4月3日(日)をもちまして当店は閉店させていただきます。お客さまには長らくお引き立ていただき心から感謝申し上げますとともに、閉店に伴いなにかとご迷惑・ご不便おかけ致しますことを謹んでお詫び申し上げます。永年のご愛顧ありがとうございました。
     ブックセラーズ西荻店店長

つぎつぎに、書店が姿を消していくことは、知っている。1999年に22296  あった店が、2015年には 13488 になったことも、知っている。でも、この西荻窪で …… だって、昨年暮れに 一軒  北口の颯爽堂が、閉店したばかりだ。駅周辺に残るは、今野書店のみ。(がんばってください) 店内を覗くと、本の入ってない書棚が、所在なげに立っている。店に入って、左手が雑誌、右奥にコドモの本。正面が文庫だったかな。以前よくここにうかがい、ポスターを貼ってもらったりしたことも思い出す。……  お疲れさまでした。ありがとうございました。

 


あんぱんの日

あんぱん

 

4月4日が、「あんぱんの日」なんて、ご存じでしたか。NHKのニュースでも、取り上げていた。あんぱんは、1872年に、木村安兵衛さんがつくり、大好評。ついには、明治天皇に献上。その献上の日が、4月4日だった、というのである。『パンの百科』(締木信太郎著・中公文庫)には、こう書かれていた。

〈当時は「茶の子」といって大福餅や粟餅、酒まんじゅうなどが軽い食事として好まれていた。いずれも中に餡を包んだものである。安兵衛はこうした餅かわと饅頭のかわとをパンのかわにかえてアンパンをつくることを考えた。〉
〈笑凹(えくぼ)をあらわすためにまんなかを小さくくぼませて焼いたのを人々はへそのくぼみに似ているとばかり、「へそパン」の愛称をさえ与えた。のちにはそこに八重桜の花の塩漬を加えて食味を一新した。〉

店であんぱんを買い、今日はよく売れたでしょう、と言うと店員は、笑っていた。あ、いつもですよね、と慌てて、付け加えたのである。

 


セツ先生の山芋

竹脇麻衣さん

「私のセツ物語」は、4回目。竹脇麻衣さんの登場です。イラストレーターとして、また、ぬり絵の本でも、おなじみでしょう。今回、送られてきた原稿を読んでいて、オヤ、竹脇さん、誤植じゃないですか、と思いました。ここの行です。

「お前、やせっぽちだから、これ食べなー」と、新聞紙にくるんだ大きな山芋を突然くださったり ……。

すぐに、メールしました。「山芋」ではなくて、「焼芋」の間違いでしょう?
その返事は、こうでした。「山芋なんです。先生の郷里の会津から送られてきたものだったと、思います。掌の大きさで、かなりビックリしました。母に、山芋ハンバーグ(すり下ろして焼いたもの)をつくってもらって、おいしくいただきました」
そうですか。山芋でしたか。

……
「私のセツ物語」は、コチラからごらんいただけます。