morimori

サンキュー・ヴェリ・マッチ

マッチ

 

『チルチンびと』冬号は「特集・灯をともし、薪を焚く暮らし」である。その企画の一つに「マッチ」にまつわるテーマがあり、村松友視さんのコメントが入る。取材に行く編集部のUさんに、ついて行った。

「かつて、マッチ・ポンプというコトバがあったよね」と、村松氏は言った。「自作自演みたいなことだったね。それから、マッチ一本火事のもと、と言って、冬の夜、町内を拍子木を叩きながら巡回していたよね。マッチのカゲが薄くなってしまって、ああいうセリフは、どうなってしまうんだろう」。そのほか、いろいろな話をした。「燐寸という漢字は、いいね」「マッチの火って、他の火にくらべると、カジュアルなカンジがするんだよね」「そういやあ、伊丹十三さんは、ベンラインのマッチが、世界一だと言ってたね」そして、当然、幸田文さんのマッチ(写真参照)の話も。

つぎからつぎへ、自在に言葉をくりだした。話は尽きず、サンキュー・ヴェリ・マッチだった。話の終わり頃、彼は言った。「しかし、昔は、いつもこんな話ばかりしていたよね」そうだった。暇があれば、コーヒーを飲んで、言葉のキャッチボールを繰り返し 、飽きるということがなかった。あれは、贅沢な時間だったと、つくづく懐かしい。


………
『チルチンびと』冬号は、12月10日(土)発売です。お楽しみに。

 


穂積和夫さんの「セツ物語」

穂積和夫さん

イラストレーターの穂積和夫さんに、お目にかかった。「私のセツ物語」の打ち合わせ。下馬一丁目のカフェ。約束の時間ぴったりに、穂積さんは、店の入り口に立って、ちょっと中をうかがうような仕草をした。セツ一回生であるこの方に、ご登場いただかなければと、企画がスタートしたときから思っていた。

最初、学校はどこに ?「高円寺でしたね。サロン・ド・シャポーの教室を借りて、毎週土曜日に」。それから、高樹町へ。それから四谷に。いまの建物、いいですねえ。「ええ。ぼくは、建築を勉強したのでわかるんですけど、長沢セツさんという人は、建築の素養がありましたね。あの建物の中の空間の使い方など、いいですね」
イラストレーターという肩書きは、いつから?「昭和30年代の終わり頃でしたか。日宣美のあたりから、でてきたんですよ。あ、これはいいと思って、使いました。それまでは、挿絵画家とかでしたねえ」
眠れぬ夜は、読書。「今日も朝まで読んでいた。その範囲は、現代から、明治、大正まで。國木田独歩の『武蔵野』なんかも読んでます。武蔵野といったって、この辺りなんですねえ」

ちかごろ、人がたくさん集まるところは苦手になった、とおっしゃる。じゃあ、二人ならいいでしょう、また、お話を聞かせてください、とお願いして失礼した。


(穂積和夫さんの「私のセツ物語」は、コチラから、ごらんいただけます)

 


久米宏さんと小林澄夫さん


IMG_5529

 

「久米宏   ラジオなんですけど」という番組がある。東京だと、TBSラジオ、土曜日午後1時から。その番組が、このほど開始10周年を迎えた。記念の日の放送の初めに、10年を回顧して久米さんは、こう言った。いろいろな方をゲストにお迎えしたけれど、いちばん印象に残っているのは、小林澄夫さんですね。そして、小林さんの髪型にふれ、後頭部のほうが立っていたなあ、あの方、どうしていらっしゃるかなあ、と言ったのである。ビックリした。どちらかと言えば、ゲストの中でも、地味なほうだ。

その日の放送は、よく覚えている。始まると、まず小林さんの服装や髪型が話題になり、「最後に床屋に行ったのは、いつですか」と訊いた。小林さんは「最後に行ったのは、学生時代です。いまは伸びると、束ねて自分で切っています」と答えた。ゲストの人は、お気に入りの容器を持参することになっていたが、小林さんの持ってきたのは、ピースの缶だった。

久米さん。小林さんは、お元気ですよ。いまも『左官読本』(風土社刊)の責任編集者です。お知らせまで。


神保町古本まつり

神保町で 「神田古本まつり」が、開かれている(11月6日まで)。例年のように、並んでいる本をのぞき込む人は多いが、毎日雨模様でお気の毒だ。今日も、降ってきた。あわてて、本の上にビニールを広げる店員さんたち。一軒の店で『神保町が好きだ』という雑誌をもらった。食事をしながら読むのに、ちょうどいい。「作家・逢坂剛さんに聞く    神保町のグルメあれこれ」というインタビューが載っている。読み始めたら、こんな箇所が ……。

逢坂     「食事をしながら本を読むこと厳禁」て張り紙がしてある店もありましたね。
―    ええーっ、それこそ神保町文化に合わない。
逢坂      それを集英社の人から聞いて、そんな店には絶対行かないって、一度も行きませんでした。 ……

まさか、この店がと、ギョッとする。

神保町古本まつり


栗蒸し羊羹の季節

栗蒸し羊羹

 

日本橋・長門で。栗蒸し羊羹。

「うちのは、新栗ですから」と、お店のひとが言った。「十一月まで、やっています」
栗の、少し固い歯ごたえが、快い。お菓子に、秋。

神妙に栗をむくなり剥きにくき    という久保田万太郎の句を思い出した。

 


ノーベル文学賞 ?

ボブ・ディラン

米国音楽の偉大な伝統のなかに、新たな詩的表現を創造した、として、ボブ・ディランが、ノーベル文学賞に決まった。つぎの日。神田神保町の書店では、書泉グランデでも、三省堂でも、さっそく、コーナーができた。しかし、ボブ・ディランからは、なんの音沙汰もないという。それなのに、祝 ?    『ボブ・ディラン ー ロックの精霊』(湯浅  学、岩波新書)を求め、ミロンガへ行って、なんとなく開いたら、252ページだった。そこに…… 〈他人に対して、勝手にレッテルを貼り分類し、その人物のありようを決めつける人間をボブはつねに嫌悪してきた。理解するための判定を自分の物差しだけでやって納得してしまう人物も同様に拒絶するよう努めてきた。〉 とあった。

米国音楽の偉大な伝統のなかに、新たな詩的表現を創造した、として、ボブ・ディランが、ノーベル文学賞に決まった。つぎの日。神田神保町の書店では、書泉グランデでも、三省堂でも、さっそく、コーナーができた。しかし、ボブ・ディランからは、なんの音沙汰もないという。それなのに、祝 ?    『ボブ・ディラン ー ロックの精霊』(湯浅  学、岩波新書)を求め、ミロンガへ行って、なんとなく開いたら、252ページだった。そこに……


〈他人に対して、勝手にレッテルを貼り分類し、その人物のありようを決めつける人間をボブはつねに嫌悪してきた理解するための判定を自分の物差しだけでやって納得してしまう人物も同様に拒絶するよう努めてきた。〉


とあった。

 


ダリ好き ?

IMG_5433

雨が降っていて、平日の午前。六本木・国立新美術館の「ダリ展」( – 12月12日まで)へ。空いているかと思ったら、トンデモナイのであった。


「日本人がダリ好きな理由とは? 」(『美術手帖 』10月号)で、横尾忠則氏が、こう、語っている。〈 ……  日本人は、そのかゆいところに手が届く、懇切丁寧な部分が気に入ったんでしょうね。日本の社会そのものがサービス過剰で、なんでも説明したがるから。僕はそこが不満なんだけど。 …… 〉


全部を熱心に見て、具合の悪くなった人がいるから、気をつけたほうがいい、と言われて行ったが、そんなこともなく、無事、「クアトロえびチーズ」というお菓子をオミヤゲに買って (1,200 円 )帰ってきた。

 


一面のデッサン

「デッサン行進」展

吉祥寺の東急百貨店の裏の通りを行って、少し路地に入ると、カフェ・キチムだ。階段を危なっかしく降りると、「デッサン行進」展(10月23日まで)の会場だ。

この展覧会のネライを、参加者の一人、星信郎センセイにうかがったことがある。
「デッサン行進の深い意味はないのですが、毎回やってるデッサン会を、公開する気分でしょうか?  デッサンだけの展覧会では面白くないと思って、  会場でモデルを描いたら、その場で順不同に、どんどん横に一列に貼って進む遊びです。もし好きなデッサンがあったら売り買いもしようというわけ、そんなこと何処もやってないので面白いかなと思いました。しかし、このたびのキチムでは、スペース上無理なので、単にデッサンを貼るだけになってます」

コーヒーを飲みながら、誰と話をするわけでもなく、壁一面のデッサンをただ眺めるのは、ちょっとゼイタクな気分になる。

(キチムのデッサン会には、コチラから、どうぞ)

 


秋色の氷あずき

秋色の氷あずき

暑いのなんの。
新聞を開くと「37年ぶり  都心 32℃ 」の見出し。
どうしたって 、かき氷。かの有名な、西荻窪「甘いっ子」へ。夏には、炎天下、店の外に行列ができる。しかし、もう10月5日。あるかな。店に入って「氷、ありますか?」と訊くと、ご主人は、こともなげに「ハイ」。
氷あずき680円。気がつけば、まわりでも、シャリシャリシャリシャリ。みなさまに、涼しさの、おすそ分け。どうぞ。

 


木の家がいい !

木の家がいい !

 

秋ぜみの耳をはなれず鳴きにけり    久保田万太郎

ここは、集合住宅の4階だが、そこの白い壁に、蝉が止まって鳴き続けている。これでは、壁にしみ入る蝉の声で、蝉も、やっぱり、木の家がいい、と思っているのではないか。

『村上ラジオ 3 』(村上春樹・新潮文庫)というほのぼのエッセイ集のなかに「岩にしみ入る」という章がある。そこに、アリの暮らしがいいか、蝉の暮らしがいいかと急に尋ねられても、選択に困りますよね。としながら〈とはいえ根が無口なので、一夏木の枝にしがみついて「みいみい」と賑やかに騒いでいるのも、性格的に向かないだろう。網を持った子供にぴゅっとおしっこをかけて逃げるのは楽しそうだけど。〉という文章がある。

友人に「蝉の鳴き方も、いろいろですが、あれでも習っているんですよ」といわれたことがある。「それ、セミナーっていうんです」!?