長かった夏も去り、日に日に昼が短くなってまいります。秋、夜長といえばお月様。とりわけ中秋の名月には、いまなお多くの人の心をとらえる引力があるようです。
その中秋の晩、一夜限りの籠の展示を行いました。私の地元、世田谷のとある美容室で店仕舞い後の店内に、竹のあかりを小さく灯し、名月と残花を愛でようという趣向。しかし、その日は台風との予報・・・うらめしい天候の巡りではありますが、なすべきことは準備して夜を待ちます。時間が経つにつれ空模様はあやしく風も強くなり、狙いすましたように台風の直撃! 天候ばかりはいかんともし難く、屋内で月をご覧いただくことになりました。
日は短く、花は少なくなってゆく季節ですが、いっそ照明をぎりぎりまで暗くして、小さな光と闇の間に夜を過ごすのも、秋らしくてよいものです。
竹籠の編み目は、面でありつつも線であり、灯りにすると編み目から細かな光がこぼれ、障子とはまた違った味わいがあります。使い込むことで竹の色が変化し、光もまた変わるのは、自然素材の竹ならでは。また、籠の花入も、現在の茶の湯では炉の時季になるとあまり使われませんが、利休さんの時代には季節を問わず年中使われていたようです。竹の籠は、暑い季節は涼やかに、寒い季節は枯れた風情を感じさせ、花を替えることでそれぞれの季節の表情に変じます。利休さんは竹のよさを熟知して茶杓や花入、茶室にと、竹を愛し引き立ててくださったように思います。そして、利休作の二重切花入(ニジュウギリハナイレ)の銘は「よなが」といいます。
竹のあかりと秋の篭
編み目の翳と光の粒
光と翳、鏡の内と外
さて、今夜は一人で過ごすことになるかもしれないと、内心覚悟を決めておりましたが、一人、また一人と、嵐の中少なからぬ方々にご来場いただきました。一方、姿を隠した月はといえば・・・
ご来場いただいた皆様とも、お越しいただけなかった方々とも、それぞれの場所でこの名月を分かち合い、月の輪の下、人の輪が繋がっていることを、つよく感じた中秋の夜でした。