第四十二回 タケとササはどうちがうの?

 

 

日本の竹には大きく分けてふたつのグループがあります。タケとササ、どちらの言葉も多くの方がご存知で、その姿も大まかにイメージできるのではないでしょうか。とはいえ、細かな違いは分からないままとくに疑問も興味も持たず片づけているかもしれません。学問上の厳密な区別や同定は私にもできませんが、簡単な違いについて考えてみましょう。

もっとも大雑把なくくりは、タケのほうが大きな種が多く、ササのほうが小さな種が多いこと(当たり前すぎてがっかりされるでしょうか)です。タケという語は、高い、猛々しいなど大きく立派な様を意味する言葉に音が通じます。また、ササのサの音は、たとえば小男鹿(さおしか)の読みや、ささやかという語に見られるように、小さくはかない意味に通じますし、葉擦れのサササという音は、竹の葉を「ささのは」と呼ぶこととも関わりがありそうです。ともあれ理屈を引用するまでもなく、見た目における大小のイメージはすでに印象づけられているかもしれません。

もう少し細かい区別を。竹は土から生えたての筍のときには表面を淡褐色の皮で覆われています。タケの仲間は成長とともにその皮を落として青々とした稈をあらわにする一方で、ササの仲間においては自らは脱ぎ捨てることなく、自然に劣化するまで皮に覆われたまま過ごします。手のひらほどもある大きな竹の皮は握り飯などの食品を包むために現在も利用されることがありますね。皮を脱ぎ捨てるタケは、大きく育つうえに稈が厚く堅牢で、箸やスプーンなどのカトラリーや籠への加工、あるいは建築の素材として重宝されます。ササの仲間には硬さがない代わりに粘りと丸みがあり、柔らかな手触りのやさしい籠ができます。また、タケは稈の立派さに比べて葉が小さく、孟宗竹の枝葉は竹箒に用いられます。ササは反対に葉がずっと大きくなり、ほとんど葉の印象というのが面白いものです。タケは大きく有用であるがゆえに、人里近くに移植栽培されたものが多く、ササは山奥や川辺に自生するものを採集するといった、人との距離感の差も私には気になる違いのひとつです。

 
(左)皮を落とす孟宗竹(右)ササの大きな葉

 
名称について。「◯◯ダケ」ならばタケ、「〇〇ザサ」はササ、当然そう考えますが、実際にはそうとは限りません。たとえば「オカメザサ」はタケの仲間で、低く小さく密に育つので造園に用いられたり、割らないまま籠づくりの素材ともなります。「ネマガリタケ」は、ちょうどいまの時期に山中で採れる筍が美味で人と野生動物との接触が問題になってもいますが、ほんとうの名前は「チシマザサ」でササの仲間です。ほかにもササの仲間には「〇〇ダケ」「〇〇チク」という名が幾つかあり、少々ややこしいものです。

タケとササの区別、なかなか難しいですね。大きさについても、小さいはずのササの仲間でも5メートルほどの高さに育つ種があったりと、簡単に線引きをして割り切ることはできませんし、ひとつずつの種に特徴があり、また一本ずつの竹に個性があります。

もうじき七夕。「笹の葉さらさら のきばにゆれる」この竹は、いったいタケなのだろうかササだろうかと、ここに書かれていない違いをぜひ探してみてください。
 

 

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