第三十八回 磨くこと

 

 

広辞苑で「磨く」の項目をひらくと、一番目の意味として「こすって、きれいにする、また光沢を出す。」とあります。では竹の加工における「磨く」はというと、竹の繊維の最も外側にある硬質な表皮を丁寧に削り落とすこと、それが第一の意味です。

竹の磨きには片刃の刃物を用い、おおきく分けるとその方法は二つ。ひとつは長くて湾曲した刃の両端に木製の持ち手をつけた道具で、奥から手前に刃を引いて削る方法。もうひとつは小さな小刀で削る方法で、こちらは逆に竹の手前から奥へ削ることになります。どちらの方法を用いるか、どの程度けずり落とすかは、素材となる竹の性質や、つくりたいもの、そして仕事をする人によってそれぞれ。私の場合はいずれの方法も用いています。

磨いた竹では、表皮の輝きとはまた異なる落ち着いたつやが得られます。また、伐り出したままの青竹で籠を編む場合には、表皮を磨きで削り落としてしまうことで、表皮の部分に含まれる成分の経年による変質を防ぎ、耐久性を増すことが期待できますし、表皮の汚れも取り除かれます。染色や漆で仕上げる場合には染料や顔料との相性がよくなる効果も。

 
小刀で削られた表皮

磨いた竹の仕上り具合を分りやすく言えば、表皮のついた竹は光沢仕上げ、磨いた竹はつや消し仕上げ。磨いているのにつや消しとは不思議なのですが。細く割いた磨きの竹ヒゴで精緻に編み上げた籠は、出来立てではつやを抑えた静かな佇まいながら、露出した繊維が経年によって変化し、皮付きの竹ヒゴとはまたちがった色艶がだんだんと出てきます。こちらは本来の意味の「こすって、きれいにする、また光沢を出す。」に近い変化と言えましょう。

竹を割って籠をつくる、その過程での磨きは作り手の仕事。そして籠を手にされた方が、ご自身の手で育ててゆかれることが使い手による磨き。ふたつの「磨く」を経て、美しい籠が生まれることを想像しながら、じぶんの仕事の腕を磨く。輝きを得るための道のりは、そうした地味な作業の繰り返しです。

 

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