キッチンまわりが家族の居場所

キッチンまわりが家族の居場所

キッチンまわりが家族の居場所

食事を用意する場としてだけでなく、
子育てや一家の団らんの場として広がっている
キッチンやダイニング。住まいの中の子育て空間の
調査を行っている研究者に、居場所としての
台所の変化について論じてもらいました。

文=小伊藤亜希子 写真=牛尾幹太

住まいの中心に
位置づけられるようになった台所

台所は料理をするための場所ですが、現代の住まいを見ると、独立した厨房空間というより、食事室や居間に連続した家族の〝集まり部屋〟の一部になっていることに気づきます。

台所がこのような場所に位置するようになったのは、大正から昭和初期の住宅改善の流れを経たのち、日本の住まいが大きなモデルチェンジを遂げた戦後のことです。戦前までの台所は、日の当たらない北側など住宅の隅に追いやられ、食べる場所とは明確に分離して配置されていました。旧民法下の封建的な家族制度のもとで、台所は妻や女中が立ち働く格の低い場所と位置づけられていたのです。

戦後の近代家族(*)の登場は、住まいの形を大きく変化させました。それを象徴したのが、ダイニング・キッチンです。台所と食事室を一つにしたダイニング・キッチンは、約43平米という公団住宅の限られた住戸面積のなかで、食事室と寝室を分離し、かつ親子の寝室を別々に確保するために考案されたものでした。それと同時に、男女平等の新しい家族制度に支えられ、主婦が使う台所を日の当たる住宅の中心に押し出したという意味を持っていました(図1)

(*)前近代の家父長的家族に対し、家族の成員それぞれの人格の尊重、愛情と信頼関係によって成立していると考えられる家族。

図1:公団住宅2DK の間取り
図1:公団住宅2DK の間取り

日本初の女性一級建築士となった浜口ミホは、終戦後まもなく『日本住宅の封建性』(相模書房・1949)という本を出版し、台所の地位向上を訴えました。公団住宅のダイニング・キッチン開発プロジェクトに参加した浜口は、流し台をステンレスでつくることを思いつきデザインしたのです。ぴかぴか光る美しいステンレスの流し台、そして換気扇といった設備の近代化も台所の地位向上に大きく貢献しました。

その後住宅の規模が大きくなるにつれ、食事の後ゆっくりくつろぐリビングルームもつくられるようになり、ダイニング・キッチンと隣接または一体化したLDK空間が形づくられていきました。

アメリカモデルとのずれ

戦後の新しい住まいは、戦前までの古い日本住宅の課題を改善して誕生したものであったと同時に、欧米、特にアメリカの住様式の影響を強く受けていました。アメリカの住宅は、引戸で仕切るだけの日本の住宅に比べて、部屋の独立性が高く、公私の空間が明確に分離していました。日本の戦後の住宅革新はこれをモデルとし、家族みんなで使うLDK空間としての「公室」と、子ども部屋や寝室など個人の空間である「私室」を明確に区別する「公私室型」という間取りが普及しました(図2)

図2:公私室型間取り例
図2:公私室型間取り例

しかし、日本人の実際の暮らしぶりは、アメリカ人のそれとはやはり同じにはなりませんでした。ダイニングテーブルを置いたダイニング・キッチンができても、冬は炬燵で食事をしていたり、りっぱなソファがあっても床でごろごろしていたりという具合です。

また公私室型の住宅ができたものの、日本の家族にとって、私室と公室を明確に分離した住まいの形は、実際の暮らし方にぴったり合っていたとは言えない面が多くあったようです。その典型がLDKの位置づけです。日本のLDK空間には、仕事や子どもの勉強、場合によっては昼寝や着替えなど、私室でするはずだった行為があふれだし、〝何でも空間〟になっているというのが実態です。

乳幼児の居場所は
キッチンまわり

小学校に就学前のお子さんがいる住まいを対象に、子どもたちがふだんどこで遊び、過ごしているかの調査をしたことがあります(1995年、京都市)。

その結果、子どもたちの居場所はお母さんがいるキッチンまわりを中心にLDK空間に集中していることがわかりました(集合住宅では子どもの行為90%以上、子どものものの収納80%以上)。遊ぶのも、着替えるのも、お昼寝もこの空間です。お母さんからしても、目の届くところで遊んでくれているほうが安心ですし、寝かしつけた子どもを見守りながら家事ができるのは都合がよいことでしょう。

そして、物は使う場所の近くに置きたいので、おもちゃや着替えもLDKまわりに置かれることになります。そのためLDKに連続した部屋は収納部屋や寝室として有効に使われていたのに対し、LDKから分離した位置にある将来の子ども部屋用の私室はほとんど使われないことが多かったのです。少なくとも子どもが小さい間は、分離した私室確保を重視した公私室型の間取りは住み方に合っていな いようです。

図3:乳幼児のいる住まい例
図3:乳幼児のいる住まい例

事例を見てみましょう。ご夫婦と二人のお子さん(4歳と1歳)の4人家族で、中古の集合住宅を購入しリフォームして入居しました(図3)。LDKと6畳の和室(図3の左下)の仕切りを取り払い、フローリングにして一体化しました。食事はテーブルでとりますが、リビングには座卓を置き、冬はホットカーペットを敷いて床座で生活しています。広くなったリビングの床では、プラレールを広げて遊ぶことができます。お母さんが料理をしている時は、兄弟でダイニングテーブルの下で遊んだり、次男が鍋のふたをおもちゃにして遊んだりしているそうです。おもちゃや衣類もこの空間に置かれていますね。

このように、小さな子どもたちの居場所はお母さんのいるキッチンまわり、だからLDK空間を広く一体的にしたいという要求が生まれるのです。この調査をしてからずいぶん時間が経ちましたが、この傾向は今も変わらず、最近の住まいの調査をする中では、むしろ強くなっていると感じています。

小学生の居場所も
キッチンまわり

このように、小さな子どもたちの居場所はお母さんのいるキッチンまわり、だからLDK空間を広く一体的にしたいという要求が生まれるのです。この調査をしてからずいぶん時間が経ちましたが、この傾向は今も変わらず、最近の住まいの調査をする中では、むしろ強くなっていると感じています。

さて、子どもたちが小学校に入学する頃になると、子ども部屋をどうするかが問題になってきます。戦後の公私室型モデルの住宅では、高度成長期を経て、勉強部屋としての一人1室の子ども部屋を最優先して確保してきました。しかしここ10年ほどの間に、子ども部屋の与え方に少し変化が現れているようです。つまり、1年生になっても即座に子ども部屋を与えず子どもが必要とするまで様子を見る、それまではリビングに学習机を置いておくとか、小さいうちは兄弟でシェアするとか、さらに、子ども部屋の広さは3畳など最低限にして、その分LDKを広くとるといった傾向です。

その背景には、りっぱな子ども部屋をつくっても、多くの小学生はリビングで過ごし、勉強もダイニングテーブルでしているという現実がありました。

小学校から帰ってきた子どもは、リビングにランドセルを投げ出して、そのままテレビを見たり宿題をしたりするので、リビングには子どもの教科書やおもちゃが散らかります。お母さんは毎日のように、「自分の物は自分の部屋に持っていきなさい!」と注意しなければなりません。そんなことなら、最初から子どもの机をリビングに置いたほうがよいのでは……と考えるのも納得できます。長い間、住み方とずれたままLDKと分離した子ども部屋をつくり続けてきたことにようやく気づきはじめたのかもしれません。

有名私立中学に合格した子どもの家を調べたら、みんなリビングで勉強していたという調査結果が書かれた本(『頭のよい子が育つ家』四十万靖他著:日経BP社)が、2006年に出版されました。本当は、頭のよい子に限らず、ほとんどの子どもはリビングで勉強しているだけのことだと思うのですが、その影響は大きかったようです。その頃から、各ハウスメーカーも子育て住宅のコンセプトにリビング内の学習コーナーを打ち出すようになりました。

こうしたコンセプトで建てられた住宅の調査(2013年、関西)をしたところ、子どもたちは必ずしもそこだけで勉強しているわけではありませんでしたが、そこで宿題をしているとキッチンにいるお母さんにわからないところを尋ねたりできます。また時にはお母さんが書類を書いたり、お父さんがパソコンをする場所にもなり、概ね有効に使われていました。小学生になっても、まだまだ子どもの主な居場所は、キッチンまわりなのです。

食事の準備をするひとときも、親子語らいの時間。
食事の準備をするひとときも、親子語らいの時間。

働く妻のワークスペースも
キッチンまわり

子育てしながら働くお母さんたちが増えています。お父さんの家事育児参加も進みつつあるものの、今なお多くの場合、母親は家事育児の主な担い手として期待されているのが実情でしょう。ですから、お父さんは残業していても、お母さんは一定の時間には帰宅して、お迎えや夕食の支度をしなければなりません。残った仕事は持ち帰り、家事や子どもの寝かしつけの後にすることになるでしょう。

専門職(小中学校の教員や建築士など)の仕事を持つ妻181人を対象にした住宅の調査(2008年、関西・関東地域)を行ったところ、64.6%が住宅の中に自分の専用スペースがあると答えています。専門職の妻にとって専用スペースはどうしても必要な空間となっていました。ただその場所は個室であるとは限らず、リビングやダイニングの一角という事例も少なくありませんでした。家族から離れた場所で仕事に集中したいという人もいましたが、特に子育て中のお母さんの場合などは、子どもの様子を見ながら、あるいは煮炊きをしながら仕事ができることのほうが重要で、LDKにつながった場所に確保することが多く見られました。

図4:キッチンまわりに親子の居場所をつくった例
図4:キッチンまわりに親子の居場所をつくった例

図4は、キッチンに隣接する位置にデスクを設置し、お母さん専用のワークスペースを確保している事例です。この方は「台所にいることが多いので、台所仕事をしながら仕事ができる場所が欲しかった」とのこと。対面式キッチンの横には、お子さん用のカウンターもあり、学校から帰るとこのカウンターにランドセルを置き、宿題などもここでするそうです。

忙しい働くお母さんにとって、キッチンまわりは、家事をしながら、仕事をしながら子どもとコミュニケーションをとる重要な場所なのです。

このように、住まいの中心に位置するようになったキッチンのまわりには家族が集まります。これからはキッチンに立つお父さんの横で子どもが宿題をし、お母さんが仕事をしているという風景も見られるようになるのではと思います。親も子も忙しくて夕食に家族がそろうことは少なくなっているかもしれませんが、だからなおさら、それぞれが自分のことをしながらも同じ空間にいることが大切にされているのでしょう。

さらに、本誌66号「家族だけのマイホームから人が集まる家カフェへ」でも論じたように、今日のキッチンまわりは、かつての応接間に代わって、親しい子育て仲間が集まる家カフェ空間としても大切な場所です。地域に対して閉鎖的になった戦後のマイホーム、そしてその中で一人で食事をしている子どもやお年寄り。人のつながりが希薄化する現代において、あらためて住まいを開き、食事をともにする家カフェというライフスタイルが、家族を超えて広がっていることがこの号の特集で紹介されていました。

戦後にアメリカから輸入した公私室型住宅は、日本の伝統住宅の要素を一部再現しながら、日本人の家族にふさわしい住まいに修正されつつあります。それは、家族や友人と一緒に過ごすことを大切にした、つながり型の住まいとでも呼ぶべきもので、キッチンは、その要として住まいのまん中にあるのです。

小伊藤亜希子(こいとう・あきこ)/工学博士・大阪市立大学大学院生活科学研究科教授。京都大学工学研究科建築後期博士課程修了。子どもの生活と居住環境、住み方と住居計画、建築分野における男女共同参画などが専門。

【出典】
図1 西山夘三著『日本のすまい』第1巻、132ページ、勁草書房(1975)
図2 吉田桂二著『間取り百年 生活の知恵に学ぶ』125ページ、彰国社(2004)
図3、4 筆者提供

チルチンびと 83号掲載

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