緑の健康増進効果とその利用

緑の健康増進効果とその利用

緑の健康増進効果とその利用

心と体にやさしい
緑のカーテンのつくり方

文=多田 充

1 緑のカーテンが心にもたらす安らぎ

2011年の夏から、冷房の負荷を減らし、電力消費を削減するために窓際でつる植物を育てる家庭やオフィスが急に増えました。緑のカーテンがあると、植物の葉によって日差しなど窓から入ってくる放射熱(赤外線などの光によって運ばれる熱)が遮られ、室内の温度が上がりにくくなります。実際、緑のカーテンの効果に満足してエアコンの使用を控える人も多く、節電に貢献していることが報道などを通じて知られています。

その一方で緑のカーテンは思ったほど涼しくならない、部屋の中が暗い、水やりや病虫害など管理の手間が大変、などの不満もあって、せっかくはじめた緑のカーテンをやめてしまうこともあるようです。

確かに緑のカーテンは万能ではありません。温度上昇を抑える効果はあっても、エアコンのように温度そのものを下げることはできません。その温度上昇を抑える効果も、ガラス窓に張る熱線カットフィルムや遮熱カーテンなどのハイテク製品と比べると劣ります。

それでも緑のカーテンをつくった人の多くが、やってよかったと思い、育て続けているのはなぜでしょうか。

それは植物ならではの景観の美しさや、育てる楽しみ、心の安らぎなど、園芸を通じて心と体の健やかさが得られるからではないでしょうか。これらの植物ならではのさまざまな機能は、ひとまとめに「多面的機能」とも呼ばれていて、植物以外のものでは代替することができません。そこに価値を認めた人が緑のカーテンを育て続けているのでしょう。

ここでは、緑のカーテンが人の心と体に与える影響についてデータを示しながら述べていきます。

2 緑のカーテンの多面的効果

さて、緑のカーテンのもたらす機能は実に多様ですが、①気候緩和機能、②自然環境保全機能、③健康増進機能の大きく三つに分けることができます。

①の気候緩和機能は緑のカーテンの第一の目的であり、居室の暑熱緩和などが期待されるものです。さらに大きなスケール、たとえば都市レベルのヒートアイランド現象の緩和などをもたらします。

②の自然環境保全機能は、緑のカーテンが昆虫などの小さな生き物たちのすみかやえさ場となることで、都市生態系の維持に役立つことをいいます。緑のカーテンに隠れている小さな虫たちが、さまざまな植物の受粉を助けて生物多様性を維持したり、庭に飛来する鳥やトンボ、ハチなどのえさとなることで、これらの益鳥や益虫を日常的に養い、害虫の大発生を未然に防いでくれます。

③の健康増進効果は、最も直接的に人間の体に影響するものです。これは、大気汚染物質の除去と感覚的な快適性によってもたらされます。

3 大気汚染物質除去による健康増進効果

大気汚染物質の除去は、植物や土壌が生きているフィルターとなって、大気中に漂っている埃をキャッチしたり、有害化学物質を吸収・分解することで実現されています。過去の研究でも植物に酸性雨やぜんそくの原因となる二酸化窒素や二酸化硫黄、またホルムアルデヒドやベンゼン、トルエンといった有機化合物を除去する効果があることが知られています。

図1はNASAが1989年に発表した報告書で、キヅタやポトスの鉢植えが空気中のベンゼンを除去する能力を示したものです。この実験では密閉容器に観葉植物と大気汚染物質を入れ、24時間後の濃度を測定しています。植物の種類によって異なりますが、24時間で50〜90%の有害物質が除去されることが示されています。

観葉植物の大気中ベンゼン除去率 (Wolverton 1989)

図1 観葉植物の大気中ベンゼン除去率 (Wolverton 1989)

植物の大気汚染物質の除去能力は葉でガス交換をしている気孔の開き方と、葉の面積によって決まることがわかっています。気孔の開き方は光合成が活発であるほど大きく、また草は樹木より大きく、樹木では落葉樹が常緑樹よりも大きくなっています。一方で、葉の面積は樹木が草より多く、落葉樹は冬は葉がなくなってしまうのに対し、常緑樹は冬でも光合成を行って大気汚染物質を除去するなど、それぞれ特徴があります。

つまり、大気の浄化にどの植物が最適なのかは、環境や目的によって異なるということです。たとえば空間が広く、夏しか窓を開けないのであれば大型の落葉樹がよく、狭い場所なら草を高密度に配置するほうがよいということになります。緑のカーテンはつる植物を垂直に立ち上げるため単位面積あたりの効率がよく、狭い空間での大気汚染物質の除去に適した方法であるといえます。

4 感覚的快適性がもたらす健康増進効果

そして、もう一つの健康増進効果が、本稿の主論となる、植物を見たり触れたりした感覚がもたらす安らぎの効果です。イライラしているときに庭いじりをすると、いつの間にか心が落ち着くといった経験はありませんか? 近年、このような精神的・身体的な効果を客観的な数値で評価できるようになってきました。

人間の生理・心理面に自然的環境が与える効果を最初に測定したのはテキサスA&M大学のUlrichです。Ulrich は病室の窓から見える景色によって手術後の痛みや回復度がいかに異なるか、患者が要求する鎮痛剤の強さや入院日数から調べました(図2)。その結果、緑が見える病室の患者は緑が見えない病室の患者に比べて入院日数が短く、より弱い鎮痛剤で痛みを抑えられることが明らかになり、景観と健康に関連があること示されました。

景観の異なる病室における手術後の鎮痛剤投与数 (Ulrich 1984)

図2 景観の異なる病室における手術後の鎮痛剤投与数 (Ulrich 1984)

※手術後の患者は、樹木が見えることによって、弱い鎮痛剤でも痛みが抑えられることがわかる。植物の癒し効果が示唆されている。

その後、環境心理学的な研究は進み、植物が存在する景観が脳の活動や体の生理的機能にさまざまな影響を及ぼしていることが明らかになっています。

たとえば、私も参加した千葉大学の研究グループでは、ブロック塀を生け垣に段階的に変化させ、それを見ている被験者の主観評価や脳の活動状態(脳波)を調べました(図3・4)。それによると、植物の生け垣ではブロック塀に比べてより好ましいと感じる人が多いだけでなく、脳波のα波発生量が多く、脳の活動はよりゆったりとしたもの(リラックスした状態)になっています。また、日陰における被験者の気分や血圧の測定からは、緑陰と人工物の日陰では同じような温熱環境であっても、緑陰では「活気」が高く「疲労」が低いなど、よりポジティブな感情状態になっているだけでなく、最高血圧も低く、身体的負荷が低い状態になっていました。植物の存在は気分や脳だけでなく、自律神経系を通じて全身の生理に影響を与えています(図5・6)。

実験での視対象例

図3 実験での視対象例

※実験では、写真のようにブロック塀のみの状態から生け垣のみの状態まで段階的に被験者が見ている対象を変化させた。

図4 生け垣とブロック塀における脳波(α波割合)および主観評価(好ましさ) (中村 1992ほか)

図4 生け垣とブロック塀における脳波(α波割合)および主観評価(好ましさ) (中村 1992ほか)

※実験結果は、見ている植物が多いほど好ましいと感じる人が多く、α波もほぼ緑の量に比例して発生している(リラックスしている)。

図5 緑陰と人工物日陰内での休憩による感情状態の変化 (多田 2006)

図5 緑陰と人工物日陰内での休憩による感情状態の変化 (多田 2006)

※植物の日陰と人工物による日陰では、休憩後の気分に大きな違いが見られ、緑の日陰は活気を高め、疲労を抑える傾向があらわれている。

図6 緑陰と人工物日陰内での休憩中の最高血圧(収縮期血圧)の変化(多田 2006)

図6 緑陰と人工物日陰内での休憩中の最高血圧(収縮期血圧)の変化(多田 2006)

※実験で被験者は目を閉じて緑および人工物の日陰に入る。そして、実験開始と同時に目を開ける。その時の最高血圧を基準に変化を相対値で現した図。緑陰の方がより血圧を下げていることがわかる。

このほかにも、次のような研究が行われていて、植物や自然のもつ感覚的快適性が人間の健康によい影響を与えていることがわかってきています。

・森林浴によって免疫細胞の一つであるNK細胞が活性化し、抗ガン能力が高まる。(李 2007)
・窓からの自然の眺めが、仕事のストレスを減少する。(Leather 1998)
・自然景観の観賞が精神的ストレスからの回復を促進させる。(Ulrich 1991)
・自然の景色を見ることのできる囚人はストレスが少なく病気の発症率が低い。(Moore 1982)

5 健康を高める緑のカーテンづくり

それでは、今まで述べてきたような植物のもたらす健康増進効果を十分に受けとるためには、どのような緑のカーテンや庭づくりをしたらよいのでしょうか。そのポイントは三つあります。

一つ目は緑のボリュームを確保することです。植物の量が増えることで、放射熱を遮断する効果が高まるだけでなく、大気汚染物質の除去量も、感覚的快適性による安らぎ効果も高めることができます。国土交通省が行った調査でも緑視率(視野に占める緑の量)が多くなるほど、安らぎや爽やかさ、うるおいが強く感じられていました。

例えば緑のカーテンにはゴーヤなどの葉が大きく、密に葉をつける植物が適しているといえるでしょう。

二つ目は植物を身近な場所に置くことです。一つ目にあげた緑のボリュームは重要ですが、多くの植物を準備することは空間的にもコスト的にも大変なので、窓際など眼に入りやすい場所に植栽していくことが効率的です。その点、緑のカーテンは垂直に立ち上がり、窓を覆うように生長していくので、少ない植物でより高い緑視率を実現できるすぐれた方法です。

また、植物には水やりや除草、病害虫の管理など手入れが必要ですが、生活の場から離れた場所に置くとつい忘れてしまいます。人間は変化がないと状況に慣れてしまい、関心を失いがちです。植物の変化、すなわち生長は比較的ゆっくりとしていますから、身近な場所に植物を置き、小さな変化を感じ取れるようにすることが関心を保つのに有効です。やがて「咲き終わった花を取り除いたら新しい芽が出てきたぞ」「肥料をやったら葉の色が濃く変わって、生長が早まったぞ」というように、自分の手入れが植物の成長を促しているという実感が得られるようになると、手入れがつらい義務から「次は何をしてやろうか」というわくわくする体験になります。

最後は目標の設定です。緑のカーテンには気候緩和、自然環境保全、健康増進の大きく三つの機能があると紹介しましたが、これらの機能を通じて実現したい具体的な目標を設定することで、園芸活動への明確な動機づけをします。気候緩和機能と視覚的快適性を生かしてエアコンの使用時間を半分にするというような目標や、さらに複合的な目標設定が可能です。

たとえば、高齢者の介護予防を目標としたおばあちゃんのための緑のカーテンを想定してみましょう。植物の手入れは体を動かすので運動機能と、状況を判断するので脳の認知機能の維持に有効です。私たちの研究でも、単純だが注意力を要する園芸作業中には高齢者の脳の血流量(脳の活動度)が増加し、脳の機能維持に有効なことが示唆されています(図7)。

図7 園芸作業時の脳血流量変化(左前額部)(多田 2007)

図7 園芸作業時の脳血流量変化(左前額部)(多田 2007)

園芸作業

※写真のような寄せ植えづくりをしている時の前頭前野(前額部)の脳血流量の変化。tHb は総ヘモグロビンの意味で、実験開始時を基準とする相対値で示している。最初に土を鉢に入れる時や葉についた土を払い落とす時など、単純だが注意力を要する作業中、脳血流量は30 ~ 60 秒程度増加した。脳の前頭前野は予測や判断、推理などの高度な精神活動を司っていると考えられ、園芸作業によってこれらの脳機能が活性化していると思われる。

おばあちゃんの脳の機能を維持するために、インゲン豆で緑のカーテンをつくるという計画はどうでしょうか。インゲン豆の収穫は、豆が葉と同じ緑色のため、注意力を要します。また、そこで収穫されたインゲン豆を毎日の料理に使えば、新鮮な野菜を摂取することによって健康増進にもつながるし、食費の節約にもなって複合的な利益を得ることができます。何より家族が喜んで食べてくれることがおばあちゃんの生きがいになり、充実した毎日を送るきっかけになってくれる可能性があります。園芸活動を続ける中では、インゲン豆の隙間に仏壇にお供えするための花を植えたり、おばあちゃんが無理をしないように一緒に作業しながら昔の話を聞いたり、作業中に腰が痛くならないように椅子を用意するような気遣いが必要になるかもしれません。それによってコミュニケーションの機会が増えることでしょう。

ほかにも、野菜嫌いな子どものために、お手伝いの習慣づくりとピーマンの克服を目標とするキッチンガーデンや、お父さんのメタボ撲滅のための庭づくりなど、さまざまな目標設定が考えられます。実現すべき目標を分析し、緑のもたらすさまざまな機能と工夫を組み合わせることで、環境の改善だけでなく、そこで活動する人の新たな能力の獲得や、生活習慣の改善が実現できるのです。

多田 充 ただ・みつる
城西国際大学環境社会学部准教授。千葉大学園芸学部卒、同大学院自然科学研究科環境学専攻修了。同研究科助手、(独)農業・生物系特定産業技術研究機構、岐阜県立国際園芸アカデミーなどを経て、2010年より現職。研究分野は農学、園芸学、環境教育、環境療法など多岐にわたる。

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