木と土の家-不易流行-

木と土の家-不易流行-

文=山口民家作事組 水沼 信 イラスト=鈴木 聡(TRON/OFFice)

室内温熱環境を考える

住宅の室内温熱環境は、健康性、省エネルギー性、快適性の観点から考えなければならない。これらは相互に影響しているが、すべてにおいて正の相関関係にあるわけではない。いかにバランスするかが重要である。

住宅の健康性は当初、シックハウス症候群問題として顕在化した。機械換気が義務化され、建材などに用いられる化学物質が制限、改良されることによって現在は沈静化している。一方で室内温熱環境と健康の関係が疫学的研究などにより明らかになっている。健康維持の観点では、ヒトは体を温めているだけでは不十分であり、室温も一定温度以上にする必要がある。 特に高齢者や病人などの健康弱者にとって重要である。

省エネルギー性は時代の要請であるから仕方ないことと消極的に受け入れていないだろうか。実は健康性、快適性を充足することが結果として省エネルギー性の向上につながる。

従来から建築温熱環境分野で言われている快適性は狭義の快適性であり、一般に熱的不快を感じない状態をいう。狭義の快適性に対して、積極的な「快適性」も存在する。空調で自動制御された均一的な環境と比較して在室者が自らの意志で選択、調整できる非定常な環境のほうが快適域を広げることができる。このことは結果として冷暖房機器の使用頻度を下げることになり、省エネルギーにもつながる。

健康性、省エネ性、快適性、三つの観点を総合的に考えて、住宅の室内温熱環境において第一義に必要な性能は断熱性能である。

土壁を科学する
土壁外気側充填断熱工法

さて、土壁と柱で構成された真壁は完成された技術であり「木と土の家」の美しさを表現する重要な要素である。これまでの研究で土壁の耐力メカニズムが明らかになり正しく施工・配置された土壁は耐力壁として十分信頼できることがわかった。一方、土壁住宅は断熱性能が低いという欠点をもつ。山口県内に立地する土壁住宅を実測した結果、漏気の大きさと断熱性能の低さが明らかになった。

この問題を解決するためには住宅のどの部位を改良すれば有効かを検討し、土壁外気側充填断熱工法にたどり着いた。

従来の土壁住宅の外壁は、柱表面に外装材を直接打ち付ける納まりが一般的であった。この場合、土壁と外装材の間に1寸程度の空隙「ちり」が生じる。土壁外気側充填断熱工法は「ちり」を有効活用する工法である。具体的には、「ちり」に断熱材を充填する、断熱材の外気側に防水シートを貼付する、外装材と防水シートの間に通気層をとるだけの簡単な工法である。

外皮断熱化の際、懸念される問題点の一つが壁体内部結露である。かつて北海道において断熱材が急速に普及した際、壁体内部結露により木材が腐朽する問題が頻発した。この結果、断熱材の室内側に気密シートを貼付する仕様が標準となった。しかし気密シートの施工は精緻かつ熟練の技術を要する。わずかな欠損からでも壁体内部に湿気が侵入し結露する危険性がある。

気密シートを省略し、各種断熱材を用いた土壁外気側充填断熱工法を対象に各地(省エネ基準Ⅵ地域)のアメダスデータを外気条件とした結露判定シミュレーションを行った。ごく一部の条件を除き内部結露は発生しない結果となった。さらに実験室実験と実住宅実験を実施した結果、いずれも壁体内部結露は認められなかった。

土壁の特長の一つに大きな熱容量がある。壁を土壁仕様、石膏ボード仕様にした場合の寒冷期における温熱効果をシミュレーションにより比較した。計算の結果、土壁仕様のほうがエアコン停止後の室温低下が緩やかであり、ボード仕様と比較して最低温度が2、3℃高く、外気温の日変動幅が大きいほど、この差が大きくなった。また外壁室内側表面温度の最高値はボード仕様のほうが高いが、変動幅は土壁仕様のほうが小さかった。このことから土壁の熱容量が温度を安定させる効果が示された。

木製断熱ルーバー雨戸

人間は生理的に心理的にそして行動によって環境に適応しようとする。生理的適応はたとえば蒸暑期の発汗による冷却、寒冷期の身震いによる発熱である。心理的適応は最も影響が大きいと考えられているが定量的な評価は未解明である。「夏は暑いのが当たり前」といった心の準備がこれにあたる。行動的適応は窓の開閉、着衣の調節といった日常生活のなかで最も頻度が高いものである。行動的適応の自由度が高いほど快適と感じる温熱環境の範囲が広くなることがわかっている。

この住宅に設置している「木製断熱ルーバー雨戸」は行動的適応による快適域拡大と積極的な快適性を誘引するため、自らの意志で選択可能な温熱環境調整装置、つまり衣替えする仕掛けである。

シミュレーションの結果、蒸暑期の冷房期間、寒冷期の暖房期間を低減する上で開口部断熱の影響が大きいことがわかった。雨戸など付属品を用いることで開口部の断熱性能を向上させることが可能である。アルミサッシが普及するとともに、かつては当たり前であった夜間に雨戸を立てる光景は温暖地を中心に見られなくなった。また、夏場に通風を目的としてヨシやハギなどを組み込んだ簀戸を紙貼り障子と入れ替えて使う、ガラス戸を網戸と入れ替えるといった習慣もなくなっている。国内全域を対象にしたアンケートにより雨戸の使い方を尋ねた結果、回答者の6割が台風など風雨対策と捉えており、防寒対策との回答は3割であった。このように雨戸の断熱効果についての認識は小さい。

「木製断熱ルーバー雨戸」は、ルーバー構造にすることで断熱機能だけでなく通風、日射遮蔽の機能も有するよう工夫している。①蒸暑期における省エネルギー対策として外皮の断熱とともに日射遮蔽が重要である。水平ルーバーにより可能である。②日射遮蔽同様、通風も蒸暑期における省エネルギー対策として重要である。垂直ルーバーは外気を室内に取り込むウインドキャッチャーとして機能する。

かつては全国どこにでも見られる普通の住宅であった土壁木造伝統構法住宅はすっかり姿を消し、今や文化財として保存すべき対象になってしまった。否、消えゆく希少な史料を残すためではなく、これまでもそしてこれからの時代の住宅としてふさわしいからこそ土壁住宅を選びたい。

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