身体尺の今

身体尺の今 -身体尺とは何か-

身体尺の今 -身体尺とは何か-

食器・道具から建築材料まで人の身体を基にした
寸法体系と心地よい住まいとの相関関係を解き明かす。

文=中山繁信(建築家) イラスト=越井 隆

 

1.身体尺の基本

身体尺は物差し代わり

身体尺とは「身体の部分などの長さを基準にした寸法体系」のことです。
人の前腕に尺骨という骨があります。古くから長さを測る物差しとして使われたため、そう名付けられました(図1)。
弥生時代に稲作が広まると、もっとも収穫量が多い植え方は畝間、株間とも尺骨とほぼ同じ1尺。両手ですくった穀物の量が1合になったと言われています。
こうして人間の体の寸法を基準に長さや量を決めることが、物を交換する時や織物の長さを記憶する時に役立ちました。
 

尺骨の長さが「尺」。

尺骨の長さが「尺」。

 

指と寸

人間が二足歩行を始めると、手で道具や武器を使い始めます。当然使いやすい大きさは身体尺を基準にしたはずです。親指の幅、または人差し指を鍵状に曲げた関節の長さが「寸」で(図2)、その10倍が尺です。この単位は尺貫法が廃止された今も、職人たちが使っています。それほど古い歴史を持ち、馴染み深いのです。
たとえば日本の食文化は食器を手で持つ習慣があるため、飯茶碗から汁椀まで、ほぼ片手で持ちやすい径4寸です(図3)。

左/図2 親指の幅、または人差し指を鍵状に曲げた関節の長さが「寸」。右/図3 お椀の径は、 片手で持ちやすいよう、およそ4寸になっている。

左/図2 親指の幅、または人差し指を鍵状に曲げた関節の長さが「寸」。右/図3 お椀の径は、
片手で持ちやすいよう、およそ4寸になっている。

 

「あた」とは

「あた」とは、親指と人差し指(または中指)を開いた時の寸法で、「1あた」がおよそ5寸(図4)。木造建築の外壁の厚さとほぼ同じです(図5)。建築現場で寸法を測る、という意味の「寸法をあたる」も「あた」から来ています。何気なく使っている言葉も、身体尺が関係しているのです。

左/図4 親指と人差し指(または中指)を開いた時の寸法が「1あた」で、およそ5寸。右/図5 木造建築の壁厚は、およそ1あた。箸は1あた半が使いやすい。

左/図4 親指と人差し指(または中指)を開いた時の寸法が「1あた」で、およそ5寸。右/図5 木造建築の壁厚は、およそ1あた。箸は1あた半が使いやすい。

 

足と身体の寸法の関係

歩幅の単位「歩」は約2尺、早歩きで2尺5寸とされていますが、古代中国では面積の単位でした。一方、古代日本の町割りである条里制において「歩」は距離の単位で、1歩が1.8メートル、現在の1間に相当しました。条里制は、縦方向を「条」、横を「里」として、1辺の距離は6町(60歩=約650メートル)。さらに縦横を66等分した面積を「坪」と呼び、1辺は約109メートルでした。現在の坪とは大違いです。
私たち建築の設計者は、旅で出会った素敵な街角や広場の寸法を実測する時によく歩幅で計測します。心地よくて美しい空間を身体尺で習得するのです。
古い集落全体を実測して図面化し、分析研究する学問を「デザインサーヴェイ」と言い、1970年代に建築や都市を学ぶ大学生を中心に流行しました。これも「地域共同体(集落)の適切な身体尺」を知ることを目的としたのです。

自分の身体尺を知る

一般的に自分の体形の寸法を必要とするのは、衣類を買う時かもしれません。
既製品なら、S、M、Lなどのサイズが、近年はさらに多様化されていますが、オーダーすると細部の寸法が必要です。
その数値が近年は健康の指標になっています。たとえばメタボリックシンドロームはウエスト廻りの数値が基準です。
また、身長と体重の適切なバランスが〈身長-110=体重〉と言われるほか、体重を身長で2回割った数値で肥満度を測るBMIという体格指数があります。

 

2.日本人特有のスケール感

和室の消滅とスケール感の喪失

一般的に和室は京間、中京間、江戸間と言われるようにスケールの地方差はあるものの、規格化された畳の枚数で部屋の大きさが決められています(図6)。

和室の広さを決定する畳の規格寸法は、地域によって違う。

図6 和室の広さを決定する畳の規格寸法は、地域によって違う。

平安期の畳は現在の座布団のような座具で、必要に応じて敷き、用が済めば「たたん」で仕舞いました。それが江戸中期、庶民に普及し、畳を一面に敷き詰めた部屋を「座敷」と呼ぶようになりました。
日本家屋は履物を脱ぐ習慣があるため、座敷は多用途で使われます。西洋のリビングやダイニングのように用途で呼ぶよりは、座敷、板の間、10畳間、8畳間など床材や広さで呼ばれるのが一般的です。
かつて日本人は和室の体験でスケール感を培ってきました。4畳半の部屋でどのような生活ができるか、または6畳の部屋で何人寝られるかをイメージできたのです。また畳の縁が目盛りとなり、宴席などの膳の配置や茶会の席の主人と客の位置関係を示すのに役立ちました(図7)。
畳が暮らしの「物差し」だったのです。

畳の縁が、宴席などの膳の配置や 茶会の席の主人と客の位置関係を示す。

図7 畳の縁が、宴席などの膳の配置や茶会の席の主人と客の位置関係を示す。

畳の敷き方

畳の敷き方によって、目出度い空間にも不幸な出来事のための空間にも変身できるという、畳ならではの空間変身術があります。それが祝儀敷き、不祝儀敷きです(図8)。城郭や寺院などでは慣例的に不祝儀敷きで敷くことが多かったようですが、4畳半の畳の敷き方によっては「切腹の間」になってしまうから驚きです。

図8 祝い事などに用いる 祝儀敷き(左)と、 不幸があった時に用いる 不祝儀敷き(右)。

図8 祝い事などに用いる 祝儀敷き(左)と、 不幸があった時に用いる 不祝儀敷き(右)

和室の減少

昨今の住宅は和室が減少しています。特に都市部ではその傾向が顕著で、だからか、年齢層が若くなるにつれ、「尺、間」、「畳、坪」という伝統的な尺度に疎くなるようです。不動産の物件表示も「平米」表記が多くなっています。
伝統が消えていくようで悲しいですね。

建材の寸法

「起きて半畳、寝て一畳」と言う通り、畳の大きさは身体尺から決められてきました。畳ばかりでなく、住まいや部屋の大きさも身体尺と大きく関わっています。建築に用いる木材の断面寸法は3寸5分、4寸角など。長さも身体尺に合わせて6尺~18尺まで寸刻みで規格化されています。そのため材料の無駄が少なく、扱う技術が継承しやすいのです。
合板の規格も、サブロク(3尺×6尺)、シハチ(4尺×8尺)という寸法です。ドアがちょうどサブロク1枚にあたり、壁や床も3尺、6尺(1間)が基準です。しかし身長が6尺(約180センチ)以上の人が増えた今、ドアの高さは190や200センチも珍しくありません。
また、基本寸法を3尺(約90センチ)ではなく、メートル=100センチ単位で設計するケースもあり、車いすなどに対応できる建築をよく見かけます。

作業性と身体尺

身体尺は建材の寸法や空間の広さばかりでなく、作業性向上にも利用されます。それが大きさと重さです。作業性の良し悪しの中で重さは重要な要素です。それは職人たちが扱いやすく、長時間の作業でも疲れにくいことが条件だからです。
サブロクがよく使われるのも、職人が狭い現場で扱いやすいからです(図9)。かといって小さすぎては逆に作業性も建築の強度も落ちてしまいます。そのバランスで建材の大きさは決められているのです。
たとえばレンガの大きさは、片手にレンガ、もう片方の手で鏝こてを持ちモルタルを塗る長時間の作業に適しています(図9)。道路の縁石やU字溝などの建材も長さ45 ~60センチで重さ約10キロのものが多く、職人が一人で持てるサイズです。

図9 サブロク板(3尺×6尺、左)やレンガ(右)は1人で持ち運びできるサイズになっている。

図9 サブロク板(3尺×6尺、左)やレンガ(右)は1人で持ち運びできるサイズになっている。

 

3.身体尺は大きくなったか

体格とスケールの変化

確かに私たちの体格は向上しています。たとえば、キッチンの調理台の高さがその象徴と言えます。半世紀前、日本の調理台の高さは80センチでした。しかしミース・ファン・デル・ローエが設計した「ファンズワース邸」(1950年、アメリカ)の調理台は92センチで、欧米人との体格の差は歴然でした(図10)。現在は日本でも90センチは珍しくありません。理台の高さは80センチでした。しかしミース・ファン・デル・ローエが設計した「ファンズワース邸」(1950年、アメリカ)の調理台は92センチで、欧米人との体格の差は歴然でした(図10)。現在は日本でも90センチは珍しくありません。

左:現代の日本における標準的なキッチン台の高さ。中央:身長165cmの人にとって使いやすい棚の高さ。右:ファンズワース邸(1950年、設計=ミース・ファン・デル・ローエ、アメリカ)のキッチン台は高さ92cm。

図10 左:現代の日本における標準的なキッチン台の高さ。中央:身長165cmの人にとって使いやすい棚の高さ。右:ファンズワース邸(1950年、設計=ミース・ファン・デル・ローエ、アメリカ)のキッチン台は高さ92cm。

土俵と枡席

大相撲の枡席は座布団(約60センチ角)が4枚敷ける4尺四方(約120センチ四方)でした。芝居小屋の枡席も同じで江戸中期に形成されたと伝えられています。当時の男性の平均身長が155センチ、女性が145センチと小柄だった頃の決め事ですが、昭和になると窮屈という声から現在の約130センチ四方に改められ(図11)、その後、椅子席も設けられました。土俵の大きさも昭和初期に、径13尺(約394センチ)から15尺(約455センチ)に改められています。

昔の人の身体尺でつくられた大相撲の枡席は、多少広くなった現在も、現代人が4人で使うには、いささか窮屈。

図11 昔の人の身体尺でつくられた大相撲の枡席は、多少広くなった現在も、現代人が4人で使うには、いささか窮屈。

 

4.「身体尺」から「心体尺」へ

老齢化社会の身体尺

令和の時代、世の中や人々のスケール感はどう変化するでしょうか。最初に思い浮かぶのは老齢化社会。「シニア社会」と言い換えてもよいでしょう。
シニアになると体力の衰えとともに歩くスピードが落ちます。歩幅が狭くなり、足を運ぶ速度が遅くなるためです(図12)。
そしてシニアがもっとも恐れるのが段差です。1センチの段差でもつまずいてしまいます。足の運びが鈍くなる上に視力が低下し遠近を判断できなくなるから、階段は上るより下る方が難しいのです。
そのため、緩い勾配はもちろん、手すりと見やすいノンスリップが不可欠です。
特にノンスリップは黄色など、遠近が判別しやすい色での表示が求められます。また、光や音、速度の「身体尺」も重要です。たとえば脇を自転車が通り過ぎるだけで恐怖を感じます。視力や聴力が些細な現象に付いていけないのです。
よってスポーツ実況は2分の1程度の倍速でようやく理解できます。声を大きく、ゆっくり話さないと理解できません。
たとえば「歩幅が30センチ、映像の速度が2分の1倍速、音量は25レベル」に「思いやりの心」を加えたシニア独自の身体尺が必要になってきそうです。

シニアは年を経るとともに歩幅が小さくなり、その分、スピードも遅くなる。

図12 シニアは年を経るとともに歩幅が小さくなり、その分、スピードも遅くなる。

身体の距離感から心と心の距離感へ

スマートフォンの進歩と普及は目まぐるしく、利点は少なくありません。しかし私たちが培ってきた距離感を喪失させ、実像と虚像の区別を曖昧にする恐れがあります。通勤時の車中を見渡すと、ほとんどの人が小さな画面にくぎ付けです。
せめて歩く時に視線を外に向ければ、階段を踏み外すことも人とぶつかることもなく、席を必要とする人も行儀の悪い人も見えてくるはずです。また美しい行いに心打たれ、尊いものを学ぶはずです。
こうした思いやりのある関係が社会に求められる「心体尺」なのです。
 

チルチンびと 104号掲載

 

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