土壁の消臭・防カビ効果を検証する
土壁の消臭・防カビ効果を検証する
土壁に棲む土壌微生物(バチルス菌)の力
ふだんから土壁や左官に携わる人は、
日々、土壁の力を肌で感じたり、
さまざまな土壁にまつわる伝承に触れていると言います。
今回、植物ゲノム研究を専門とする門奈理佐さんに、
壁土やその材料を分析、解説していただきました。
その結果、土壁の中には防カビ、消臭などの効果のある
「バチルス菌」の存在がわかりました。
解説=門奈理佐(㈱リーゾ代表取締役) 写真=スタジオラピッズ
今回の分析結果とバチルス属(Bacillus sp. )細菌について
今回、壁土2種類(古いものと発酵したてのもの)、壁土の材料である粘土土と砂、それに藁の中に、枯草菌(Bacillus subtilis )を含むバチルス属(Bacillus sp. ) 細菌群がどのくらいいるかを、DNA分析(PC
R法)により調べました。その結果、バチルス属の細菌は藁に大量に存在しているが、粘土土と砂にはほとんど存在しないこと、壁土には存在しており、特に発酵直後の壁土で多く存在していることがわかりました。
バチルス属細菌とは?
バチルス属細菌群の中には、カビの生育を抑える効果のある菌株が複数発見されており、学術論文として発表されています。また、作物のカビ病に対抗する「生物農薬」としても注目されており、ここ数年の間に急速に研究が進んでいます。さらに、バチルス属細菌の消臭効果に着目した研究も進み、養豚場のコンポストに加えるとアンモニアの放出を減らせた、豚に直接食べさせることで糞中のメタン、アンモニアを減らせたとする研究報告もあります。防カビ・消臭効果があるとされるバチルス属細菌の特定の菌株を活用した家庭用の抗カビ剤・消臭剤はすでに開発され、市販されています。
これらの商品には「納豆菌」「納豆菌類縁菌」「バチルス菌」を使っていると表示されていることが多いですが、納豆菌、あるいはバチルス属細菌のすべてに防カビ・消臭効果があるわけではない、ということには留意する必要があります。
土壁の物理的効果と生物的効果
日本古来の製法でつくられる「土壁」にはいろいろな効果・効能・利点があるといわれています。まず、土壁は漆喰や珪藻土と同様に多孔質であるため、過剰な湿気を吸い、乾燥時に吐き出す調湿効果や、においなどの原因となる化学物質を吸着する効果があります。また保温性が高いため、室内温度の急激な変化を防ぐ効果もあります。これらの物理的効果だけでも、カビが生えにくい、腐敗しにくい、においが残りにくい、という実感につながります。
土壁の場合にはさらに「生物的な効果」も無視できません。土壁は藁と土を混ぜて発酵させたものを塗ってつくるものです。このため、藁や土壌に由来する微生物(特に枯草菌)や、藁が分解して生じる物質によるさまざまな効果がプラスされると考えられます。
左官の伝承
今回、左官の世界をよく知る小林・小沼・加村の三氏に、
土壁にまつわる伝承を挙げて、
長年の見聞を振り返っていただきました。
それに対して、門奈理佐さんに
科学的な見地から解説していただきました。
腐敗・鮮度保持に関する伝承
①ミカンと藁を入れた発酵土をビンに入れておくと、ミカンが腐らない。
②土壁の家では、野菜が腐らない。
③藁の発酵土に死体を埋めると、ミイラになる。
④穀物蔵は田んぼの土でつくり、内外荒壁仕上げにするとよい。
⑤酒蔵、味噌蔵は、藁を大量に入れて腐らせてつくった。檜はダメで、杉、松を使用。
|門奈さんの解説|
乾燥した土壁では、増殖した枯草菌はいったん活動を停止し、胞子の状態となり、壁の表面から空気中に放出されて漂い、水分のある場所にたどりつくと活動を再開します。ミカンや野菜、穀類が腐りにくいのは、湿度と温度が低めに保たれていることにもよりますが、枯草菌が腐敗の原因となる菌の増殖を抑えている可能性もあります。
酒蔵、味噌蔵をつくる際に檜がダメだというのは、ヒノキチオールの抗菌効果により、麹菌や酵母、および蔵に住み着くミクロフローラの生育に悪影響があるのかもしれません。
防カビ効果や消臭効果に関する伝承
①土壁の家では、カビが生えない(発酵土を使用しない土を石膏ボードに塗ると、カビが生える)。蔵付き酵母が、土蔵の土壁に住み着く(砂を入れた厚い荒壁仕上げ・砂ずり)。
②1500年前の発酵土をカメに入れておいても、においがなく、カビも生えない。
③土壁の家では、部屋干し洗濯物が臭くならない。家臭がない。
|門奈さんの解説|
枯草菌群の一種がカビの生育を阻害するという研究報告があり、木材の青変の防止や、農作物のカビ病を防ぐ生物農薬など、実際に利用されている例もあります。土壁にもそのような菌が存在しているのかもしれません。また、土壁そのものがカビないことについては、後述の「リグニン」も関係していると思われます。
④家蔵では、ものが長持ち。
⑤文庫蔵、経蔵では、和紙が長持ち。
|門奈さんの解説|
これは主に土壁による湿度・温度調節効果によるものでしょう。土壁の蔵は、多湿を嫌う和紙を
長期間保存するのに適した環境となるようです。
健康に関する伝承
①流行り病にかからない。
②水害の後、病が流行らない。
③小児ぜんそくが改善した。
④花粉症が軽減。
|門奈さんの解説|
一般的に、インフルエンザなどのウイルスは湿度に弱いため、適度な湿度に保たれた空間では感染リスクが低くなるといわれます。またぜんそくや花粉症は環境中のアレルゲンを抑えることが有効ですが、土壁は粉塵や花粉などのアレルゲン物質を吸着する効果があるでしょう。環境のよい場所に建てられることの多い土壁の家に住むことで、安心したり、リラックスして深く呼吸ができることが、症状改善の一助となっていると思います。
耐久性に関する伝承
①藁を腐らせた土壁は(水害のときに)流れない。
②藁のアクを入れると、土が硬くなる。
③東本願寺の400〜500年前の土壁の竹小舞の竹が青いままだった。わら縄が腐ってなく強度もあった。
④法隆寺の1400〜1500年前の土壁の縄が、腐らず強度があった。
⑤土佐漆喰は石灰だが、半年発酵させた藁を入れてつくる(海藻ノリを入れない)。粘りが出て、保水性があり、強度が出る(藁からノリが出てくる)。
⑥150年前の発酵土を新たな発酵土に入れると、藁の繊維も残り、ほどよく発酵して塗りやすい(大津磨き)。
|門奈さんの解説|
これは壁土に大量に入れる藁が土壌細菌により分解される際に、網目のような構造を持ち、接着剤の原料にもなる「リグニン」というポリフェノール化合物が生成されることによるものと考えられます。ちなみにリグニンにも抗菌効果があることがわかっています。壁の骨組をつくる藁や竹が腐りにくいのは、この抗菌効果による部分もあると考えられます。
稲作に関する伝承
①田んぼの土は、秋に稲株を敷き込み、冬を越す(冷やす)といい米が採れる。
②昔は、田んぼを1年休ませて、粘土と藁を入れて、壁土とした。
まとめ
身近な田んぼの土と、米づくりの副産物である藁を組み合わせて発酵させた壁土は、強靭であると同時に住む人の健康維持に役立ち、いずれは朽ちて自然に帰る、すぐれた建築材料であるようです。現代に生きる我々も、工夫して日常生活に取り入れ、活用していきたいものです。
門奈理佐(㈱リーゾ代表取締役)
東京大学農学部卒業、同農学系研究科修了、博士(農学)。2009年1月、㈱リーゾ設立、代表取締役就任。アグリバイオ関連の研究開発、試薬・機械装置等の開発および製造販売、DNA鑑定、実験補助者の育成・派遣などの事業を行う。
小林澄夫
1943年静岡県生まれ。40年以上にわたり左官専門誌の編集者として活躍。本誌にて「塗り壁の四季」を連載中。
小沼 充
1960年東京都生まれ。左官職人歴40年以上。困難な仕事もオリジナリティのある解法でこなし、去ったあとの現場の美しいことから、人は「忍者左官」と呼ぶ。
加村義信(㈲勇建工業 代表取締役)
自動車メーカーに勤務後、奥さんの家業を継いで左官職人となり、自然素材と左官の技術を生かした伝統ある家づくりを現在も行っている。
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