集まって過ごす時間を考える子育て世代から多世代間のつながりまで

子育て世代から多世代間のつながりまで

集まって過ごす時間を考える
子育て世代から多世代間のつながりまで

血縁や地縁だけにとらわれない、
新しい「縁」による人間関係。
かつての大家族がなくなった今、子育てという「縁」で
結ばれた、新しい人と人のつながりが生まれる。

文=吉津晶子(熊本学園大学 社会福祉学部准教授) 写真=中嶋大助

子育て世代から多世代間のつながりまで

なぜ今、人は、
集いの時間をもとうとするのか

子育て世代が家カフェや家ごはんなど、料理を軸として時間を分かち合ったり、共通の趣味を生かして家で集いの時間を設けることが増えてきました。集うだけなら、レストランやカフェ、あるいは趣味でいえばコミュニティセンターでもできることでしょう。けれども小さな子どもをもつ母親にしてみれば、子どもに目が行き届く家のほうが安心。リラックスして話に花を咲かせたり、趣味を楽しんだり、子育ての情報を交換したり相談しあったり、子育ての時間をより積極的に楽しむ場所として、〝家での集い〟があるのでしょう。

そもそも人が集まって交流をもつこととはどのようなことでしょうか? 古来より、人間は生きていくために集団をつくり、安全の確保、食料の確保、住居の確保、そして子育てを協力して行ってきたといわれています。密な情報交流は、集団で生きていく上で必要なことでした。

では、現在の社会において「人が集まること」と「交流をもつこと」はどのように変容してきたのでしょうか。

人と人の関係が変わってきた

戦前に見られた人と人との関係は、地縁(住んでいる地域における関係性)・血縁(親類等を含めた関係性)といった、〝縁〟を基盤とした人同士の強いつながりによって、コミュニティが形成されていました。多くの家庭は多世代同居(拡大世帯)で、それぞれの世代が、家庭内やコミュニティにおける何らかの役割を担っていました。しかし戦後の高度経済成長によって、地方のコミュニティを支えていた若い世代が都市部へと流出し、ここに家族形態は大きな転換点を迎えることになります。いわゆる核家族化といわれるものです。結果、夫婦と子ども、または一人親と子どもといったように、家族成員として小さな単位の家族が増えました。

さらに現在進行形で増えているのが、高齢の夫婦二人世帯および単身世帯です。このように小さな単位の家族が増えることによって、かつての多世代同居に見られた世代特有の役割分担そのものがなくなり、子育ての問題、介護の問題、地域コミュニティとの関係が希薄になるなどの問題が浮き彫りになってきました。

核家族化の進行、そして人と人との交流が希薄になったことによって、それぞれの世代別に問題が生じてきました。特に、子育て世代と高齢者世代についてくわしく見てみましょう。

子育て世代から多世代間のつながりまで

家は、子どもと家族の幸せの原点。
今こそ家から、さまざまな「縁」で結ばれた
人と人との関係を築こう。

どうやって子育てをすればいいの?
新たな〝縁〞で結ばれる子育て世代

子育て世代においては、多くの子育てマニュアル本や雑誌に見られるように、「どのように子育てをしたらいいのか?」「自分の子育ては正しいのか?」など、子育てに対する自信のゆらぎが多く見られます。多世代の中で「赤ちゃんと出会う」という経験のないまま初めて自分の子どもに向き合って、いろいろなことに思い悩むという「子育てロールモデル」不在の問題です。

また働く母親の増加によって、保育所のニーズは高まっているものの、必要とされる0、1歳児を預かってくれる保育所を探すのが難しく、学童期になったとしても学童保育の受け入れが足りないといった、待機児童の問題はなかなか解消されません。

多世代同居の多かった時代においては、これらの問題はほぼ家庭内で吸収できていたのですが、現代においては、家庭内のみでは担うことが難しい現実となっています。たとえば、保育所に預けていた子どもの急な発熱などでは、病児保育をしてくれるところを探すのも難しく、「誰か家で子どもを看ていてくれる人がいればいいのに」と思ったことのある母親も多いでしょう。

ただ最近の動きとして、情報化の進展や子育て環境の変化により、地縁や血縁といった〝縁〟にとらわれない、新たな〝縁〟による新しい人間関係が見られるようになってきました。自らの意志により人とのつながりを選び、関係を築いていくといった〝選択縁〟といわれるものです。核家族であっても、同じような立場や考えの人たちが集い、お互いの情報を交換したり、子育ての悩みを相談し、ありのままの自分を肯定する、といったピアカウンセリング(対等な立場の人による、相談に力点をおいたサポート)のような、新たな関係性といえるでしょう。

こうした関係性は、子育て世代の孤立化を防ぎ、新しいコミュニティを育てていくといった広がりをもつ可能性を秘めているのです。

子育て世代から多世代間のつながりまで

〝幸せな老い〞のための、集いの時間

一方、高齢者世帯においては、老年期に入ることによって「健康問題」、退職に伴う「経済的基盤」の喪失による生活の縮小、「人間関係」の喪失による孤独などの問題があげられます。

特に、社縁(仕事を通じた関係性)から遠ざかる男性にこの傾向が見られやすく、自身が無力化していく状態に直面し、自信の喪失、生きがいの喪失などによって抑うつ感を生じやすくなります。地域との交流が希薄になることによって、新しい人間関係を築くことが難しくなっているのも、一つの問題だと考えられます。たとえば男性の場合、近隣との関係を築かないまま定年退職をし、いざ地域社会にデビューしようとしても、かかわり方がわからないとか、趣味や生きがいといったことに出会わないまま定年後の時間を持て余してしまうということなどです。

高齢化のさまざまな問題に対して、社会福祉学・心理学・建築学・保健学・看護学・精神医学など多角的に研究を行う「社会老年学」においては、いかにして充実したより良い老年期を迎えるのかという、「サクセスフル・エイジング(幸せな老い)」の条件を明らかにする研究が進められています。そして、加齢に伴った心身の変化に適応し、自立的に生きることが「幸せな老い」の実現につながると考えられています。

また、高齢者は何もできない弱者であるという社会的偏見に対抗する考え方として、「プロダクティブ・エイジング(生産的な老い)」という考え方をアメリカの精神科医のバトラー(Butler,R.N.)が提唱し、高齢者は生産的であり、社会に必要とされるさまざまな貢献が可能な世代だと指摘しました。

このような考え方は、高齢者の社会的な孤立に対して、何らかの「役割」を持つことの大切さを示しています。

産み育てる。支援する。
世代と世代がつながっていく

アメリカの発達心理学者エリクソン(Erikson,E.H.) による造語で「ジェネラティビティ」というものがあります。この言葉は、日本では「生殖性」とも訳され、子どもを産み育てることを意味しています。

老年期に入ると、このジェネラティビティは「祖父母性」、すなわち高齢者が自分のこれまでの人生を振り返り、その知恵を生かして他の世代を支えるという考え方と捉えられます。つまり、「次世代を確立して(=産み育て)」、「導く(=支援する)」ということを通して、生活や文化の世代継承が成り立つという考え方です。これは自分の血縁である子どもや孫への世話という側面と、自分の子どもや孫以外という血縁を超えた他者を支えるという側面をあわせもった、複合的な考え方ともいえるでしょう。

核家族化が進み、二世帯・三世帯住宅は減る傾向にあるとはいえ、孫を中心とした同居の関係性は依然としてニーズがあります。また最近では子世帯と親世帯が近所同士に住み、子育て・介護を分担する〝近居〟も多く見られるようになってきており、祖父母ならではの「ジェネラティビティ」は、この新しい居住関係の基となっていると考えられます。

子育て世代・高齢者世代ともに孤立を防ぐことへの答えの一つは、子どもを育てる、あるいは支えるといった「ジェネラティビティ」を核とした、多世代の交流にあるのではないでしょうか。

そしてその交流の場となるまず最初の場所が、〝家〟となるのは言うまでもありません。家を〝子どもと家族の幸せの原点〟と考えると、そこに集う人々の豊かな人間関係が、あらためて今、求められているといえるでしょう。

吉津晶子 よしづ・まさこ
学社会福祉学部准教授。日本世代間交流学会理事。臨床発達心理士。多世代をつなぐ世代間交流プログラムについて研究を行っている。著書に『多様化社会をつむぐ世代間交流』(三学出版)など。

チルチンびと 88号掲載

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。

Optionally add an image (JPEG only)