先人の知恵を守り継ぐ-森野旧薬園と大宇陀を訪ねて

薬草を愛する先人たちによって守ら れてきた森野旧薬園

未来へつなぐ
生命の多様性

森野旧薬園が、森野家の裏山にあることは必然なのかもしれない。近年の調査で、森野家が特に古くから保護してきた植物154種のうち約50種が自然繁殖したもので、さらに県と国が選定したRDB(注1)掲載植物28種のうち、8種が自然繁殖したものであるという結果がでた。また旧薬園入り口を中心に半径250メートル圏内のタンポポの遺伝子解析調査をしたところ、旧薬園外地域ではすべてが外来種と雑種型であったのに対して、旧薬園内で自生するタンポポの4分の3が在来種であった(注2)。そこから見えてくるものは、植物を思いやりながら自然に手を入れる人間と、それに応えていく植物の深い関係だ。人間の役割の一つを、自然の多様性を守ることとするなら、それは自然を放置することではなく、愛をもって自然とつながり対話しながらかかわっていくことなのかもしれない。その心こそが、過去と未来をつなぐのだ。

「薬園のいちばん奥まった賽郭堂に、亡き姑は高齢になっても杖をついて詣で、手を合わせていました」という燾子さん。賽郭の没後、森野家では賽郭と妻の妙、忠僕佐兵衛、3人分の供養膳を供える慣わしがあるが、燾子さんは今もその家庭内祭祀を続けている。正月三カ日の朝夕、6日の夕、7日朝の七草粥、14日夕、15日朝の小豆粥。節分、旧3月3日、旧5日5日。心を込めてお供えし、お下がりを家族でいただくという。

森野旧薬園は、地球と人間、そして動植物との深い関係性を、現代の私たちに、雛形として示し遺してくれているのだろうか。神仙界とは、遠いどこかにではなく、最も身近な、自分自身が今生きる大地の上にあるのかもしれない。祖先や子孫とともに生きる大地に。その意味では、森野旧薬園はまさに神仙郷だ。

淡い薄紅色のヤマトシャクヤクの花が、夢幻の風に揺れている。賽郭の辞世の句が心に響く。
賽郭は未だ死もせず生きもせず、春秋ここに楽しみぞする。

・注1 レッドデータブック。絶滅のおそれのある種として、専門家による科学的・客観的な評価をまとめた基礎的資料。
・注2 髙橋京子、森野燾子『森野旧薬園と松山本草 薬草のタイムカプセル(大阪大学総合学術博物館叢書7)』大阪大学出版会、22012年/髙橋京子『森野藤助賽郭真写「松山本草」|森野旧薬園から学ぶ生物多様性の原点と実践|』(572頁)大阪大学出版会、2014年
・参考文献 『大宇陀町史』『新訂 大宇陀町史』/桜井満・瀬尾満編『宇陀の祭りと伝承』おうふう/大宇陀町『ふるさとメモリー』奈良新聞社/有岡利幸『秋の七草』法政大学出版局、赤坂憲雄「屋敷林のフォークロア」/『人間・植物関係学会雑誌 6⑴』/増田和夫監修『薬になる植物図鑑』柏書房/御影雅幸・木村正幸編集『伝統医薬学・生薬学』南江堂/鈴木洋著『漢方のくすりの事典|生ぐすり・ハーブ・民間薬|』医歯薬出版

文化財史跡 森野旧薬園

奈良県宇陀市大宇陀上新1880
営業時間:9:00~17:00
休園日:森野吉野葛本舗に準ずる
入園料:300円

近藤夏織子(こんどう・なおこ)
 
医学書出版社に在籍後、フリーに。大和高原に暮らしながら、民俗学を中心にノンジャンルの取材と執筆活動、音楽活動を行う。「チルチンびと広場」で「七代先につなげたい、先人の心」を連載中。

チルチンびと 81号掲載

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