万葉・平安の花々を育てる
万葉・平安の花々を育てる
日本最古の和歌集『万葉集』、平安時代の『源氏物語』、
『枕草子』には、野の草花がたくさん登場します。
それらは、日本古来の草花を知る貴重な史料であり、
また、日本人がどのように草花を愛でていたかを
教えてくれます。この植物図鑑で、古典のエピソードを味わ
いながら、可憐な花たちを育てるのはいかがでしょう。
イラスト=大田黒摩利
「万葉集の花々」
かたかご【カタクリ】
もののふの八十をとめらがくみまがふ
寺井の上のかたかごの花
大伴家持(巻19・4143)
カタコユリ、カタバナなどたくさんの名を持つカタクリは、山野に群生し、古来、根から採れるデンプンが食用とされていた。歌は、春の野いっぱいに咲くカタクリの花と、水汲みに来た若い女性たちの華やいだ様子を詠んでいる。
開花時期:4〜6月
草丈:15㎝ほど
主な花色:紫
特徴や育て方:多年草。風通しのいい半日陰に、深めに球根を植えて育てる。
おもひぐさ【ナンバンギセル】
道の邊の尾花が下の思ひ草
今さらになぞ物か思はむ
作者不詳(巻 10・2270)
道端の尾花(ススキ)に寄り添って咲く思い草(ナンバンギセル)のように、私はあなたを頼りに
しています――。歌の通り、ナンバンギセルはススキやサトウキビの根に寄生して育つ。うつむいて咲く可憐な花は、恋に悩む女性のようにも。
開花時期:秋
草丈:15〜18㎝ほど
主な花色:淡紫
特徴や育て方:1年草。春、あらかじめ育てた親草の下の土を掘り、根にこすりつけるように種を蒔き、再び土を戻す。
つきくさ【ツユクサ】
つきくさに衣色どり摺らめども
移ろう色というが苦しさ
作者不詳(巻7・1329)
ツユクサは古来染色に使われた植物で、その色は縹(はなだ)色と呼ばれている。この歌は、ツユクサで着物を染めようと思うが、ツユクサで染めた色は変わりやすいと聞くので辛い、と愛を受け入れるのをためらっている心を詠んだものである。
開花時期:6〜9月
草丈:20〜50㎝ほど
主な花色:青
特徴や育て方:1年草。日向から半日陰で、湿り気の多い場所が適地。
わすれなぐさ【ヤブカンゾウ】
わすれ草わが紐に付く香具山の
故りにし里を忘れぬがため
大伴旅人(巻3・334)
中国では、帯に結ぶと記憶を失うという伝承があるカンゾウ。しかし日本にはカンゾウが自生せず、似たヤブカンゾウがワスレグサと呼ばれるように。大宰府に下る大伴旅人が、故郷を離れる辛さを詠んだ歌。旅人は『万葉集』編者の大伴家持の父。
開花時期:7〜8月
草丈:40〜60㎝
主な花色:橙
特徴や育て方:多年草。湿気のある場所を好む。非常に強い植物でよく育つ。
はまゆふ【ハマユウ】
み熊野の浦の濱ゆふ百重なす
心は思へどただにあはぬかも
柿本人麻呂(巻4・496)
白い花が垂れ下がって咲く様子が「木綿」に似ていることからこの名に。葉が多数重なるようになっていて、この歌は、そんなハマユウの葉がいくつも重なり合っているように、幾重にもあなたを思っているが直接会うことができない、という思いを詠んだもの。
開花時期:6〜9月
草丈:70㎝ほど
主な花色:白
特徴や育て方:常緑多年草。日当たりのよい場所を好むが、乾燥に弱いので、水はたっぷりとあげること。
ねつこぐさ【オキナグサ】
芝付の御宇良崎なるねつこ草
あひ見ずあらば吾恋ひめやも
作者不詳(巻14・3508)
ねつこぐさ(オキナグサ)のような可愛らしいあなたに会わなければ、こんなに恋い焦がれることもなかっただろう、と恋の切なさを歌う。たおやかな花は可憐な乙女のようだが、花期後の「そう果」の状態になると白髪のような長い毛が生えるため、翁草と呼ばれる。
開花時期:4〜5月
草丈: 10㎝ほど
主な花色:赤紫
特徴や育て方:多年草。風通しと日当たりのよい場所を好む。
万葉集のその他の花々
『万葉集』には約150種の植物が登場する。その多くは、食用や薬用、工芸・染色に使われた実用的な草花だった。
あかね【アカネ】
あかねさす紫野行き標野行き
野守は見ずや君が袖振る
額田王(巻1・20)
開花時期:8〜10月
主な花色:黄緑
特徴や育て方:つる性の多年草。日向から半日陰を好む。根は染料として用いられる。
あぢさゐ【アジサイ】
あぢさゐの八重さくごとくやつ世にを
いませ吾背子見つつ偲はむ
橘諸兄(巻20・4448)
開花時期:6〜7月
草丈:2mほど
主な花色:水色
特徴や育て方:母種はガクアジサイ。日光を好むが、直射日光を受けると葉が枯れることも。半日陰が適地。
からあい【ケイトウ】
秋さらば移しもせむとわが蒔きし
韓藍の花を誰か摘みけむ
作者不詳(巻7・1362)
開花時期:7〜10月
草丈: 90㎝ほど
主な花色:赤
特徴や育て方:1年草。日光を好む。地植えにしておけば、毎年花が咲くほど丈夫。
すみれ【スミレ】
春の野にすみれつみにと来し吾ぞ
野をなつかしみ一夜宿にける
山部赤人(巻8・1424)
開花時期:4〜5月
草丈:7〜11㎝ほど
主な花色:紫
特徴や育て方:多年草。暑さに弱いので半日陰に。水はたっぷりあげるとよい。
あやめぐさ【ショウブ】
ほととぎす待てど来なかず菖蒲草
玉に貫く日をいまだ遠みか
大伴家持(巻8・1490)
開花時期:5〜7月
草丈:70㎝
主な花色:黄
特徴や育て方:多年草。水辺に自生する植物で、日陰で湿り気のある場所を好む。
「源氏物語、枕草子の花々」
すゑつむはな(くれなゐ)【ベニバナ】
なつかしき色ともなしに何にこの
末摘花を袖にふれけん
光源氏『末摘花』
「紅」色の染色に用いられたことから「くれなゐ」とも。末摘花(すゑつむはな)の由来は、花を摘む時に下の方から順番に摘むため。『源氏物語』では、主人公の光源氏と関係する女性の名にも。末摘花は鼻の先が赤く、源氏がベニバナにたとえた。しかも贈り物の趣味が悪く、この歌は源氏が末摘花から妙な着物を贈られ「なんでこの娘と付き合ったのか」と嘆いたもの。
開花時期:7〜8月
草丈:1m前後
主な花色:黄色
特徴や育て方:1年草。日当たりを好み、乾燥した場所が適地。水も表土が乾いた時に湿らせる程度がよい。
ふぢばかま【フジバカマ】
同じ野の露にやつるゝ藤袴
あはれはかけよかことばかりも
夕霧『藤袴』
夕霧は源氏の息子で、この歌は夕霧が妹・玉鬘に贈ったもの。場面は二人の親類の喪中。実は、二人が実の兄妹でないことが判明し、夕霧はほのかな思いを歌にして打ち明ける。その際、気を引くため、玉鬘の居る御簾に差し入れたのがフジバカマだった。フジバカマは『万葉集』にも登場する秋を代表する花。当時は髪を洗うのにも利用された。
開花時期:8〜9月
草丈:1mほど
主な花色:淡いピンク
特徴や育て方:多年草。日当たりのよい場所を好み、暑さ寒さに強い丈夫な植物。繁殖力が強いので、地植えの際は庭を占領されないように注意。
とこなつ【セキチク】
「とこなつ」はセキチク(カラナデシコ)。この歌は源氏とその友人らが女性について語り合う場面で登場する。貴公子の一人、頭中将がかつて関係を持ったはかなくも美しい女性をこの花にたとえた。一説に「とこなつ」は普通のナデシコを指すとも。『枕草子』では「草の花はなでしこ。唐のはさらなり。大和のもいとめでたし」と、渡来したばかりのセキチクと日本のナデシコを同じ仲間として扱っている。
開花時期:5〜10月
草丈:15〜40㎝
主な花色:紅、白など
特徴や育て方:1年草。日当たりと通風、水はけのよい場所が適地。
むらさき【ムラサキ】
などてかくはひあひがたき紫を
心に深く思ひそめけむ
冷泉帝『真木柱』
前述の玉鬘は美貌の姫君で求婚する男が後をたたなかった。この歌は、時の天皇・冷泉帝が玉鬘に贈った歌。「どうして逢い難い紫の衣の人を、心に深く染めてしまったのか」と、願いかなわず玉鬘を別の男に取られたことを悔やんだ。ムラサキは根が紫をしている植物で、古来染色に用いられた。その色はいわゆる「江戸紫」。
開花時期:6〜7月
草丈:30〜60㎝
主な花色:白
特徴や育て方:多年草。日向から半日陰の場所を好む
をみなへし【オミナエシ】
女郎花しをるゝ野べをいづことて
一夜ばかりの宿を借りけん
一条御息所『夕霧』
夕霧が関係を持った未亡人・女二宮の母である一条御息所が詠んだ歌。「一夜だけの遊びだったのでしょうか、オミナエシ(女二宮)が萎れてしまっています」と、娘の元を訪れなくなった夕霧を責めた。オミナは女の意で、寂しそうに風に揺れるその花は、か弱き女性を想起させる。
開花時期:8〜10月
草丈:1mほど
主な花色:黄色
特徴や育て方:多年草。日当たりがよく、水はけのよい場所を好む。時々地下茎が土の上に出てくるので、見つけたら埋めること。
ゆふがほ【ユウガオ】
寄りてこそそれかとも見めたそがれに
ほのぼの見つる花の夕顔
光源氏『夕顔』
この歌は、源氏にユウガオの花を贈った謎めいた女性・夕顔への源氏の返歌。「もう少し近くに寄って確かめては? 夕暮れに見たユウガオを」と、恋の駆け引きを楽しむ様がつづられている。実は夕顔は、前述の「とこなつ」にたとえられた頭中将の元恋人。悲恋の後、隠遁生活を送っていたところを源氏と出会った。夏の夕暮れに咲く清楚なユウガオの花のイメージと重なる。
開花時期:7〜8月
草丈:2m〜
主な花色:白
特徴や育て方:つる性1年草。日当たりのよい場所を好む。かんぴょうの原料となる実をつける。園芸種の「ユウガオ」とは別種。
平安時代その他の花々
『源氏物語』には約118種、『枕草子』には約125種が登場。これらの花は宮廷や貴族の館の近くにあったものと考えられている。
あふひ【フタバアオイ】
くやしくぞつみをかしけるあふひ草
神の許せるかざしならぬに
柏木『若菜下』
開花時期:春
草丈:10〜20㎝
主な花色:淡いピンク
特徴や育て方:多年草。日陰と水はけのよい場所を好む。
なでしこ【カワラナデシコ】
撫子のとこなつかしき色を見ば
もとの垣根を人やたづねむ
光源氏『常夏』
開花時期:6〜9月
草丈:50㎝〜80㎝ほど
主な花色:淡紅、白
特徴や育て方:多年草。風通しのよい半日陰で育てる。花の可憐さに反して、丈夫に育つ。
ほほづき【ホオズキ】
ほほづきなどいふめるやうに、ふくらかにて、
髪のかゝれるひまひま美しうおぼゆ
『野分』
開花時期:夏
草丈:60〜90㎝
主な花色:白(実は)
特徴や育て方:多年草。古来観賞用に愛された。日当たりを好む。カメムシがつきやすいのとナス科の植物との連作障害に注意。
われもかう【ワレモコウ】
老いを忘るゝ菊、衰へゆく藤袴、
物げなき吾木香などは
『匂宮』
開花時期:8〜10月
草丈:70〜100㎝
主な花色:赤紫
特徴や育て方:多年草。小さな花が集まって実のようになる。日照がないと生育が悪くなるので注意。
【参考文献】『源氏物語』全6巻(山岸徳平校注、岩波文庫)、『枕草子』(池田亀鑑校訂、岩波文庫)、『新訓万葉集』上・下(佐佐木信綱編、岩波文庫)、『原色牧野日本植物図鑑』1〜3(牧野富太郎、北隆館)ほか。
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