老後の家づくり
老後の家づくり
現代の身体尺と
心体尺について論じた著者。
自身も高齢となった今、
地域社会とシニアのかかわりを
建築家の視点から提案する。
文=中山繁信( 建築家)イラスト=越井 隆
老いをどのように受け止めるかはそれぞれですが、できるなら前向きにとらえ、山あり谷ありの多彩な半生を糧に、さらに充実した余生を生きようと考えるなら、シニアならではの意義のある人生を送る
ことができると思うのです。我が国では多くの人の第二の人生のスタートは定年退職だろうと思います。会社中心、子育て中心の生活から、自分自身と配偶者だけの居場所を求めるのは、二人が今まで懸命に生きてきた努力に対する褒美かもしれません。
そのような半生の褒美となるような新居をつくる場合や、改築する場合にも心がけておくべきことを考えてみます。
1.敷地と道路の境界をあいまいに
普通セキュリティのために敷地を高い塀で囲いがちですが、できるだけ低い生け垣などで囲うことをおすすめしたいのです。そうすることによって、庭の清掃や草花の手入れなどの屋外での作業が増え、近所の人たちと接する機会が増えるのです。反面、セキュリティを重視するため高い塀で囲い閉じた敷地では世間との接点も少なくなり、孤立感や孤独感が増してしまいます(図1)。
人との接触が少なくなれば会話をする機会が少なくなり、老化が進む可能性が大きくなります。近隣との関係を密にすることによって、近所からさまざまな情報や温かい心遣いや情けを受けることができるのです。近所の人びとから常に気にかけてもらうことにより、異常なことが起きた時にも、いち早く察知してもらい窮地を脱した例は少なくありません。
高いブロック塀を低く幅の広い生け垣にすることによって、かえって侵入しにくくなり、見通しがよくなるためセキュリティには効果的なのです。人の気配に満ち、暗く隠れる場所を少なくすることによって、安全な環境がつくられるのは、古くからある村落や下町のコミュニティと同じです。閉じることは決して安全な環境をつくることにはならないのです。
2.外でも内でもない中間領域の効用
中間領域とは、外部でもなく内部でもないあいまいな空間を指します。日本家屋の特徴ともいわれていますが、具体的には縁側や土間などです。この半端な空間が、とても意味のある空間なのです。住まいを設計するとき、できるだけ無駄な間をつくらないように考えるのが普通ですが、機能的、合理的に使い方をきっちり決められた住まいは見方を変えれば、変化や多様性に欠けるため、飽きやすいという一面も持っています。
一方、無駄と思える空間は、いろいろな使い方ができるのです。伝統的な日本家屋には欠かせない縁側の「縁」の文字は縁談などの言葉が示すように人と人を結びつける意味があります。近所の人がドアの開け閉めもなく、履物を履いたまま気楽に立ち寄る場所であり、そこでさまざまな話が交わされました。土間も使い方がはっきりと決められていない、あいまいな空間ですが、そうしたあいまいさは、逆にさまざまな使い方ができることを意味しています。縁側は即席のカフェに、絵画や書などの愉しみの場に変身可能です。土間も同様に、工房やジム、孫や近所の子どもたちの遊びの場、また季節のイベントの空間として使うことができるため、その空間の使い方をイメージすることによって、脳も活性化し、マンネリ化しやすい生活に変化を与えることができます。決まり切った空間で何も考えることなく生活するより、あいまいな空間をどのように活用するかを考え、実行することのほうがより生活に張り合いができると思います。ぜひ、無駄と考えず、こうしたあいまいな空間をつくることをおすすめします。そしてその空間をどのように使うかを楽しんでください。
3.回遊できる間取り
もちろん住まいはバリアフリーであることが望ましく、できれば平屋が理想です。シニアに限らず、日常生活の中で階段での昇降時の事故が最も多いと言われています。
そして、可能ならば、中庭とは言わず狭い坪庭を中心に回遊できるプランの住まいは、シニアにとって、とても住みやすいように思います。中庭は比較的プライバシーを保ちながら、外部との接触ができる点でシニアには精神的にも健康にもよいのです。回遊できる間取りは単純化しやすいシニアの行動にいくつかの選択肢を与えることができるため、行動のパターンも増え日常生活のマンネリ化を防ぐ役割を持っています。さらに中庭は開放的な生活が楽しめるのと、植物などの存在によって季節感を味わうことができることも、シニアの日常生活にとってとても重要なことなのです。
同時に、回遊できる間取りは人間だけでなく、風や光も自由に動き回れるため風通しのよい明るい健康的な住まいになることが多いのです。
こうした中庭のある住まいはコートハウスなどと呼ばれていて、中庭の存在が大きく外部が閉鎖的でも採光や通風が可能になり、快適性が損なわれることが少ないため、密集地に適しているプランでもあるのですが、先にも述べたとおり、良好な住環境には近隣との親密な関係がとても大切です。道路との接する部分はできる限り内と外の気配が行き来するような、ゆるい仕切り方が望ましいのです。
4.閉じた街並みに開いたシニアハウス
私の住まいは、建ててからすでに三十数年の歳月が過ぎました。当初は母の余生を送る家として私が設計しました。道路に面した部分は仕切りもなく土間になっていて、そこの広い土間の一部がガラスで囲われた外から丸見えの「あいまい」な空間になっています(図2)。
土間は母が道路を通る人と気軽に立ち話をするための空間であり、そこで話がはずめばガラスで囲われた「あいまい」な多目的室で一緒にお茶を楽しめるよう設計したものです。話好きの母は私の思惑どおりに、よく近所の人とこの無駄と思われる空間を無駄にせず有効に使ってくれました。門も塀もない家で老人の一人暮らしは危険と思われましたが、人との関係を密にすることによって、近隣の人たちから見守ってもらおうと考えた末の決断でした。
現在は母も亡くなり私の家族が住んでいますが、相変わらず同じような使い方をしています。夜はあいまいな多目的室に明かりを点けておきます。それは道路にその光が差し込み、夜そこを通る人の心に少しでもぬくもりが与えられたらという、私たちのささやかな心遣いなのです。そうした家の開口部から漏れる明かりは、街灯のただ明るい光と違って、人の心のぬくもりがあるように思うのです。
そうした住宅地にシニアの住まいがあることは、近隣にとってもシニアにとっても意義のあることなのです。夫婦共働き家族が多くなる中で、シニア夫婦の住む住宅があれば、一日中家で過ごすことが多いシニアが住んでいれば、その地域を見守るという大切な役割を担っているのです。また、夜に明かりがともらない窓はさまざまなサインを近隣に送ることができるのです。生活しているにもかかわらず、夜に明かりが点かない、また昼間に明かりが点灯していることは何か異常のサインである可能性があり、いち早く近隣の人たちの助けを借りることもできるのです。シニアの住まいは閉じてセキュリティを確保するのではなく、開くことによって地域の見守り役になり、自分たちを見守ってもらうためにも少し考え方を変え、勇気を持って開かれた住宅をめざしてほしいのです。
中山繁信(なかやま・しげのぶ)
法政大学大学院建設工学科修士課程を修了。宮脇檀建築研究室、工学院大学伊藤ていじ研究室助手を経て、日本大学生産工学部建築学科非常勤講師、工学院大学建築学科教授を歴任。主な著書は『美しい風景の中の住まい学』、『建築のスケール感』(共著)(ともにオーム社)、『図解世界の名作住宅』(共著)(エクスナレッジ社)など。
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