建築家と左官表現-その作例から学ぶ- 北田たくみ

建築家と左官表現-その作例から学ぶ-
北田たくみ
版築壁を利用してやわらかく室内を暖める
─神奈川県・美しが丘の家─
設計=北田たくみ/のるすく一級建築事務所 写真=相原 功
版築壁に暖房機能を持たせる
元来の版築は打厚450ミリ以上を要し、木の柱を必要とせず土そのものが建物の構造体になりえる堅固な土壁のことであって、型枠をつくり上から土を入れて叩き締め、少しずつ固めてゆく工法だ。写真の土壁はこの版築のつくり方を参考にして、構造にかかわることなく、打厚50ミリで下地壁に施工して「版築壁」を実現した。本来の土の質感を表現するために土成分を65パーセント以上に設定しているため、収縮クラックが発生することも多いが、そのひび割れを侘び寂びとして理解するならば、独特な雰囲気を醸し出す魅力的な土壁となる。
地層のように積み重なる美しい表情を持つ土壁。その存在感ゆえに絵を飾ることや物を置くことを躊躇させてしまう。「ならばこの壁に暖房機能を持たせてみてはどうだろう」と企んだ。
設計プランでは、1階リビングにはPSの放射型暖房システムを組み入れることになっており、その設備をうまく利用することで無駄のないアイデアが見つかるかもしれない。そんな思いつきから、換気設計の中島廣文氏に相談して考え出したのが土壁の蓄熱性能を利用した壁輻射暖房。原理はいたってシンプルである。図のように、土壁の中にチューブを埋め込むように取り付ける。そこに60℃のお湯を毎分2、3リットルの割合で循環させ、土壁の表面温度が30℃になるように設定するのだ。
毎年寒くなるとこの版築壁は見た目の暖かさだけでなく、本当に熱を放ち、住む人と家を暖めてくれる。そんな土壁を実現した。


(左)分厚くて大きな土の壁が部屋の中にくい込んでいるイメージを表現した版築壁。(右)層ごとに配合を変えて突き固めると土壁の表面に波のような表情が出る。それが版築壁の魅力だ。

リビングと版築壁。4メートルを超えるケヤキの一枚板テーブルも存在感に満ち溢れている。


(左)サポートの空間とリビングを間仕切るパーティションでもある版築壁。(右)川砂利と山砂利と土の配合を層ごとに変えて突き固めた土の表情。

塀は版築風塗り壁。厚さ10ミリ程度で塗りこむ左官仕上げ。

版築壁を積み上げるためのパネルを組む前に壁下地のラスカットに対し17φの架橋ポリエチレンチューブ(内径13φ)を図のように取り付ける。その後チューブを土壁の中に埋め込ませながら版築壁を完成させる。この方法だとパネルヒーターのように対流はあまり望めないが、他の設備と併用させることによって輻射暖房としての機能を利用することができる。
■美しが丘の家
所在地 | 神奈川県横浜市 |
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面積 | 敷地 492.48㎡ 延床 264.44㎡(1階152.06㎡ 2階112.38㎡) |
竣工 | 2008年12月(工期 2008年3月〜12月) |
設計 | 北田たくみ/のるすく一級建築士事務所 |
設備設計・施工 | 中島廣文/システムクリエイト |
施工 | 宮嶋工務店 |
構造形式 | 木造2階建て |
主な外部仕上げ | 漆喰塗り、ウッドサイディング |
主な内部仕上げ | 珪藻土 |
チルチンびと 別冊34号掲載
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