妄想旅行

 

 

ここ数年のコロナ禍で旅ができなくなった。まして奥能登の長い冬の間ずっと閉ざされていて、どこかへ出掛けてみたくなった。いつも何かと車や飛行機での移動が多いので、電車の旅にあこがれる。そういえば集落にも2001年までは電車が走っていたのだった。のと鉄道というローカル線で今は七尾から穴水までの区間を走っているが、昔は穴水から輪島間も走っていて、通勤通学に利用していたと聞く。移住してきた頃にはすでに廃線になっていたけれど、私の住む三井駅で昔を懐かしんで、トロッコ電車を走らせるイベントが行われたのを覚えている。そんなのと鉄道の終着駅「輪島」は今では道の駅となり、昔の駅舎はひっそりとその裏に残されている。

 2022年3月ちょうど一年前の今頃のこと、買い物ついでに旧駅舎に立ち寄ってみた。駅名標には終着駅である輪島なのに次の駅のところに「シベリア」と書かれている。駅の壁の掲示物に説明が書かれている。誰かのいたずら書きを再現したもので、線路をこのまま海上に伸ばしてくとシベリアの方角とのこと。それくらい能登は最果ての地という冗談にも、あきらめムードの自虐ネタともとれるなぁと看板に見入る。

フォントも似ているようで入り混じっているのだけれど、一際目立つ「わじま」と「シベリア」。考えるともなく口の中で呟いていた「わじまシベリア」。なんかお菓子みたいだな…と思った次の瞬間。脳内にば〜んとある画像がでてきた。カステラに羊羹を挟んだシベリア

帰り道の車の中で、私の頭はシベリアのことでいっぱいだった。こし餡の柔らかめの羊羹とカステラの組み合わせ、昭和っぽいレトロなイメージ、旅を想起させるようなデザイン…

シベリアのカステラ部分を本格的に焼くのはなかなか手強そうだった。まずは木枠を作るところからと夫にオーダーする。型には、その都度紙を巻いて準備をしたりなかなか手間がかかる。

生地もシフォンケーキよりは重くて、蜂蜜の焦げ目や羊羹の硬さなど色々試行錯誤する。オーブンの大きさや、仕上げのカットの包丁の刃渡りなど色々な要素から自分にやりやすい方法を失敗しながら探し出す。

試食しながら「輪島からシベリア行きの汽車」の旅を妄想する。「車窓から見える白い雪景色はカステラに、黒い線路は羊羹に見えてきたぞ。」と一人盛り上がって試作を持って旧駅舎に行ってみる。ちょうど帰省した次女に付き合って写真を撮ってもらった。

カンカンカンと踏切が点滅し、もうすぐホームに電車が…

あ、来た来た。立売の準備をしてお客さんを待つの図。

危ない!轢かれる〜。と言いながら自分でも、仕事なのかアソビなのか一体何をやっているのかわかっていない。駅名標のお告げなのか、突如降りてきたシベリアにシビレテしまっている。

それでもいつも菓子のレシピや意匠そのものだけを考えるというよりも、その周辺を取り巻くものの境目をはっきりさせずにモヤっとまるけて感じとる。論理的に言葉にならない雰囲気みたいなものをパズルのピースの様に当てはめていくような作業。色味、テクスチャ、香り、温度や湿度、光、季節、ものがたり、器や包みの手触り感、重量感や軽やかさ。食べるひとがそこに至るまでの道のりや、わくわく感。そんなものを組み合わせて、作りたいのは菓子そのものというより、「菓子のある場」なのかもしれない。

例えば、朝市で働く海山に向き合うおばちゃん達らしい衣服を着る。とか

気取らないチープで、レトロな袋は駅名標のモチーフのスタンプで作る。とか

ついでのそのスタンプをお客さんに旅の観光記念スタンプとして、押してもらえるように。とか

旅のお供に子供の頃、売ってたポリ茶瓶で一緒にお茶も売ってたら楽しいかも。もっと古い時代はポリ素材でなく焼き物の茶瓶もあったんですよ。とスローな旅のお話などしてみたり。

そんな、のがし研究所の日常が今年の2月テレビで放映された。テレビ朝日の「人生の楽園」というセカンドキャリアを楽しむ人の暮らしにフォーカスした番組。その中で「わじまシベリア」を紹介されることになった。

視聴者の中からたくさんの反響をいただいた。とはいえ、小豆を種から蒔いて炭火でかまどで炊いたあんこでシベリアをこしらえるという悠長さではなかなか数は作れない。申し訳ないのだが通販サイトでは抽選という形を取らせていただいている。いつか輪島へ旅にきてシベリアを召し上がっていただけたらいいなと思う。

そんな中、関西にお住まいの方から一通の手紙をいただいた。輪島生まれのお母様が「大切にしていた輪島塗の菓子椀を使ってほしい」ということで、お母様が輪島の駅名標の前に立たれている写真も同封されていた。見ず知らずの方なのになんだか親戚のような気持ちになった。駅という人の出会いや別れがある場が引き寄せたご縁かもしれない。

シベリアを作りながら「やっぱり誰かと繋がる」とか「リアルに思いを伝える」ことは大事な気がしてきた。お取り寄せやSNSでのつながりや共感は今の時代便利ではあるけれど…

最初はただ降りてきたイメージを形にすることが楽しかっただけだった。でも「駅で立売スタイル」という懐かしいのに新しいカタチには何か答えがありそうな気もする。

レールでできた柱と剥げた青磁色のベンチ、それと「わじまシベリア」の駅名標。それ以上でも以下でもないしつらえ。

「本日は、のと鉄道シベリア特急にご乗車ありがとうございます。輪島駅の停車時間は1時間でございます。自家栽培の能登大納言の羊羹を挟んだシベリアをご堪能くださいませ。なお、輪島を出ますと次の停車駅まで停りません。どなた様もお忘れ物なきようお願いいたします。次は〜シベリア〜」