仏菓 其の三 paradigm shift

 

大本山總持寺祖院とは、1321年(元亨元年)、瑩山禅師が現在の輪島市門前町に開創した曹洞宗の寺院。曹洞宗総持寺派の大本山として発展したが、1898年に火災で多くの伽藍(がらん)を焼失。1911年、本山は鶴見に移転し、門前で再建された寺は祖院と称される。

昨年、令和3年は開創七百年の節目の年にあたり記念法要が計画されていた。また祖院は2007年の能登半島地震で甚大な被害を受け、十四年がかりで修復をし、同年4月に工事完了に伴う落慶法要も兼ね合わせていた。

計画の段階で、全国曹洞宗青年会という若手の僧侶の組織される団体から、お声かけいただいた。喫茶喫飯ブースという場で、法要に訪れた方々に菓子をお出ししたいということだった。青年会の森井宗淳さんによると今期は『パラダイムシフト』をスローガンにして、社会価値観などが大きく変わる今にしっかりと対応しながら青年僧侶一人一人が出来ることを模索して禅の実践や布教活動をされているとのこと。

お作りする菓子の要望やイメージを伺うと以下のような箇条書きをいただいた。

・歴史、穏やかに流れる時の流れを受け継ぐ 

・未来、「明日」の朝という希望

・未来へ向けて今を創る、新たな挑戦

・青年僧侶らしい爽やかさ、透明感

それを受けて感じたことが、伝統的な和菓子にとらわれない表現、地元の自然の恵みとそれを利用するための伝統的な知恵によるもの、この先にある一条の光。そんなものが思い浮かんでラフスケッチを描いた。

能登大納言は田んぼの畔で自家栽培している。法要の行われる9月ごろは、黄金色に実った稲穂の間に、畔豆の緑のラインが美しく際立つ。無農薬で育てるので夏場の除草は暑くて骨が折れる。秋に熟した鞘から順に鞘を手で摘み取り、ゴミを除き選別したものは大粒で、鮮やかな色から「赤いダイヤ」とも呼ばれる。

海藻のエゴは総持寺祖院と同じ門前町の七浦の集落の方々から分けていただく。7月ごろ沖で刈り取ったり、浜に寄りついたについた海藻から、ごみを手作業でよりわけ、天日に干し、洗う。それらを何度も夏の炎天下の下で繰り返すと、赤紫色の紅藻が晒されて薄い卵色になる。年によっては全くない時もあり、とても貴重な海藻だ。

銅鍋でゆっくりとろ火でエゴを煮溶かしていく。流し缶には、透き通った錦玉羹のなかに三日間蜜に漬けた能登大納言を一粒ずつ配していく。半止まりのところに、先ほどの薄黄色いエゴの寒天を流し合わせる。

ふたつの寒天が雲のように漂う中に、浮かぶ小豆。切り分けたものにもそれぞれ違った表情を見せる。

9月12日、開創七百年の記念法要が営まれた。新型コロナウイルスの影響で規模は縮小され、予定していた喫茶喫飯ブースは中止となったが大本山総持寺(横浜市鶴見区)などの僧侶や参列者に振る舞われることになった。

出来上がった菓子を輪島塗の重箱に詰める。おめでたい法要に伺うので寿がさまざまな書体で表された風呂敷に包む。

厳かな空気の中駆けつけた僧侶の姿が見えただならぬ緊張感を感じる。私もお参りさせていただき、無事お納めすることができた。

曹洞宗大本山總持寺祖院の寺内は広く、山門、経蔵、仏殿、法堂、僧堂、慈雲格などが建ち並び、うち経蔵は加賀前田家より寄進されたものといわれ、石川県指定の文化財となっている。手入れされた萩の花が美しく咲き誇っていた。

開創七百年の記念法要では開祖の瑩山(けいざん)禅師や二祖峨山(がさん)禅師の遺徳をたたえられた。オンライン公開されたので、法要では僧侶の読経が響き、会場の大祖堂は厳かな雰囲気に包まれる様子も臨場感があった。青年会の皆様の様子も窺い知れ、これも今の時代ならこそ実現できた事と思う。

総持寺祖院を訪れた方々に、能登の海山の恵みと、古の知恵を味わっていただけたことに感謝すると同時に、大切な法要がつつがなく終わって安堵した。

菓銘:paradigm shift

朝の光のような透き通った寒天に、門前産の海藻えごを流し合わせました。大粒の能登大納言の蜜漬けを、受け継がれる教えに見立てて一粒配しました。同じものは一つとしてなく、幻のように豆が数個に見えるという点は、人間への問いかけのようにも見えます。

連なる菓子の山々は今の時代を写して、新たなる価値感を見極め、今再び大切にしたいことをイメージいたしました。

三角形の筒を覗き込み様々な模様を覗き込む。パタリと回すと今あったものが底辺から覆される万華鏡。そんなふうに菓子を試食しながら思った。でもそれより何より、伝統格式あるお寺の節目の行事に、「野良犬、野良猫」みたいな「の菓子」にお話をいただくこと自体、若い僧侶の方々の心意気こそ「paradaigm shift」に感じてしまう。