ここは山の中なので色々な植物に囲まれて暮らしている。自家栽培している小豆と共に身近な植物を菓子に取り入れている。植物と一言で言っても、種類も色々だし、葉、花、実、枝、根など部位も様々、使い方もそれぞれ。
雪解けの頃の蕗の薹は蕗の花芽が葉に包まれたもので、ほろ苦い春の香り。久々に見えた土の匂いも嬉しくなるのでほんのり春色の押し物にアクセントにする。
雛祭りの頃、昔は母子草を餅に搗いて菱餅にしたという謂れがある。後の時代になってよもぎに移り変わったそうだが、ハハコグサの綿毛に包まれたウサギの耳の様な葉っぱは優しい春の雰囲気にぴったり。
この様なふわふわの毛があるヨモギやオヤマボクチなどの草は「餅草」と呼ばれ、色や風味がよくなるだけでなく、製法上もつなぎの役割を果たし滑らかに口当たりの良い餅になる。田植え時期は忙しくなるので大きなオヤマボクチの方がすぐに取れて便利だから使うという家もある。暖かくなり、この頃は摘み草に野に出るのが本当に気持ち良い。
そうこうしているうちに山椒の木の芽が顔を出す。硬い樹木の表面から緑の点々がどんどん膨らんで葉が展開する様はわくわくする。走りの頃の小さな木の芽から数日後にはしっかり展開した木の芽になり、やがて花付きのものと季節の移ろいを楽しませてくれる。見た目もたのしいけれどスパイスの効いた風味が餡にもよく合う。
茎を食べる土筆や蕗も見逃せない。ちょっと目を離すと大きく伸びたり、茎に虫が入ったりで採集時をのがしてはならない。季節の木型などで作った菓子に蜜漬けなど本物の植物が混ざると面白くなる。
香りを楽しみにしている植物もある。勝手に王様と王女様と思っているのは、清涼感がスーッと広がるオオバクロモジと杏仁のような甘い香りのウワミズザクラ。
新しい瑞々しい葉を使って、餅や菓子、ご飯などを包んだものを「葉包み」の菓子という。全国津々浦々に色々な葉包みの菓子の世界があって本当に楽しい。
ササは全国にあるけれどサルトリイバラに包まれた餅などは関西に多く関東以北ではあまり聞かない。それぞれの土地にの暮らしに根ざした理由があるのだと思う。
朴葉飯は朴の葉に熱々のご飯をのせ青大豆のきな粉を振り、包んで御櫃などに入れご飯の熱で葉の香りが移り馴染むまで置く。昔は田植えのご馳走に持っていって畔で食べたという。
能登では伝統的に作られていないものでも、植物さえあればできるので色々と試してみる。
笹で餅粉で作った生地や餅米を巻いて作る粽。白山市の細長いものや新潟の三角のものなど教えていただいたので、その年の気分で作る。葉の裏に毛のないチマキザザと紐にはカサスゲの葉を割いたものを使う。
サルトリイバラは塩漬けにして麩饅頭を包むと香りとともにほんのり塩味がいい。
ミョウガの葉は小麦粉の饅頭を包んで蒸す。巻く時にやりやすい様に葉の筋を潰しておく。
取る時期は何月何日とは言えないのだけれど、自然に目を向けていれば、「そろそろ大きさがちょうどいい」、「厚みも張りがあって硬すぎなく手頃」、「虫のつく前に」とおのずと分かる。どこのが綺麗で取りやすいなどと知恵もついてくる。
ラップや包装資材と違って葉の幅、厚み、折曲がりやすさなどに従って畳んだり、割いたりすれば自ずと仕上がることが面白い。笹のチマキなどは測らずとももきっちり三角に幾何学になるところが好き。
その季節だけのことなので忘れてしまうのだけれど、指先が覚えていて毎年あぁこうだった、こうだったと思い出す。きっと年老いてボケてしまっても葉っぱを渡されたらクルクルと包んでしまうだろう。菓子を作りたいというより、何より目にも美しい青葉に触れて、香りや色を体に取り込みたいだけなのかもしれない。