菓子椀

菓子椀

「これね、はじめ蔵から出てきた時は真っ黒のお椀やと思ったの。能登半島地震の後でね、埃にまみれたの洗ったら模様が現れてきて… 」輪島の鳳至町にある塗師屋・大崎庄右衛門で見本椀を見せてもらいながら女将の悦子さんのお話を聞いていたのは今から10年も前のこと。繊細な線でたんぽぽ、つくしなど春の植物やセミの抜け殻、雲、ヒノキの葉などが彫られている。色とりどりの蒔絵や沈金などの加飾の施された輪島塗が並ぶ中であまり目立たないそのお椀にとても惹かれた。

一般の汁椀よりもやや大きな口径で、やや低めの蓋つきのお椀。蓋の高台が太いのが特徴的で、身の平たい部分が多くたっぷりとした印象。もともとは正式な菓子器で菓子椀と呼ばれ、茶懐石料理などでは煮物を盛りつけられることが多い。カシワンという響きがなんだかずっと耳に残って気になっていた。何気なく骨董屋さんを覗いた時も見かけるのだけれど、たいてい朱塗りに牡丹とか豪華な柄が金で彫られていて金の高台がギラギラとして全く別のものに見えた。それから縁あって菓子を作る人になって、一昨年「やっぱりあのカシワンをお願いしよう」と大崎さんを訪ねた。

実際に作ってもらうとなると、「何を入れよう?いつ使おう?」お饅頭でも羊羹でもみつ豆でも入りそうだけれど、やはり温かい汁気のあるものがいい。蓋を取ってふわっと中身が現れる楽しみがある。となるとやはり寒い季節。ということは秋から冬、春の始め頃か。能登は冬の間中、春が来るのを首を長くして待つ。田んぼの畔の春の柔らかな日差しを漆黒の中に見る。というのも素敵な趣向だ。

「高台の輪の蒔絵は金色より燻したような錫がいい。」などと悦子さんに相談する。もともと手作りなのでフルオーダーできるのが輪島塗ならでは。とはいえ木地からすべてとなると予算も大変なので今回は古い赤いお椀を塗り直して作っていただくことになった。

輪島塗の製作工程は分業制で、木地を作る人、下地を作る人、上塗りをする人、加飾を施す人と別れている。それらすべてをプロデュースするのが塗師屋さんのお仕事。悦子さんに連れられて、上塗り職人さんに黒く仕上げてもらったお椀を抱えて、沈金師の水尻清舖さんと奥様で蒔絵師の里見さんの漆夢工房清里さんをお訪ねした。

沈金という加飾の工程についてお話ししていただくと、模様を器に写す置目、硬い表面に模様を荒彫り、細いラインなど緻密な仕上げ彫り、漆を塗って拭き取り凹みに残った漆がその後の金箔などの接着効果にもなる漆引、金箔などを凹みに叩き込む箔置、仕上げの乾燥と大きく4つの工程があるという。

仕事場を拝見すると見たこともないものに溢れている。
和紙に描いた模様を写すための白い粉や

さまざまな線を彫り分ける大小のノミと砥石

円形の模様に当たりをつけるコンパスのような道具

平面の下絵を立体的な器に合わせて写す様子

保管されている図案の数々

金箔も多様な種類、貝やウズラの卵など素材も多種多様なのに圧倒される。

最後に菓子椀の蓋の取り方を教えていただく。道具にはそれに応じた所作があるのだ。美しく蓋を取れると格好が良い。

この冬の新小豆のぜんざいを盛りつける。混じりけない、素直な、ただ小豆と餅だけの直球の一椀。それ以上でも以下でもなく、食す人の前に佇んでいる。蓋を取るお客様は声にならないような、「あぁ」とか「おぉ」とか唸るような音を出される。スイーツを盛りつけるボウルではなく、容器や食器を超えたものがあるのだろうか。菓子椀の力に助けられている。

余談になるけれど、北欧の陶器ブランドの老舗ロイヤルコペンハーゲンにフローラダニカというデンマークに生息する植物図鑑をモチーフにした美しいシリーズがある。そんな輪島塗の菓子椀ができらたら素敵かもしれない。

 

【お客様へ】

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