久々に能登を離れ旅に出た。仕事のこと、猫のこと、畑のことなど諸々あるとなかなかここを離れられないのだけれど… ヨーロッパで講演のお声かけをいただいたので、思い切ってその前にフランス北東部、グランテスト地域圏にあるColmarという街を訪ねることにした。アルザスに店を構えるフランス人和菓子職人、セシル・ディディエジャンさんに会うために。
きっかけはコロナ禍の2020年の秋、東京のとらやさんの赤坂のギャラリーで行われていた「ようこそ!お菓子の国へ_日本とフランス 甘い物語_」という企画展。とらやパリ店40周年を記念した展示会の中で、フランスで和菓子を広めようとしている職人さんたちの中にセシルさんが取り上げられている様子がSNSに流れてきた。
海外の方で日本文化に日本人よりも通じた方は時折お見かけするのだが、なんとこの方は和菓子を作るためにフランスで農家の方に委託して小豆栽培までされている!ということで驚いた。高校を卒業して日本に渡り、民俗学や文化人類学などを学ばれていることや、東洋と西洋の考え方の違いなどなど、アメリカから能登へ引っ越し、手探りで小豆の種を蒔き、餡をたき和菓子を拵えようと始めたばかりの自分と共感できることがいくつもありそうな気がした。世界中が目に見えない脅威に怯えている時に、それは久々にわくわくする出来事だった。
和菓子店の名前はAZUKIYA。
検索すると美味しそうな餡やアルザスの暦をかたどった和菓子、そして小豆畑の写真が飛び込んできた。なんだか嬉しくなって、興奮おさまらず、面識もないのに恐る恐るDMをお送りした。(日本語で。)
早速返信くださり(流暢な日本語で。)和菓子、小豆のことは勿論、なんと能登の「農耕儀礼・あえのこと」までご存じで盛り上がり、SNSでフォローさせていただくことに。以来まだ見ぬアルザスに思いを馳せながら、折々の美味しそうな和菓子に「いいね!」を送り四年が過ぎた。
2024年10月2日、夫の友人のニコラスさんのご好意でNancyの街から車で3時間ほど走りColmarまで送っていただく。途中のブドウ畑は紅葉して美しい風景が霧雨の中に広がっている。アルザスはフランスの中でも有名なワイン醸造地なのだった。
旧市街に着くと石畳の道沿いに、中世やルネッサンスに初期に建てられたというハーフティンバー様式の柱梁をあらわした建物が並ぶ。まるでおとぎの国に迷い込んだかのよう。とにかく観光地で賑わっていて、お土産屋さんやテーブルを出したcaféがたくさん。名物のタルトフランベという薄いパン生地にチーズや玉ねぎベーコンなどを乗せて焼いたもので昼食を済ませる。
クーグルポブフ(kugelhopf)というクグロフ型と焼き菓子や大きなメレンゲを買う。
この街の中心にある「プフィスタの家」はジブリの「ハウルの動く城」のモデルになったところ。三角屋根と出窓が張り出した歴史的な建物で元々靴職人の家だったとか。ちょうど緑のワンピースを着ていたので物語の主人公を気取る。
旧市街の北の端ウンターリンデン美術館でセシルさんと待ち合わせる。まさか「こんなところまで押しかけてしまって」と今更ながらドキドキする。そこへ颯爽と現れたセシルさんは見るからにフランス人女性(当たり前)。本当にこの街で小豆から和菓子を…
まずは車で小豆畑へ案内して下さることに。ご挨拶もそこそこにいきなり、日本では和菓子の価値が低すぎるとか、輸入小豆の質の悪さに辟易したとか、コアな話題を話し合う私たち。セシルさんの流暢な日本語の助けもあって、まるで初めてあったとは思えないくらい、どんな想いで小豆を栽培し、和菓子を作っておられるのか、伝わってくる。
Colmarから東へ30分ほど走り城郭都市で有名なヌフ=ブリザックの近くの畑に到着。ライン川の向こうはもうドイツという国境近いところ。周りは大根畑、大豆畑、そば畑となんだか本当にフランス? と思うと、小豆があった。鞘は枯れて、まだ葉はみどり色を帯びているけれど長い鞘が実って収穫を待っている。「もう農家さんが昨日か今日か収穫と言っていたから、間に合ったのもご縁ね」とセシルさん。
最初は小豆を栽培したけれど時期が合わず実に至らず。ビーツが育っているならエリモショウズが育つはずだと日本の農家さんにアドバイスをもらい試したらうまくいったそう。鞘を一つとって割ると中から赤い小豆がこぼれ出した。「小さいですね〜」と私が言ったら「そっちは能登大納言だから…」とちょっと怪訝な声色。「いやいや、うちのも在来小豆の方が細かいけど香と風味は高いから。」とまるで我が子ような小豆愛が可笑しい。
せっかくなので能登の野鍛治ふくべ鍛治さんで購入した「豆包丁」という種蒔きの道具を小豆畑で贈呈する。
民俗学者でもあるセシルさん、日本の豆の栽培の風景に思いを馳せていただけたら。
またColmarへ戻ってA Z U K I Y Aさんの工房へ案内していただく。もとパン屋さんの建物で赤いかわらしい建物。
週に一度小窓を開けて、そこへお客さんが買いに来る。ガラスに貼られたお品書きがかわいい。いやでも一人自家栽培の小豆で手作りで餡を炊き、どら焼きや大福などを作って売るのは大変なこと。この扉を開く瞬間までの、あれこれやることが全て想像できる。
農家さんからオーガニック認証の小豆を買い取ること、お店の経営を成り立たせること、容易ではないけれど、でも好きなことを、好きなスタイルでやっている。
再び旧市街まで歩きながら、日本とフランスの女性の自立とか、子育てとか諸々話は尽きない。
そうこうするうちにサン・マルタン教会のあたりに戻ってきた。屋根の上にはColmarの風物詩コウノトリの巣。セシルさんが子供の頃は絶滅が危惧されていたそうだが、その後の保護活動によって復活したとか。(能登のトキは絶滅して残念!)街の人々に幸せを運ぶシンボルとして愛されている。だから巣をかける季節を迎えるとセシルさんはコウノトリの菓子を作る。アルザスの暦に沿った和菓子を。
街のお土産屋さんのある通りに差し掛かると「ここにうちのお菓子を卸してるよ」とセシルさん。ウィンドウを覗くと、「アルザス産小豆」の文字が!
他にレストランに餡ペーストを卸しているところにも案内いただく。デザートの盛り合わせの中などに徐々に餡は人気が高まってきているらしい。残念ながら満席で食すことはできなかったけれどオープンしたばかりの素敵なお店。
最後に「Colmarで一番好きな路地」と案内してくれてセシルさんは工房へ仕事に戻っていった。なんだかあっという間に胸いっぱいで整理がつかないけれど、和菓子を作る人として、小豆を育てる人として、女性として、母として、人としてすごく近いところをシンクロしているような不思議な感覚。こんなに遠くに来たのに、とっても近くのような親近感。
翌朝はマルシェを散歩。色とりどりの山積みされた野菜たち、フレッシュな出来立てチーズ、パンや焼き菓子、ナッツ、ハムやソーセージなどなど美味しそうなものがいっぱい。観光客もいるけれど、地元の人が容器を持って量り売りで食材を買っていく様子。
こんな食文化の人たちにセシルさんは「和菓子を、自分の小豆から作って伝え、広げていっているんだなぁ」と思う。
Colmar駅からBaselに向かう鉄道の旅。マルシェ買ったサンドイッチを食べて、デザートはセシルさんのお菓子!と包みを開ける。
ぽってりとした大福がふたつ。ライム・フランボワーズ大福。
せっかくなので断面を見たいけれどナイフがない。「あ!サンドイッチにかかっていた紐で切ればいいや」と思いつく。なめらかなこし餡にライムの酸味とフランボワーズの香りが広がる。お餅の伸びやかなこと。またもや、ここは日本なのかフランスなのかと戸惑う。でもそんな境目はどうでもいい。だって餡は国境を越えるから。
帰国してから寄った、とらや赤坂ギャラリーで復刻パッケージ展をやっていて、シイハイルという雪華模様の落雁を購入した。今になってセシルさんとの出会いのきっかけがここからだったと気がついた。
そして能登に帰って、旅の間気になっていたアンティークのカトラリーケースを引っ張り出した。以前買った時、由来はわからなかったのだが赤い刺繍が可愛くて気に入ったのだった。あらためて見ると煙突の上にコウノトリと葡萄の縁飾り。おそらく古いColmarのお土産品ではないかと思う。
拭き漆の板皿がぴったり収まって、菓子切りも鳥の意匠のを合わせると面白い。いろんなことが引き寄せられ、広がって、また元へ巡り還るような旅立だった。もう少し漂っていたい。