仏と菓子 其の1

「和菓子の原点は木の実や果実をとって食べたことから」と言われていている。私も古の木菓子に倣って野生の木の実を菓子に生かせないかとあれこれやってみる。風味や色合い、形など彩は添えてくれるのだが、今の時代では砂糖が入らないと菓子としては成り立ちにくい。甘酒など米の甘味も利用できなくはないけれど、もし自生している植物で砂糖の甘味に代わるものがあれば…と思い「甘い植物」探しが始まった。ネットで調べるとカンゾウ(マメ科甘草)、アマチャヅル(ウリ科)、アマドコロ(ユリ科)などある中にアマチャ(ユキノシタ科)というヤマアジサイの甘味変種があることを知った。


2018年の初夏山に山紫陽花が咲き始める頃だった。車の窓から青い花が見えるたび降りて手折って確かめた。見た目ではなかなか違いがわからず判別できない。その上甘くない通常のヤマアジサイは有毒なので厄介だ。軽く口の中で噛んで吐き出すを繰り返しながら(危険なので真似しないでください。)、20箇所くらいはみて回ってもなかなか見つからない。自生しているものが見つからないので、能登町の紫陽花寺として有名な平等寺さんに伺い、御住職に栽培されているアマチャを見せていただくとガクアジサイのような清楚な紫陽花だった。

諦めかけた頃、アマチャは仏教行事・花まつりのときに使われるからお寺さんの庭先に植えられていることがあるかもしれないという情報を得た。何軒かお寺を巡った末、知人を通して紹介された珠洲市の曹洞宗の永禅寺さんを訪ねた。

ようやく檀家さんのお家の庭の青い紫陽花に出会えた。其の家のおばあさんによると昔から麦茶の甘みに使っていたそうだ。

少しいただいた葉を持ち帰って、アマチャのお茶としての調整方法を試した。生の葉は苦くて甘味がない。紅茶のように茶葉を発酵させて初めて葉の中に含まれる苦味成分グルコフィルウルシンが酵素の作用で加水分解されると甘みの強いフィロズルチンに変化すると言われている。そしてその甘さは砂糖の1000倍にも及ぶという。出来上がったお茶を口に含むと舌で感じる甘いというより、飲んだ一瞬後にくる不思議な甘さだった。挿し穂もいただき苗木づくりをして、翌年家の周りに植えた。


ようやくアマチャにたどり着いたものの、この甘さの感じは菓子のレシピの砂糖をそのまま置き換えて使える類のものではない羊羹や饅頭の砂糖を控えてアマチャで代用とはいかない予感がした。誰かアマチャを使ったお菓子を既に作られているかもしれないと調べるとクッキーやケーキなどの生地に風味づけに使っているものが出てくるけれど、イメージした物とはどこか異なる。さらに検索するとアマチャを使った「花まつりスイーツコンテスト」なるものが仏教の一派・曹洞宗の主宰で開催されることを知った。自分でもアマチャの菓子への活用を考えるきっかけになればと応募した。

そこで改めて花まつりについて調べてみる。毎年4月8日に行われる釈迦の生誕を祝う仏教行事「灌仏会(かんぶつえ)」は「花祭り」の名でも親しまれており、祭りの当日は春の花々で飾られた小さなお堂に、アマチャを煎じた「甘茶」を湛えた水盤がしつらえられ、その中に置かれた仏像に甘茶を注いで参拝するのが慣わしだ。これは、釈迦が生まれたとき、九頭の竜が天から芳しい甘露を吐いて産湯を満たしたという伝承がもとになっている。江戸時代までは、甘茶ではなく五色水と呼ばれる香水が使われていたようだが、しだいに甘茶を甘露に見立てて用いるようになったといわれている。

この釈迦の誕生のストーリーと甘茶の不思議な甘さを合わせた菓子にできないかと試行錯誤した。甘茶という甘さで甘味をつけた餡や生地などを塊で口に運んで咀嚼しても、最初の瞬間は甘みを感じにくい。また甘茶だけで味を整えるのも難しいため、砂糖も合わせて使う場合砂糖の甘さを味わった後に甘茶の甘味が来てもコンセプトがぼやけてしまう。舌に最初に触れて溶けてゆく錦玉の膜で餡を包むことにした。錦玉には仏教発祥の地インドのイメージでチャイのようにスパイスを合わせた。ひさご型の餡が赤子のイメージでとろとろとかかる産湯を錦玉に見立てた。(そもそもお釈迦様を食べてしまっていいのかというのはありますが…)

一次審査が通って、東京のホテルの会場で二次審査となった。初めてのことなのである程度下拵えをして、緊張しながら上京した。

周囲はプロのパティシエや和菓子職人、お寺の食事に携わる典座の若いお坊さんたちに混じり、実作して著名な和菓子職人さんの審査員の方々に試食していただく。

幸運なことに優秀賞をいただいき、曹洞宗の鬼生田俊英宗務総長から賞状を授与される。

全く信心深くも、仏教にゆかりも無い私が能登の山での紫陽花探しから始まってこんなところまで来てしまったのが不思議だった。けれどもその後も何かに導かれているのか、仏教と菓子のご縁は続いてゆくのだった。仏教にかかわる菓子を仮に仏菓と名付けて綴ってみたい。