破れ鍋に綴じ蓋

餡を炊くのに銅の鍋を使っている。底がまあるく半球状になっているからボウズナベの別名もある。丸い鍋底はすっぽり竃の穴に落とし込んで嵌るから動かないので押さえなくていいし、表面積の大きい分、熱を余すことなく移すので理にも叶っている。IHが主流の今時底が丸いなんてタブーだけれど、炭火にはぴったり。菓子以外にも山菜の塩漬けを戻すときに銅鍋で茹でる。摘みたてのような鮮やかな緑色に仕上がる。銅鍋から溶け出した銅イオンと山菜が持つ葉緑素が結びついて変色しなくなるらしい。(昔は毒と言われた緑青という青緑色のサビは毒性がないことがわかっている。)

ここまで小豆や水、燃料、竃と身のまわりで和菓子のうまれる背景を見てきた。でも銅鍋は能登でできたものではないからと諦めていたところ、新潟の燕三条で「銅板を叩いて鍋を作るワークショップ」を開いている鎚起銅器職人の大橋保隆さんのことを知った。「一日で素人に鍋なんてつくれるんだろうか」と半信半疑に思いつつ、「自分で作った鍋で育てた小豆を炊けたらいいな」と妄想して新潟へ足を運んでみる。

鎚起銅器とは1枚の銅板を鎚で打ち延ばしたり絞ったりして継ぎ目なく形を作る銅の器のこと。江戸時代、燕地方はもともと和釘作りが盛んだったところへ、弥彦山に出た銅の資源、仙台からの技術の継承、信濃川の物流などがきっかけとなり産業として発展したという。新潟県無形文化財や伝統的工芸品に指定されるという歴史を持つ。

鎚起銅器の老舗玉川堂で工場見学や説明をしていただく。金属とは思えない有機的な形の口造りの湯沸が美しい。

 

そんな工房で高い技術を身につけながら、伝統に縛られず現代の暮らしに根ざした鎚起銅器を作られる大橋さん。その良さを多くの人に知ってもらいたいと廃校になった小学校を活用した「三条ものづくり学校」ワークショップを開催されている。

数名の参加者の方と一緒にさっそく鎚で銅板を叩いた。2~3時間ひたすらトンテンカンテン無心になる。「銅板は叩くと硬く、絞られ縮む」という頭では理解できなかったことがやってみると腑に落ちる。耳栓をしているから不思議な孤独感の中でいつの間にか形が現れてきた。

「そろそろ限界に近いかな」と大橋さんに言われたのに、自宅にある鍋底の立ち上がり具合をイメージして最後にひと叩きしたら、案の定びりっと破れてしまった…それでも取っ手をつけて刻印も入れさせてもらうと、何とかお鍋っぽくなった。

帰る間際に大橋さんに錫で繕っていただきホッとする。さっきまで一枚の平らな銅板が鍋になった不思議さを抱えて(中には笹団子!)新幹線に乗り込み能登へ。

「ちょっと薄手だから湧きすぎるかも?破れたところは大丈夫?」とドキドキしながら試運転する。それが全く静かなおとなしい子だった。市販のお鍋みたいに正円でないから蓋の隙間から蒸気が逃げるので少し時間はかかったけれど、ふわっとした粒餡に仕上げてくれた。何か良い木蓋を作ってあげたいとこちらが寄り添う気持ちも湧いてくる。ちいさな真鍮の取っ手で持ち上げたら少ししなって、子猫のような軽さにハッとした。そのことを大橋さんに伝えたら「銅は猫の様な素材、鉄は犬の様な素材と言う表現があるんですよ」と教えてくださり腹に落ちる。

 

家にある同じくらいの容量の片手鍋は持つと竹刀みたいな感じがするのに。この鍋は鎚起銅器というイカツイ響きと裏腹に、「和菓子とはこうあるべきだ」なんて言わないで「もっと自由に、自然体でいいよ。」と言っているよう。別に修行を積んだ職人さんでもないわけだし、さらっと毎日のおかずみたいに餡炊きするのもいいかもしれない。

槌起銅器

 

2月ののがし 菓銘 朝市

輪島の朝市に並ぶ海山の素材を籠盛りの干菓子に。自家栽培の青大豆の州浜や柚子の琥珀糖、苺の和三盆など戦前の型の意匠が愛らしい。

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