
新年明けましておめでとうございます。2026年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年の暮れ、恒例の餅搗きを終え、三井町市ノ坂集落の八幡神社の大きな鏡餅を無事にお納めして、裏山に歳神様をお迎えに。うっすら雪化粧に薄日の差す森の中の静寂は「今年も一年がおわるんだなぁ」という気持ちや、ちょっとあらたまった空気もあって好きな時間です。
根引の松や、ユズリハ、ウラジロなど縁起物の植物たちに声をかけながら家に戻り、鏡餅や玄関飾りを設えます。


搗き立て熱々のお餅をちぎって丸めたり、準備や片付けをしたり、スタッフや娘たちなど若い人々に譲っていく機会もあってよかったなと思います。日常にはあまり考えないけれど、こうして古から繋がっての今があるんだなとしみじみ。

今年の秋の初めは比較的お天気が落ち着いて、小豆の収穫は手で鞘を摘む、「さやぼり」ができて美しい豆が収穫できました。


一方で後半は小豆の枝が倒伏したのもあって鞘がかびてしまったり、収穫が追いつかないうちに天気が悪くなり、慌てて株を引いてハザ干しすることに。

干せた株から豆が飛び散らないように籾の収穫袋に包んで空き瓶で打つ。鞘や枝などの豆より軽いものを唐箕で飛ばして綺麗に調整します。豆の根っこについていた泥の塊なども混じるので取り除きます。




収穫時期が何日にも渡り、ハザ干しの位置の手違いなどもあり、赤い能登大納言と白小豆が混ざってしまいました。実家の両親が年末に、紅白歌合戦ならぬ紅白豆合戦で選り分けてくれました。


去年は能登半島地震から初めてのお正月ということで、干支の菓子を作る気になれませんでした。今年もまだ「あの日」をどんな心持ちで迎える人々がいるのだろうと思うと乗り気になれず支度をしていませんでした。
が、ふと2026年は午年で自分の干支であること、更に1966年生まれの私は丙午。60年に一回ということは次回は120歳!(ないない。)ということに気がついて一生に一度の「丙午の菓子」作っておかなければいけないような気持ちになりました。


能登大納言と白小豆で紅白の午を、と急遽小豆を茹でて、


雪降る暮れの冷たい水に晒して生あんを炊きます。

残った豆の皮は山の落ち葉と、米糠と合わせて堆肥にして春には畑の土に還ります。


牛皮を炊いて、こし餡と合わせて練り生地を作ります。なんだかもう午っぽい感じがしてわくわくしてきます。古い菓子木型に詰めて打ってみると凛々しいお午さんが生まれてきました。

気がつけば年の瀬も押し迫り、八幡神社の元旦祭の時間になっていました。菓子を折にのせ雪囲いをされたお宮の石段を登ります。


菓子を奉納させていただ、新年の祝詞やお祓いをしていただきました。(慌てて、赤いコートに赤い靴下のままでお恥ずかしい限りですが、還暦ということでご容赦ください。)

お祓いが済んで顔を上げると長押にかけられた絵馬が飛び込んできた。神社の絵馬というと小さな五角形の板に描かれた馬の絵を思い出すけれど、古くは奈良時代頃には生きた馬を奉納したことが由来らしい。人生の節目に集落の人々が安寧を願って奉納されてきた大きな板絵に描かれた午たち。




直会では神主様から菓子を集落の皆さんに「良い年を迎えられますように」と
授与していただきました。

去年の夏、まだ青いツクバネをとっておいたものを添えました。羽子板の羽そっくりで玉のような種の上に数枚の羽がついていて、三井町ではお祭りの神饌に使われる集落もある縁起物です。


お正月にもかかわらず、遠くから、近くからお客様が「丙午の菓子」を求めにきてくださって、ぱかぱかと雪山に足跡をつけながら駆けて行ったように見えました。

